1日約10,000本の列車が運行する高密度ダイヤの中、定時発車や安全で安定した列車運行を実現している東日本旅客鉄道(株)(JR東日本)。その鉄道輸送を支えているのが、JR東日本との協創を通じて日立が開発したATOSと呼ばれる東京圏輸送管理システムである。実現が難しいといわれていた輸送管理業務のシステム化を成し遂げたばかりでなく、さらなる安全性・信頼性の向上に加え、新たなお客さまサービスを実現するなど、今なお進化を続けている。
日本の鉄道の正確な運行は、海外から訪れる多くの人々を驚かせる。東京近郊を走る路線の列車ダイヤは、世界でもまれに見る高密度でありながら、列車の定時運行やダイヤの乱れが発生した際の迅速な復旧などを実現しているからである。それを支えているのが、列車運行管理システムと呼ばれるものだ。
列車運行管理システムは、鉄道信号設備や列車の間隔の自動制御のほか、駅に設置している案内表示や音声案内を自動制御するなど、24時間365日稼働して安全かつ快適な列車運行に貢献している。1970年代から同システムの開発に取り組んできた日立は、このシステムの分野で国内トップのシェアを誇り、さまざまな鉄道会社へ最適なシステムを提供してきた。
それらシステムの中で、時代とともに進化を続けてきたのが、東京圏輸送管理システム「ATOS」(Autonomous decentralized Transport Operation control System)である。1990年2月にJR東日本との共同開発に着手するまでは、駅員が手動で信号機や分岐器を操作する一方で、列車がどこを走っているかは駅員と指令員が電話連絡で確認するなど、運行管理は人手に頼る仕組みであった。しかし、高密度な列車運行の安全性・信頼性をさらに向上させるためには、輸送管理業務を抜本的に見直し、近代化させる必要があった。そこで、列車の進路制御の徹底的な自動化をはじめ、列車運行状況把握のシステム化などの実現をめざしてATOSが開発されることになったのである。
進化を続けるATOSの導入線区
1990年当時、JRの他の線区ではコンピューターで信号機を自動制御するシステムが導入されていた。しかしながら、貨物線が多く、輸送形態が複雑で超高密度な首都圏の線区では、そうしたシステムは導入ができなかった。そのうえ、広範囲にわたる首都圏でのシステム化においては「段階的な構築」が必要であること、24時間連続運転システムであるため「無停止拡張」が求められることなど、いくつもの課題があった。
こうした課題を解決するため、ATOSには自律分散型のシステム*が採用された。また、当時の運行管理システムとは大きく異なり、輸送管理作業の効率化を実現するだけでなく、きめ細かいお客さまへの案内、保守作業手順の管理などの機能を備えた総合システムとして、最先端の情報技術を駆使して開発されたのである。
1996年、ATOSはJR東日本の中央線(東京・甲府間)で初めて導入された。その導入は、駅中心の運転業務を指令室中心へ移行させるなど、従来の運行管理業務を一変させることになる。さらには、中央線のダイヤ平復時間(ダイヤが正常に戻るまでの時間)を40分ほど短縮させたほか、保守作業の手続きのシステム化により駅作業員の作業負担をゼロにした。
このような多岐にわたる効果が認められ、山手線や京浜東北線、総武線、東海道線など、導入される線区が増加するとともに、ATOSは安全・安定輸送の代名詞となった。
更新された輸送指令卓。指令員の使いやすさを追求し、輸送管理業務の効率を向上させる画面インタフェースを実現した
駅のホームにある案内表示画面、到着予定時刻などの情報がATOSからリアルタイムに配信されている
ATOSは、導入される線区が増えるに伴い、新たな機能を搭載しながら進化を続けてきた。開発当初のコンセプトは、安全・安定の実現であったが、近年はそれを前提としてお客さまニーズの多様化への対応を迫られるようになった。その背景には、列車の相互乗り入れに伴い線区間の連携が必要になるなど、輸送の多様化が進んできたことが挙げられる。また、指令センターや駅に設置されている装置やソフトウェアは、機能向上に伴い変更や改修がおこなわれてきたが、こうした社会環境の変化に伴う新たなニーズに対応するためには、システムの大幅な更新が求められていた。
そこで導入開始から20年近くなったところで、全面刷新に取り組むことになった。具体的には、指令センターや駅などの装置を更新してシステム構成の最適化を図ったほか、広域にわたる運行管理やサービス拡充への対応として新開発の大容量・高信頼ネットワークに更新した。さらに、指令環境の改善に向けて、未来の列車遅延状況やトラブル発生箇所を事前に把握し、発生するかもしれない遅延波及に対応する「予測ダイヤ」などの機能も追加した。
2014年3月、中央線の線区からシステムの切り替えを実施。すでにダイヤ平復時間短縮やお客さまへのサービス向上といった効果を上げている。たとえば、2015年3月に上野東京ラインが開業し、大宮・横浜間は湘南新宿ラインと合わせて二つのルートが選択可能となったが、大宮駅や横浜駅などの電光掲示板では、ATOSの情報をもとに二つのルートそれぞれの到着予定時刻を案内する新しいサービスが始まった。さらに、スマートフォン向けに提供されている「JR東日本アプリ」にも、ATOSからリアルタイムに発信される情報が活用されている。
ATOSは、「安全・安定」「お客さまニーズ」とともに首都圏の重要な社会インフラとして成長してきた。現在は、24線区・約380駅・総延長約1,300kmへと規模を拡大している。
しかし、首都圏の鉄道輸送は、今後もますますネットワークが進み、ひとつの線区の列車乱れが複数線区に波及するなど、輸送障害の影響がこれまでよりも多岐にわたると予想される。同時に、輸送指令業務もまた複雑化することから、技術革新による輸送指令を支援する機能の高度化が求められてくる。全面刷新では予測ダイヤ機能が搭載されたが、実施ダイヤや実績ダイヤなどのデータの蓄積・分析なども取り入れたさらなる機能拡張の検討が始まっている。
日立は、次世代ATOSの開発も視野に入れながら、今後もJR東日本との協創を通じ、鉄道総合システムインテグレーターとして、鉄道システムの安全・安定と快適・利便性の向上に向けた取り組みを加速させていく。
公開日: 2017年10月
ソリューション担当: 日立製作所 鉄道ビジネスユニット