さまざまな疾病の増加、地域間医療格差の広がり、医療費の増大。現代社会が直面するこうした課題を解決し、QoL(Quality of Life)を維持・向上していくためには、一人ひとりに寄り添った医療サービスの提供や、効率的な医療経営の実現、持続可能なヘルスケア社会システムの創出などが欠かせない。それには、医療技術を進歩させるだけでは不十分だ。最先端ITと社会インフラ技術の融合、人の活動やモノの状態のデジタル化、そして、AIやデータアナリティクス、制御技術を駆使したイノベーションが必要となる。
このため、日立は、電力・水・交通など生活に不可欠なインフラ領域だけでなく、ヘルスケアも、社会を支える重要な社会インフラと位置づけ、「社会イノベーション事業」の柱の一つとして事業を展開している。
日立のヘルスケア事業は、1950年代以来さまざまな世界初・日本初の製品・技術を世に送り出し、イノベーションを実現してきた。医療関係者と協創、製品・サービスを開発し、2000年代には、がん治療装置やヘルスケアITなど先端領域にも事業は広がり、医療の質の向上と効率化に貢献。現在は、ヘルスケアにかかわる社会システム全体をリードできるOT(Operation Technology)・IT(Information Technology)・プロダクツを有する。
超電導MRI装置の故障予知は、そんな日立のヘルスケア事業が取り組んだテーマの一つである。
超電導MRI装置は、磁気と電波を利用して人体の内部を撮像する医療機器だ。診療のほか人間ドックなどの検診でも使われることが多く、故障すれば診療が中断するのはもちろん、受診日の再調整(再予約)を強いる。病院側も、故障期間中は診療報酬が得られない。また、緊急時の修理は、通常のメンテナンスよりコストがかかってしまう。
こうした事態を防ぐためのリモート保守サポートを、1990年代半ば、まだ電話回線によるダイヤルアップ接続の時代から提供してきたのが、日立ヘルスケアビジネスユニット(以下ヘルスケアBU、旧・日立メディコ)だ。IoT/M2Mシステム「Sentinelカスタマーサポート*1」を活用、装置の各種センサーデータにしきい値を設定して技術者がデータ変動を観察、保守作業の要否や部品の交換時期などを判定してきた。
しかし、熟練の技術者なら、経験から得た気づきをもとに故障を事前に予測することもできるが、ヘルスケアBUが保守する装置は、全世界に数百から数千台にのぼる。エキスパートがすべてを監視するのは不可能だ。また、しきい値判定による予兆診断は、故障の直前にならないと検知できない場合が多く、故障してから修理する「事後保全」を余儀なくされていた。
*1 Sentinelカスタマーサポートに関する詳しい情報はこちらをご覧ください。(ヘルスケアの製品・サポートサイトへ移動します。)
この課題を解決するため、ヘルスケアBUは二つの方法をとった。
一つは、大量に蓄積したセンサーデータを分類・分析することで、装置の故障原因を究明する仕組みをつくることだ。
長年、たくさんの超電導MRI装置を監視・保守*2してきたヘルスケアBUには、膨大なセンサーデータが蓄積している。このデータの中から、超電導状態をつくりだすコア部品である冷凍機に着目、センサーデータから冷凍機が製品寿命に至るまでどんな使い方、挙動をしたかを導き、それに故障した際のイベントデータを付き合わせることで因果関係を導こうと考えたのだ。
ヘルスケアBUは100台の装置の3年分のデータを用意して、研究所に故障パターンの分析を依頼した。研究所は、米国日立データシステムズ社の子会社ペンタホ社が提供するビッグデータ分析関連ソフトウェア「Pentaho*3」を活用、トレンド分析をもとにデータを分類・分析、故障をもたらす原因パターン究明のシステムを作成した。
このとき、問題となったのがデータクレンジングの前処理だった。装置から送られるセンサーデータはノイズが多く、そのままでは診断精度低下の恐れがある。このため、研究所は分析前の生データにフィルターを用いてノイズを除去。有効なデータとしたうえで分析することで、高い精度で故障原因を検知できる仕組みを完成させた。
