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    個人投資家の約9割がインターネット上で取引する時代、ネット証券会社は不公正取引を防ぐゲートキーパーとして、毎日、数100万件もの売買を審査する重要な役割を担っている。そんな中、ネット証券会社に突きつけられているのは人材不足という深刻な現実だ。この現状を打破するために、カブドットコム証券が選択したのは、AI(人工知能)を導入し、それを手塩にかけて育てることだった。

    事例の概要

    • 背景
      カブドットコム証券では、ネット証券取引の急速な拡大に伴い人材不足が顕在化。しかも高度な業務ノウハウを有した即戦力が必要なため、希望する人材の採用が困難だった。
    • 取り組み
      日立のAIを売買審査業務などに導入。日立の技術者とカブドットコムの現場リーダーが膝を突き合わせて取り組み、専門知識を要する高度な業務に、短期間でAIを適用した。
    • 展望
      カブドットコム証券と日立は、AIの適用範囲を広げるとともに、AIを活用した“稼げる仕組み”を業界全体で共有することで、協創効果のさらなる拡大をめざす。

    背景

    人材不足を解決する道をAIに見いだす

    カブドットコム証券は、1999年に設立。2006年に三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)に入り、MUFGの顧客基盤の活用とシステム内製化によるサービス展開を武器に成長し続けているネット証券会社だ。代表執行役社長の齋藤正勝氏が「半分はシステム会社」と自社を評するように、従来人手で行っていた業務のシステム化を推進しているほか、金融サービスの新たな潮流であるFinTechにもいち早く対応している。

    近年、ネット証券業界の成長は著しく、その牽引役は個人投資家だ。いまや個人の株取引の85〜90%はネット経由と言われている。こうした中で証券会社には、投資家の窓口として不公正取引を防ぐ “ゲートキーパー”としての役割が求められている。相場操縦の手口は巧妙化しており、いかに不正行為を監視して公正な価格形成を実現していくかが至上命題だ。

    売買審査は、過去の経験則がモノを言う“職人芸”のような業務だ。どのタイミングでどのくらいの注文を行ったか、一連の取引のパターンから、不正行為を見抜く。カブドットコム証券でも売買審査を担当できる専門人材は限られている。それにもかかわらず取引件数はどんどん増え、不正行為の手口も巧妙化している。

    「欲しいのは新人ではなく、豊富な経験を持った即戦力ですが、この人材難の時代に採用するのは難しい。そもそも何人いても1日数100万件という取引を全件検索するのは不可能です。そうなると機械でやっていくしかない」と齋藤氏。ネット証券業界の人材獲得競争は激しく、各社がこぞって優秀な人材を囲い込んでいる中、AIに活路を見出した。

    取り組み

    選んだのは、「跳躍学習技術」で育つ日立のAI

    カブドットコム証券 代表執行役社長 齋藤 正勝 氏

    カブドットコム証券は人材不足を解消するために、日立のAI「Hitachi AI Technology/H(以下、AT/H)」の導入を検討する。「分析、画像認識、言語処理などのさまざまなAIがある中で、ベンチャーから大手までいろいろなAIを試してきた」と語る齋藤氏が日立のAIを選んだ理由は、「跳躍学習技術」による分析や数値に強く、証券会社の金融業務に適していたからだ。そこで同社は貸株業務(ストック・レンディング)と売買審査業務の2つの業務への適用を開始した。

    貸株業務とは、投資家が所有する株式を一時的に証券会社に「貸す」ことによって手数料を受け取る取引だ。証券会社は投資家から借りた株式を他の機関投資家などに貸したり、空売り用の株として供与したりして収入を得る。しかし、年々需要が増え続ける中で、カブドットコム証券では、わずか3名のトレーダーで毎日およそ500件の貸出交渉を行っている。売買審査も同様で、優秀なトレーダーをもっと増やしたいと考えていた。

    まず、特にネックとなっていた株式の貸出レート決めの業務にAT/Hを活用。1,000種類にも上る数値データを分析し、最適な貸出レートを自動算出する仕組みを構築した。機関投資家への回答時間を大幅に短縮できた結果、貸株業務の売り上げが30〜35%アップした。「AIで対応していることは気付いていないはず。AIは稼げる技術であると改めて認識しました」と齋藤氏は言う。

    次に、売買審査業務にAT/Hの適用を進めた。AT/Hは、東京証券取引所が売買審査業務に採用し、売買審査の初期段階の調査に活用されている。これにより、詳細な本格調査にのみ担当者が注力できるようになった。

    売買審査業務へのAT/H適用にあたっては、売買を成立させる意思を持たない大量の売買注文を行い第三者の取引を誘引する、いわゆる「見せ玉(みせぎょく)」を対象としたPoC*(実証実験)を実施。同社の売買審査室室長の黒澤郁夫氏と、日立の技術者が直接議論を重ねながら検証を進めていった。

    AT/Hの最大の特徴は、「跳躍学習技術」と呼ばれる日立の独自技術にある。AIの技術としてよく知られる「ディープラーニング」は、その計算式がブラックボックス化されている。一方で「跳躍学習技術」は、どのような理由でその結果がでてくるのか、モデル式として明示されているのが特徴だ。(図1)

    AT/Hを使用した不正判定の流れ(図1)

    「取引者の年齢が20~30歳かつ、一日の取引件数が100回以上」など、不正か否かを判断する上での具体的な取引条件がモデル式の中に示されている。そのため、学習する過程の中で、仮に不正な取引をAIが検知できなかったとしても、どういった条件設定を再度行うべきか検討する手がかりとなる。さらに、新たな売買取引の手法などを学習させることで、モデル式をチューニングでき、長年の経験と勘で人が対応していた領域に近づけることが可能となる。

    不正の可能性が高いのはどのようなパターンか、黒澤氏から直接ヒアリングし、それをもとに日立側で仮説を検討、AT/Hにより不正判定モデルを生成。そこに検証用の取引データを入れ、不正の可能性をスコアリングし、その結果を黒澤氏がチェック後、条件設定を再度行うというPDCAを回していった。その結果、AT/Hによるスコアリングによって、審査の必要がない取引を約73%除外できることが判明し、審査担当者は残りの件数だけを審査すれば良いことが分かった。次に、同一人物が同じ時期に同じ価格で「売り」と「買い」の注文を行う「対当売買」についてもPoCを実施し、90%を超える取引を除外することができた。 (図2)

    そして6か月のPoCを経て、2か月半という異例のスピードでシステムを実装し、2018年8月に本番稼働を開始。「我々の厳しい要求に対して、喧嘩のような議論になることもあった」と黒澤氏。これほど短期間にAIの適用を進められたのは、日立の技術者とカブドットコムの現場のリーダーが膝を突き合わせて真摯に議論してきたからに他ならない。

    「一人ひとりの業務負担が激減し、新しいスタッフがチームに加わったかのように、チーム全体の雰囲気がすごく良くなりました」と黒澤氏は導入効果を語る。さらに「AT/Hは見せ玉と相関の高い顧客行動がモデル式の中に示されているので、ノウハウを可視化できます。これは、ベテラン審査担当者から研修を受けているのと同じこと」とモデル式が明示されている日立のAIならではのメリットを強調する。

    「AIを指導するトレーナーの存在がすごく大事。しっかり魂を込めて、弟子を育てるようにAIと向き合うと導入効果が飛躍的に上がってきます」と齋藤氏が言うように、ベテラン社員と同等のノウハウを持ち、それを後進に伝えてくれるAIは、優秀な社員と講師を同時に獲得したようなものだ。

    「見せ玉」審査へのAI適用(図2)

    PoC:Proof of Concept

    展望

    自社の成功事例を証券業界全体での協創へ

    「数時間かかっている審査業務を30分で終わるようにするのが目標」と黒澤氏は話す。その可能性はすでに見えているという。また、今後は相場操縦だけでなく、インサイダー疑義検知や、疑わしい取引検知など売買審査業務全般にAT/Hを適用していく。さらに同社は、本来はライバルであるはずの同業他社に、予測した貸株レートを提供するエコシステムの構築を進めている。「これはAIが稼げると分かった現場から生まれたアイデア。自分たちがビジネスオーナーである意識が出てきた証拠です」。(齋藤氏)

    現代の複雑な社会問題を解決するには、“協創”が不可欠である。健全な証券ビジネスの発展に貢献していくために、カブドットコム証券と日立は、長期的なパートナーとして協創プロジェクトを続けていく。

    公開日: 2019年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 金融ビジネスユニット