IoTやAIなどをはじめとした、社会の在り方に大きな影響を与えるさまざまな技術が進化している。2016年、日立は東京大学とともに超スマート社会に向けた共同研究の場である「日立東大ラボ」を設立した。日立が長年培ってきたインフラ技術やITと東京大学の先端研究を融合し、社会課題の解決と人々のQoL向上を両立する社会の実現に向け研究を進めている。
ITの急速な進歩により、人々はかつてない利便性を享受できるようになった一方、少子高齢化、大都市への人口集中と地方創生、エネルギー・環境問題など、積年の社会課題を抱えている。
2016年、日本政府は「超スマート社会(Society 5.0)」を打ち出した。現在の「情報社会(Society 4.0)」の先を見据えた、日本がめざすべき未来社会の姿だ。IoTやAI、ビッグデータなどを活用し、経済的発展と社会課題の解決を両立しつつ、人々が快適で活力に満ちた質の高い生活を営める社会、それがSociety 5.0である。
しかし、その実現には一企業の開発力・技術力だけでなく、さまざまな分野の知見を結集していくことが必要である。
* OT:Operational Technology、制御技術
東京大学は1877年の創立以来、東西さまざまな考え方や文化を融合し、新しい学術を生み出す拠点として発展してきた。その伝統は今もなお引き継がれ、世界的な視野で多様な知を結び付け、さまざまな分野にまたがる研究や政策形成に貢献している。
社会イノベーション事業を推進してきた日立が長年培ってきたインフラ技術やITと、東京大学の多様な最先端の知を融合すれば、Society5.0の実現に必要な多分野横断の取り組みができる。こうした背景から、日立と東京大学との共同研究の場である日立東大ラボを設立、Society5.0の実現に向けた研究を進める「産学協創」によるプロジェクト「ハビタット・イノベーション」が始まった。
「産学連携」ではなく「産学協創」と掲げるのは体制の違いと扱うテーマにある。従来の「産学連携」は大学の研究室と企業のある部門との共同研究という体制が多く、研究テーマが専門的なものに細分化する傾向があった。しかし、大学と企業の大型組織間が協力する「産学協創」であれば、ひとつの研究室に留まらず、複数分野の人間が知を持ち寄り、議論することで、いろいろな側面から検討する必要がある社会課題のような大きなテーマを扱うことができる。特に、東京大学との取り組みにおいては、研究成果を社会実装するのに必要な国や自治体への政策立案に貢献しているという点も大きい。
今回のプロジェクトでは、東京大学のもつ都市問題や居住に関する都市計画学・交通工学・建築環境学などの知見に加え、社会科学・人文科学といった学問分野の専門家の深い洞察と、社会実装を実現させるための日立のインフラ技術とITの強みを合わせ、複数のテーマで研究を推進している。
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 出口 敦教授(日立東大ラボ長)
「ハビタット・イノベーションでは、ある特定分野のデータマネジメントにとどまらず、都市計画・まちづくりのための異分野間のデータを連携した高度なサービス創出を模索しています。例えば、交通のデータを解析するだけでなく、不動産・交通・都市計画のデータを組み合わせるのです。地域に暮らす人がいつどの手段で移動しているかという人のデータを精査し、交通の便を改善したり渋滞を緩和したりできれば、不動産価値も高まります」と、日立東大ラボ長で、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の出口 敦教授は語る。
海外ではデータを活用した都市計画の例がいくつか知られているが、それらとは決定的な相違があるという。
「これを主導するのは、国家や大企業ではなく、あくまでも市民です。利益やナレッジは一行政機関や一企業が独占するのではなく、地域社会に還元されます。そして、トップダウン型の要請と異なり、地域の参加者がデータ提供者でありデータの読み手となることで、地域社会とともにまちづくりに取り組むものです」(出口教授)
この取り組みにおける研究テーマのひとつ「データ駆動型都市プランニング」の実証実験を愛媛県松山市で開始した。市民にご協力いただき、市内における回遊行動を人流解析技術で取得。交通や購買行動といった異分野のデータと組み合わせ、日立が開発したサービス事業シミュレータ「Cyber-PoC」によって可視化する。市民の行動データをデジタル空間で多角的に分析・検討し、都市計画を立てていくことで、市民が必要としている場所に公園や託児所などの施設を建てたり、ニーズに合った地域のイベントを開催できる。市民にとっては、自分たちの声がまちづくりに反映されている実感を持つことができ、さらに積極的にまちづくりに参加するというサイクルが生まれる。
このサイクルを回していくために必要な行動データの提供には市民の理解と積極的な参加が前提となる。データの扱いには、匿名性の確保や個人情報の保護のほか、現在の社会通念のあり方についても研究する必要があり、心理学や哲学など東京大学の文系分野の有識者も迎え、議論を始めたところである。
「Cyber-PoC」を用いて、松山市の街の動きを再現。データを組み合わせ、多角的に分析・検討ができる
「日本におけるスマートシティは部分的に始まったばかりで、まだまだ社会実験の段階。データ駆動型社会の良い点が全国に普及するためには、多種多様なデータを解析して、異分野間で相互にメリットを生み出せるモデル設計を行い、仮説検証を繰り返さなくてはなりません」(出口教授)
現在は検証段階であるが、今後研究が進めば松山市での取り組みを参考に、都市環境や産業構造など比較的条件の近い人口数十万規模の中枢都市の都心部などにも応用が見込まれる。海外のスマートシティは一般に大都市が舞台で、松山市のような地方都市のシステムは珍しいため、国内だけでなく、海外の都市にも事例を共有でき、松山市で得た知見が世界中のまちづくりの参考となる可能性も秘めている。
ハビタット・イノベーションでは、この「データ駆動型都市プランニング」の他にも、複数のテーマを扱っており、そのどれもが現在の日本が抱えている大きな社会課題に直結している。それぞれのテーマに対して「ハビタット(居住)」という名称が示す通り、市民が主体となって推進するしくみをつくることで、産・学・官・民が連携し、共に発展できる、持続可能な社会が実現できる。
「日本は課題先進国とも呼ばれ、看過できない課題が多々ありますが、私はむしろ、そこがアドバンテージだととらえます。ハビタット・イノベーションでこれを改善することで、課題解決のモデルを先駆的に提示できるからです」と出口教授は近い未来を見つめる。
公開日: 2019年3月
ソリューション担当: 日立製作所 研究開発グループ