課題解決のためのもう一つの方法は、装置の異常状態をより早く検知できる仕組みを構築することだった。
用いたのは、日立の「Global e-Service on TWX-21/故障予兆診断サービス」だ。同サービスは、日立独自のクラスター分析技術である「局所部分空間法(LSC:Local Subspace Classifier)」に基づく診断アルゴリズムを活用、機器の状態を遠隔で診断、早期に故障につながる状態変化や異常を検出できる。
ヘルスケアBUはこのサービスを活用、ICT事業統括本部(旧・日立製作所 情報・通信システム社)とともに、約500台の装置1台1台から送られてくる複数センサーの過去データから、正常に稼働している期間のデータを取り出し、クラスターに分類して正常状態を機械学習させた。現在のセンサーデータと機械学習させたクラスターを比較し、クラスターから外れた場合に故障として予兆診断する仕組みをつくった。
正常状態を学習させるこの技術では、そもそも「正常とは何か」を定義できなければならない。幸い、電話回線によるダイヤルアップ接続の時代から延べ数千台におよぶ装置を監視・保守してきたヘルスケアBUの歴史は、故障の予兆をとらえる高い知見を持ったエキスパートを育てていた。その知見をもとに正常を定義し、学習、チューニングを繰り返すことで、誤報・失報は減少、医療現場の使用に耐えるシステムへと発展していった。
こうして、超電導MRI装置向け故障予兆診断サービス「Sentinel Analytics*4」が完成した。
装置をインターネットにつないで、人が装置の遠隔監視を行うIoT/M2Mサービスはいくつかある。しかし、そこに機械学習など最先端のデータ利活用した分析手法を加え、属人的な運用を脱却しつつ、精度の高い予兆診断を実現したサービスはほとんど類例がない。
Sentinel Analyticsにより、故障発生数カ月前の故障予兆検知と、冷凍機が壊れる前の計画的な部品修理・交換が可能になり、「予知保全」が実現した。Sentinel Analyticsにより、導入前に比べ故障で使用できない時間(ダウンタイム)が16.3%低減したというデータもある(当社Sentinelカスタマーサポート比)。これは、超電導MRI装置としては驚異的な数字だ。病院側の医療サービス向上とコスト削減、何より、患者の負担を減らすことが大いに期待される。
*4 超電導MRI装置向け故障予兆診断サービス「Sentinel Analytics」に関する詳しい情報はこちらをご覧ください。(企業情報サイトのニュースリリースへ移動します。)
ヘルスケアBUは、このようなIoT/M2Mを使ったOTの領域に、IT、プロダクツを組み合わせ、製品単体ではなく総合ヘルスケアソリューションの提供をめざす。そして、地域包括医療など持続可能なヘルスケアシステムや、一人ひとりに寄り添った医療サービスを実現しようとしている。社外との「協創」も拡大、病院と協力した全体最適化による新しい医療経営の仕組みづくりなども模索中だ。
また、PoC(Proof-of-Concept、概念実証)を通して要件を抽出、IoTプラットフォーム「Lumada(ルマーダ)」の強化・拡大・深化に貢献していくのも、ヘルスケアBUの重要な役割の一つである。Sentinel Analytics開発で得たエキスパートの知見をもとにしたデータ分析システム構築などのノウハウは「Lumada」の推進に貢献していく。ヘルスケアBUの技術は事業の枠を越えて、これからも社会イノベーション事業全体で活用されていく。
動画「医療現場を支える故障予兆診断サービス」
「故障予兆診断サービス」を実際にご利用頂いているお客さまの声を交え、日立のヘルスケア事業がお客さまと共に課題解決に取り組んでいる事例をご紹介します。
公開日: 2017年3月
ソリューション担当: 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット