1日およそ742万人の人々が利用する東京地下鉄株式会社(以下、東京メトロ)は、高密度なダイヤでありながら安全で正確に列車を運行している。2013年、利用者へのさらなる利便性の向上を目的に、鉄道会社5社による相互直通運転を行うこととなった。運転開始を前に、相互直通運転でも正常なダイヤを維持し、ダイヤ乱れが生じた場合でも迅速な対応を可能にするため、東京メトロと日立は、運行管理システムの改良に着手した。
5社相互直通運転の路線図
東京メトロは、総路線距離約195.1km*に及ぶ9路線を運行する鉄道事業者だ。これらの路線の運行は総合指令所の運輸指令員が担っており、指令員の業務をサポートしているのが運行管理システムである。このシステムは、事前に定められたダイヤ通りに列車を運行させるよう自動的に制御しているが、事故などダイヤ乱れが発生した際は、車両を折り返して走らせる、相互直通運転を見合わせるなど、指令員によるダイヤの変更内容にしたがって、列車の運転制御を行っている。
東京メトロは、2013年から、自社の有楽町線・副都心線に、東急電鉄、東武鉄道、西武鉄道、横浜高速鉄道の5社による6路線で、それぞれの営業区間に相互に車両を乗り入れる「5社相互直通運転」を開始することとなった。相互直通運転が始まることで、乗り換えなしで副都心エリアへのアクセスが可能になるなど、利用者の利便性が増す一方、1か所で発生したダイヤ乱れが広範囲に波及しかねないというリスクも予想された。日立は、その課題解決のため、サービスに先立つ2010年から東京メトロとともに既存の運行管理システムの改良・更新に取り組んだ。
5社相互直通運転でダイヤ乱れが発生した際、各社の路線をつないでいる東京メトロ路線が運転整理の要となる。そのため、運行管理システムの改良にあたっては、列車の安全・安心な運行を維持することはもちろん、非常時においても指令員が迅速に対応できるよう、運行管理を行う「総合指令所」で使用するハードウェアとソフトウェアに対して、さまざまな改良と機能の充実を図った。
小竹向原駅専用の手動端末
ハードウェアの面では、主に3つの改良をおこなった。
1つめは、システムの基幹となる中央処理装置を高性能な装置に置きかえることで、システム管理・ダイヤ管理など、運行管理の処理速度、反応速度の向上を図った。
2つめは、指令入力端末の改善。これまでの指令業務は1人1台のモニターで、画面を頻繁に切り替えて使用しており、復旧作業にも影響を及ぼしていたため、指令員1人に対して2台のモニターを設置しマルチモニター化した。 また、ダイヤが乱れた際、これまでは運転調整の指示を列車無線で行っていたが、1路線に1通話しかできないため、迅速に事象に対応するのが難しかった。そこで、駅の表示器から瞬時に乗務員や駅係員へ指示を送れるタッチパネル搭載の端末を新たに設置することで、迅速な復旧を可能にした。
3つめは、路線の4方向への分岐駅となる「小竹向原駅」ではダイヤ乱れの増加が予測されるため、小竹向原駅専用の手動端末を新たに設置し、ラッシュの時間帯に専用の指令員を配置した。これにより、小竹向原駅での混乱を未然に防ぎ、ダイヤ乱れが発生した際にも手動制御を円滑に行えるため、早急な復旧を図ることが可能となった。
ソフトウェアの面では、ダイヤ乱れによる対応力を向上させるための機能の充実を図った。
まず、運転整理機能には、各路線でトラブルが発生した際、支障が起きている区間や原因などの状況に合わせて「途中打ち切り」「一括振替」「簡易振替」「直通切り」の4段階で運転整理を指示するダイヤ変更機能を追加した。
そして、支援機能には、東京メトロ路線内だけでなく、他社の路線を走行する列車の情報もモニターへ表示可能にし、遅れた列車の現在位置を特定できるダイヤ及び列車検索機能などを追加した。これにより、指令員がいち早く運行状況を把握できるようになり、指令業務の効率向上を図った。
検証結果を元にV字形に設計された指令卓
総合指令所の指令環境の改善にも取り組んだ。改善にあたっては、視点が異なるデザイナー、エンジニアなどを交えてお客さまとともに課題発見・共有・解決する日立独自の価値協創手法である「Exアプローチ」が取り入れられた。
まず、緊急時に10人もの指令員が「指令卓」の周りを忙しく動き回っている様子を観察・調査したうえで、他のセクションの担当者も含めたヒアリングを実施し、緊急時に1秒でも速い復旧に対応できるよう、さまざまな動作から「1秒のムダ」を削っていく作業を行った。そして、指令卓の原寸大模型を用いて実際に動きを再現しながら、指令卓の配置や高さ、指令員とモニターの位置関係などをミリ単位で検証し、人間工学に基づいた使いやすさも追求していった。
こうした過程を経て、指令員が最適に使用できる機器類の配置と、テーブル中央に角度をつけたV字形の指令卓が設計され、課題として上げられていた、「指令員同士のコミュニケーションが取りづらい」、「指令卓の前方にある運行表示盤の視認性が悪い」といった問題も解決された。
指令卓の原寸大模型を用いて、指令員の動きを再現した検証風景
こうして、新たに改良された運行管理システムによる「5社相互直通運転」は、2013年3月から開始された。この相互直通運転により、神奈川県のみなとみらい、埼玉県の川越や飯能などが繋がったことで、乗り換えなしで副都心(渋谷・新宿・池袋)エリアへのアクセスが可能となり、通勤・通学や買い物・観光など、利用者への利便性向上を実現している。
東京メトロは、現在、すべての路線でこの運行管理システムを導入している。その中で日立は、列車の増発や折り返し区間の延長などの運行形態の変化にも対応し、東京メトロとともにさまざまなサービス向上を進めてきた。
今後、他の鉄道会社の運行管理システムにおいても、Exアプローチ手法などを取り入れ、お客さまとの協創を通じた取り組みにより、より信頼性・利便性の高いシステム開発を行い、それぞれの指令員が使いやすい理想的な環境を提案し、利用者にとって安全で快適な鉄道システムづくりに貢献することをめざしていく。
公開日: 2019年3月
ソリューション担当: 日立製作所 鉄道ビジネスユニット