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    • アナリティクス

    近年、人口の減少や高齢化が進んでいることから、働き手(特に熟練者)の不足が深刻な社会課題となっています。そのような中、「外食」ではなく、調理済み食品を家庭で食べる形態である「中食」や、共働き家庭の増加といったライフスタイルの多様化などにより、手軽に調理できて、しかもおいしい、さらには、忙しい朝の時短にも貢献する「冷凍食品」は右肩上がりで成長を見せています。

    1952年に調理冷凍食品を販売したパイオニアであるニチレイフーズ。同社 技術戦略部の村上強氏は「調理が簡単なうえ、メーカーの努力により味にこだわった製品が増えているとあって、外食産業からの引き合いも多くなっています」と語ります。

    「特に、最近では、訪日外国人が増えているということも、冷凍食品に注目が集まっている理由の一つです。訪日外国人の中には、ベジタリアンやハラールといったさまざまな人々に対応した食へのニーズ拡大があります。例えば、ホテルのレストランにおいて、急遽ハラールに対応した食事を提供しなければならなくなった場合でも、冷凍食品を備えていれば容易に提供が可能となります」。(村上氏)

     今後も需要の拡大が見込まれる冷凍食品。ニーズの多様化に対応し、「くらしに 笑顔を」を届けるため、ニチレイフーズと日立が協創で取り組んだのは、安全・安心、そして、さらにおいしい「冷凍食品」を作るための、熟練者の技とデジタル技術の融合でした。

    ニチレイフーズ船橋工場 (千葉県)

    事例の概要

    • 課題
      ニチレイフーズでは、多様な食のニーズに応えるため、多品種少量生産を指向している。効率よく多品種少量生産を実現するため、生産システムも積極的に強化してきた。しかし、「生産計画」と「要員計画」の立案業務だけはシステムで支援することが難しく、熟練の担当者の作業に頼らざるを得なかった。
    • 背景
      工場において、誰が何をいつ作るかなどをはじめ、すべての指示は「生産計画」と「要員計画」で決めている。非常に重要な計画だけに、立案するためにはさまざまな制約やそのときの状況を考慮しなくてはならず、熟練者の経験に基づく判断が必要となり、これまでシステム化は断念していた。
    • 取り組み
      計画立案の業務をシステムで支援するためには、まず熟練者の頭の中を「見える化」する必要がある。そこで取り入れたのが、デザイン思考を用い、顧客が抱える課題を整理したうえで、段階的合意形成を実現する日立の価値協創手法「Exアプローチ」。同手法に基づいてニチレイフーズと日立は、現場で徹底的に過去の業務を分析し、計画立案時に考慮する制約を洗い出した。併せて過去データの分析を行い、過去5年分のデータを基に計画パターンを抽出することで、熟練者の勘と経験をデータ化して計画立案に盛り込むことに成功した。
    • 展望
      システムは2020年1月から本格稼働を開始。熟練者の作業時間を短縮できるとともに、業務の引き継ぎに要する時間を大幅に短縮できることにもメドをつけた。現在はニチレイの4工場での運用を開始しており、国内11工場および海外工場へ順次展開・拡大する計画だ。

    課題

    システム化に積極的なニチレイフーズに残された課題とは?

    食に対する多様なニーズに応えることで、生活者のQoL(Quality of Life)向上に貢献したい――ニチレイフーズはこのような想いを持っています。実現するためには、多くの商品ラインナップから、季節などに応じて消費者が必要とするものを、食卓に届けることが求められます。加えて「フードロス」が叫ばれる時代ですから、無駄なく生産しなくてはなりません。

    多様な消費者の需要に応えるには、多品種少量生産を可能とする生産システムが求められます。ニチレイフーズでは、業界に先駆けて2004年からITの導入を積極的に推進し、生産システムを強化してきました。作業指示に対する実績を収集するシステムやトレーサビリティシステムなど、主にはユーザー部門の要望に耳を傾け、使いやすいシステムを独自開発で構築してきました。

    システムの強化における大きな課題、それが「生産計画」と「要員計画」の立案業務の効率化です。この二つの計画を立案するのは、熟練者に頼らざるを得ません。なぜならば、これらの計画を立案するためには考慮すべき制約が大変多いことと、多くの制約が複雑に絡みあうために、どうしても熟練者のノウハウが必要となっていました。「システム化するためにはルールを作らなくてはなりませんが、計画を立案するためには人の裁量による部分が多すぎて、ルールの作成が難しい領域でした」(村上氏)。

    なんとかシステム化して、効率を高めたい。でも、ハードルが高いので、結局熟練者に頼らざるを得ない。システム化は無理と諦めかけていながらも、業界を越え、さまざまな製造業に関する情報収集を続ける中、日立との協創によって生産計画を改善したという他社の事例を耳にします。特に「熟練者の経験則に基づく勘をシステムで再現したという部分にピンときました」(村上氏)。

    背景

    「生産計画」と「要員計画」の作業は属人化されていた

    「生産計画」と「要員計画」は、工場の中核といっても過言ではありません。工場において、誰が何をいつ作るかなどすべての指示は、この二つの計画によって決めています。また、ラインで使用する材料などの購買指示も、生産計画をもとにして決めます。二つの計画に狂いが生じていると、生産効率が落ちるだけならまだしも、場合によっては生産ラインがストップすることにもなりかねません。

    このように重要な計画ですから、さまざまなことを考慮して決める必要があります。生産計画は、それぞれの製品が完成に行きつくまでの工程を確実にたどり、工程ごとに生産すべき製品を割り付けていきます。ただし、単純に割り付けられるわけではなく、例えば、Aの製品は一度に多くは生産できない、Bの製品を生産した後には洗浄時間が長く必要といった制約が存在します。さらには、新製品のテスト生産や突発的なラインの保守工事などにより、製品の生産が思ったようにできないこともあります。

    冷凍ドリアの製造ライン (白石工場)

    一方で要員計画は、生産計画が確実に実行できるように作業者を各工程に配置するのですが、単純に必要となる作業者を割り振れば良いわけではありません。作業者のスキルには差があり、担当できない工程を持つ作業者もいます。また、なるべく全員の負担が平等になるよう調整する必要もあります。例えば、Aさんが比較的作業が楽な工程を多く担当するような偏った計画を組んでしまうと、作業者の不満にもつながりかねません。

    取り組み

    熟練者の「頭の中」を「見える化」

    ニチレイフーズと日立の担当者は、「Exアプローチ」を用いて何度も協議を重ねた

    熟練者は、経験則から多くの制約を状況に応じて読み解き、計画を立案しています。この作業をシステムで支援しようとすれば、熟練者の頭の中を「見える化」しなくてはなりません。見える化を実現するために、ニチレイフーズと日立が取り組んだのが「Exアプローチ」です。Exアプローチは、日立がユーザーと協創を行う際に、ユーザーと喜び合える経験価値(Experience)を創り出していくために考えられた手法です。デザイン思考の考えに基づき、ユーザーと一緒になって課題の発見や解決案の創生、価値検証を行っていきます。

    多くの制約を見える化、つまりは明文化するために、日立の担当者は現場との議論を重ね、ニチレイフーズの熟練者の業務を詳細に棚卸ししました。工場で使用されているニチレイ独自の専門用語に関しても理解するように努めることで、両社が深く理解しあえる状態で協議を進めていきました。

    熟練者に詳細なヒアリングを行うと同時に、過去データの分析も併せて実施。分析の中で見えてきた知見は、一つひとつ熟練者と検証していきました。中には、熟練者自身も意識していなかった情報まで見える化することに成功したといいます。日立の担当者も深くニチレイフーズの現場に入り込んだことは、生産計画を担当する熟練者のひとりである製造グループ部の佐藤恵亮氏からも「とてもスムーズに頭の中の情報を引き出してもらった」と感想を述べます。

    熟練者のノウハウはAIが判断

    Exアプローチとデータ理解によって多くの制約は明文化できましたが、計画立案の効率化を実現するためには、それだけでは不十分です。熟練者が計画を立案するためには、制約条件を基本的には守りますが、制約を緩めたり厳しくしたりすることが度々あるのです。例えば、在庫を多く持ちたくない製品は、一度に作る量が少なく設定されていますが、「冬の寒い日には多く売れる」という経験則から、熟練者はこの点を考慮して、冬にだけ作る量を多くした生産計画を立案しているのです。

    このような熟練者の勘と経験を過去の計画パターンから抽出して、それを計画立案に反映できるようにするのが、日立の「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」です。本サービスでは、これまでの熟練者が立案した計画を学習。それらの中から特徴的な計画パターンを熟練者のノウハウとして抽出します。さらに計画を立案する際には、基本的には制約を満たしながら、熟練者の計画パターンをも考慮します。計画パターンの抽出や効率的な計画立案には、日立が鉄道のダイヤ編成など運行管理の分野で長年培ってきた「数理最適化技術」とビックデータの解析技術である機械学習を融合した独自のAI技術「Hitachi AI Technology/MLCP」が利用されています。

    熟練者の計画パターンは、過去のデータが豊富なほど正確なものがAIによって抽出できます。今回のシステム構築においては、過去5年のデータを活用しました。ニチレイフーズのこれまでの積極的なIT化の取り組みにより過去のデータが蓄積されていたことが、功を奏したといえるでしょう。

    日立の数理最適化技術と、AIの機械学習とニチレイフーズの熟練作業者のノウハウを高度に融合することで、 より効率的で臨機応変な生産計画、要員計画の実現に貢献する

    展望

    熟練者不足や労働力不足の解消に効果大

    システムの基本ができた後は、ニチレイフーズと日立の担当者が導き出された結果を時間をかけてチューニングしました。献身的な作業を経て、プロジェクトの始動から約2年を経た2020年1月、新システムを本格稼働させるまでに至りました。

    ニチレイフーズと日立の協創による今回のプロジェクトの狙いはいくつかあります。本格的に効果を発揮するのはこれからですが、ニチレイフーズの担当者は既に手応えを感じ始めています。例えば、労働時間の低減や休暇取得などの「働き方改革」への貢献。「生産計画の立案にかかる時間が従来の1/10以下に短縮できそうです」(佐藤氏)。「要員計画を立案する時間が大幅に減りそうなので、その分の時間で他の業務も担当できるようになります」(要員計画を担当するニチレイフーズ 森工場 製造グループ 三好清子氏)。

    「熟練者の経験則に基づく勘は基本的にシステムに反映したので、計画の立案作業を他の人に任せられるようにもなります。自分が休まなくてはならなくなったとしても、他のスタッフに気軽に代わりを頼めるのは有り難いです」と語る佐藤氏。さらに、従来、熟練者の業務を引き継ぐには1年以上の期間が必要だったといいますが、この期間が圧倒的に少なくなるでしょう。

    さらに、今後の労働力不足の解消にもつながる可能性があります。要員計画が煩雑になるからという理由で、今までは1時間や2時間といった短時間での勤務希望者は募っていませんでした。このような勤務希望者が計画に組み込めるなど、多様な働き方を可能にするという点で、労働力不足の解消に向けて大きな意味があります。

    システムはまだ稼働したばかりですが、AIは運用しながら学習を重ねていくため、精度はどんどん向上していく見込みです。プロジェクトを継続することにより、運用ノウハウもたまっていくでしょう。現在は、ニチレイフーズがモデル工場に選定した4工場での運用を開始していますが、今後は国内11工場および海外工場へ順次展開・拡大する計画です。

    日本の食卓を支える冷凍食品の安定供給をサポートすることで、生活者のQoL向上に貢献する――これが、日立とニチレイフーズが実現したかったことです。今回の取り組みを通じ、ニチレイフーズの職場環境の改善にもつながり、従業員のQoL向上も実現しつつあります。
    ニチレイフーズはこれからも多くの「くらしに 笑顔を」お届けするために、人々のくらしを見つめ、食を通じて、健康で豊かな社会の実現に貢献していきます。
    そして日立は、ニチレイフーズの取り組みをこれからも協創でサポートしていくとともに、さまざまな知見やノウハウとデジタル技術を融合したソシューションをグローバルに展開し、幅広い業種や社会の課題解決に、これからも取り組んでいきます。

    ニチレイフーズグループ 株式会社キューレイ

    公開日: 2020年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット