デジタル時代のビジネス戦略にはデータの利活用が欠かせない。多種多様なデータを集め、それらをAIなども活用しながらビッグデータ分析することで、ビジネス変革や新規事業の創出につなげることができるからだ。近年、マーケティングとしても注目されるのが、個人のブログやSNSなどの“生の声”を分析し、自社の製品やサービス改善、さらにリスク対策などにも生かす活動だ。しかし、インターネット上の膨大なデータから価値ある情報を抽出することは想像以上に難しい。そこで本田技研工業株式会社(以下、Honda)と日立は、SNSなどで発せられるお客さまの声や感情を、高精度かつ容易に可視化・分析できる「感性分析サービス」を共同で開発。革新的な製品・サービスの創出につなげることをめざした協創を開始した。
デジタル技術を活用して、新しいイノベーションを創出する——これは多くの企業にとって共通のテーマだといえるだろう。
その先端を走る企業の1つが、グローバルな二輪・四輪車メーカーとして知られるHondaだ。同社は「やってみもせんで、何をいっとるか」という創業者 本田 宗一郎氏の言葉どおり、創業以来、次々とイノベーティブな挑戦を行ってきた。世界生産累計1億台を達成したベストセラーの二輪車「スーパーカブ」、小型ビジネスジェット機「HondaJet」などはその一例だ。
近年、グローバルでの競争が激しさを増し、消費者のニーズが多様化する状況で、かつてない製品・サービスを創出することは容易ではない。そこでHondaでは、新領域の研究開発を行うとともに、ベンチャーや異業種とのコラボレーションも積極的に推進し、幅広いオープンイノベーションを展開している。
このような未来に向けたイノベーション創出の一環として、Hondaが日立とともに取り組んだのが、SNSをはじめとした外部の声を形にして、マーケティングなどに生かせるシステムの実現だ。
「製造業がモノづくりだけでなくコトづくりへの取り組みも行っていく中、Hondaが新たなイノベーションを起こしていくには、われわれが今、世の中から何を期待されているのかを迅速・正確に捉えることが必要です。これまでもコールセンターなどに寄せられたお客さまの声はきちんと捉え、製品の開発・改善に生かしてきました。しかし、デジタルネイティブ世代が多数を占めていく今後は、ブログなどのWebやSNS上でつぶやかれる声も広く捉えていかないと、トレンドの先にある革新的な製品やサービスを生み出していくことはできません。そこで2017年、SNSからもお客さまの声を集めて分析できるツールの開発に着手したのです」と語るのは、Hondaの内田 亮氏である。
※ABスクエアは、株式会社言語理解研究所(ILU)の登録商標であり、
感性情報分析SaaSサービスです。
当初はクラウドなどで提供されている“口コミ分析サービス”を試したが、必要とする情報が絞りきれないほか、将来を見据えた社内システムとの連携に課題があったため断念した。コンサルティング企業と提携して開発したプロトタイプも、コンセプトの確認には役立ったものの、データベース構造や拡張性に限界があり、実運用には至らなかったという。
そこでHondaは、新たなパートナーとして日立を選定し、新システムの共同開発を開始した。
「現場や経営層からは、全社的な運用に耐える環境が望まれていたため、本格的なシステム開発を行うことを決意しました。日立を含めた数社から提案をいただきましたが、技術力の高さと提案内容の確かさが日立を選ぶ大きな決め手になりました」と内田氏は語る。
両社が議論を重ね、わずか5カ月で基本システムが完成。その7か月後にHondaの社内に公開されたシステムは、公開されているSNSや口コミ情報などのソーシャルメディアや、新聞・テレビなどのマスメディアからデータを自動的に収集。徳島大学発ベンチャー企業の言語理解研究所(ILU)のAIエンジンを活用し、テキスト化されたデータからお客さまの声を約1300種類の話題・感情・意図に分類してリアルタイムに可視化する。
特に感情については、企業や商品に対して抱かれている具体的なイメージを「好意的」「中立」「悪意的」の3つに分類した上で、「満足」「落胆」といった81種類の中から特定する。まさに一人ひとりの「感性」までも浮かび上がらせることができるのだ。
「当社ではこのシステムを、お客さま満足を高めるVOC(Voice Of Customer)の概念からさらに広げたVOS(Voice Of Stakeholder)のツールと位置づけています。お客さまだけでなく社員一人ひとりも重要なステークホルダーですし、Hondaのことは知っているけれども、まだ製品は使ったことがないという方々も含め、すべての人の声を真摯に受け止め、イノベーションにつなげていきたいと考えているからです」と内田氏は力を込める。
感性分析サービスの画面イメージ
Hondaの広報部は2018年4月から、このシステムを新車発表やモーターショーなどのイベント出展の反響分析やレポーティングに活用している。
「従来はメディアやWebに露出した反響をまとめるだけでもそれなりの時間はかかっていました。しかしこのシステムを使えば、お客さまが当社の発表をどう捉えたか、それはネガティブだったかポジティブだったかの感情も含め、車種別やトピック別に可視化し、定量的・客観的に把握することができます。欲しい情報にたどり着くまでのスピードが格段に速くなりました。必要であればほぼリアルタイムに反応を見ることも可能です」と開発を担当したHondaの坂本 大輔氏は話す。
また新製品のマーケティング戦略の変更に役立ったケースもある。ある新しい二輪車の販売を開始した際、馬力を打ち出した製品として報道されたが、Hondaの考えていたのは、馬力ではなく、本来は他の性能や走りやすさなどが魅力の製品だった。そこで、その報道に気付いた時点ですぐにマーケティング戦略を変更。スピード感を持って新しい施策を実施できたという。
「イメージが定着する前に手を打つのか、定着した後に手を打つのかでは、かけるコストや労力も大きく変わってきます。その点、このシステムであれば、世論の変化点や、対応策のタイミングがつかめるため、ブランド戦略やリスク対応のツールとしても非常に役立つと思います」(内田氏)
もちろん、ここにまでくる道程は、決して平坦ではなかった。開発期間そのものは短かったが、Hondaと日立は毎週1~2回の膝を詰めた打ち合わせで要望や改善を直接確認し、実装・テストを根気よく重ねるなど、さまざまな試行錯誤を繰り返していった。
「膨大な分析データを絞り込む技術や、システムメンテナンスの負荷を軽減する技術は、こちらの要望を伝えながら日立に開発してもらいました。社員全員がマニュアル無しでも簡単に使えるよう、UI(ユーザーインターフェース)やシステムのレスポンス(反応速度)にも徹底的にこだわり、広報部のスタッフに試してもらった感想や要望を何度もフィードバックしながら作り込んでいきました。専門知識がない担当者でもストレスなく使うことができなければ、イノベーションを生み出すツールになどなりません。こうした観点からさまざまな議論や要望を重ねましたが、日立のエンジニアは最初から最後まで、実装と改善をスピーディーに展開してくれました」と、坂本氏は振り返る。
もちろん、このシステムを稼働させること自体が目的ではない。
今後Hondaでは、コールセンターに寄せられた音声・メール情報との連携や、海外拠点への展開(英語圏・中国・アジアなどの国/地域)も進めながら、社内外の声をより広く集積し、グローバルな製品開発やマーケティング戦略、ブランド価値の向上などに役立てていく考えだ。
「このツールは使い方次第で、さまざまな可能性を広げることができます。アジアやアフリカなど、特定の地域が望んでいる製品の機能やサービスを開発することはそのひとつでしょう。こちらが発信した言葉の使い方や表現がどう受け止められたのかという意味では、グローバルなマーケティングにも役立ちます。言葉だけでなく、感情で反応が表現されるため、言葉の壁を越え、その方々が感じている本来のニーズやシーズに深く切り込むことができるはずです」と内田氏は期待を込める。
また日立も、Hondaとの協創で開発したこのシステムでベースとなった「感性分析サービス」の提供を開始、お客さまの声と業務データを組み合わせて分析することで、売上予測や生産計画、リスク対策など、幅広い適用ソリューションを提案、新たなイノベーションの創出に貢献していく。
公開日: 2019年3月
ソリューション担当: 日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 アプリケーションサービス事業部