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    • アナリティクス

    「日立の出した結果に一目惚れしました。これを使えば、医師の仕事が非常に楽になると直感しました」――そう語るのは東北大学病院の石岡千加史 副病院長。

    東北大学病院は、日本における最先端のがん治療に力を入れている大学病院の一つ。世界に先駆けたゲノムコホート研究をはじめ、ゲノム医学や基礎生命科学、情報科学などの卓越した研究力を集結した未来型医療など新しい研究領域に次々とチャレンジしています。ところが、ただでさえ「医師不足」が叫ばれている中、通常の診療業務に加えて新たなことに挑戦するのは決して容易ではありません。そこで、最新のテクノロジーを活用し、少しでも業務の負担を軽減することができないか。そうすれば、最先端の治療方法の検討など医療をさらに進歩させるための取り組みができるのではないか――。

    東北大学と日立は、最先端医療の普及を加速させるという使命を果たすために、東北大学病院に個別化医療・個別化予防に役立つスーパーコンピュータ(スパコン)を設置するなどさまざまな協創をしてきました。今回ご紹介する取り組みは、がんゲノム医療の効率化を支援することで医師の負担を軽減するというものです。現在、一部の患者にしか適用できていないがんゲノム医療という選択肢を、より多くの患者に提供できる可能性を秘めています。

    画像提供:東北大学病院

    事例の概要

    • 背景
      がんは、2人に1人が生涯に罹患するといわれる病気。従来の治療では、乳がんや肺がんなど、がん化した臓器によって治療や薬を選択していた。近年、患者の遺伝子の変異などの特徴に合わせた、「個別化医療」が期待されている。中でも、一度に数百個のがん関連遺伝子変異を調べる「がん遺伝子パネル検査」に注目が集まっており、がんゲノム医療の入り口ともいわれるほど、個別化医療の普及のカギとなっている。
    • 実態
      がん遺伝子パネル検査には、医療従事者の負担が大きいという、大きな課題がある。がん遺伝子パネル検査の実施後、最適な薬剤や医療方針は「エキスパートパネル」と呼ぶ会議で決める。エキスパートパネルでは、がん遺伝子パネル検査の結果を含む、患者のさまざまな情報がまとまったレポートを見て議論されるが、このレポート作りが大きな負荷となってのしかかっていた。医師が日常診療の合間に数日かけて行っていたこともあったほどだ。
    • 取り組み
      課題を解決するために開発したのが「エキスパートパネル支援システム」。同システムで作成されたレポートは、医療関係者が理解しやすいように、必要な情報が一目で分かるように整理レイアウトされていると共に、関連情報の検索も簡単にできるようになっている。しかも、レポートはほぼ自動で作成できる。実現できた要因として大きかったのは、「現場を知り尽くしたうえで、良いものを構築しよう」という日立の技術者のこだわりと熱意。加えて、日立の最先端のスパコンを使いこなす豊富なノウハウも下支えした。
    • 展望
      個別化医療を実現する領域はがんゲノム医療だけには限らない。例えば、人の価値観やライフスタイルなども、治療方針を立てる上で大きな要因であり、個別化医療の因子となる。今後これらの因子も考慮し、治療方針の策定を支援するシステムを開発することで、より患者本位の個別化医療が実現することになる。日立は、このような医療従事者の要望に応え、患者に寄り添う日本の個別化医療の伸展に新たな道を切り拓くことを全力で支援していく。

    背景

    がん治療は個別化医療の時代に

    具体的な取り組みを紹介する前に、現在のがん治療の状況について簡単に説明をしますが、がんは日本人の死因第一の疾患であり、いまや2人に1人が生涯に罹患すると言われる病気です。医療従事者は、多くのがん患者を救うために、日々奮闘しています。

    がんは体のさまざまな臓器で発生します。従来の治療では、乳がんや肺がんなど、がんが発生した臓器によって治療や薬を選択していました。ところが最近の研究で、同じ臓器のがんでも、変異したがん遺伝子により、薬剤の効果や副作用が異なることがわかってきました。そのため、同じ臓器のがんでも、患者の遺伝子変異などの特徴に合わせた、より精度の高い「個別化医療」の実現が期待されています。

     

    個別化医療を推進する中で最近行われるようになってきたのが、一度に数百個のがん関連遺伝子変異を調べる「がん遺伝子パネル検査」です。遺伝子変異のタイプに応じて最適な治療方法を選択することが可能になるため、がんゲノム医療の入り口ともいわれており、個別化医療の普及のカギとなる検査として注目されています。昨年6月からは、条件に合う一部の患者は、保険診療で受けられるようになりました。

    実態

    「がんゲノム医療」の舞台裏と実態

    このがん遺伝子パネル検査ですが、実施するにあたって、これまでは大きな課題がありました。それは「医療従事者の負担が大きいことです」(石岡氏)。

    がん遺伝子パネル検査の実施後、その検査結果を見て、最適な薬剤や治療方針は、「エキスパートパネル」と呼ぶ会議で決めます。同会議には主治医に加えて腫瘍内科医、遺伝医学や病理学の専門医、遺伝カウンセリング技術を持つ医療関係者など大勢の人が参加し、さまざまな観点から検査結果を検証したうえで、それぞれの患者に適した治療方針を決定します。

    この一連の流れで、医療従事者の負担が特に大きかったのは、エキスパートパネルで議論するためのレポートを作ること。がん遺伝子パネル検査の結果を解析することで明らかになるのは、患者のがん組織を基にした変異のある遺伝子などの情報です。しかし、エキスパートパネルで議論するためには、そういった情報だけでは不十分なのです。患者の治療歴や健康状態を踏まえ、最新の文献なども調べながら、標準治療以外の最新の治療の治療実績や、臨床試験の情報などを探索、解釈し、検査情報と併せてレポートとしてまとめなくてはなりません。

    さらにエキスパートパネルでは、多様な専門家がディスカッションに参加します。ここで課題になるのがそれぞれの専門によって専門用語が異なること。それらをあわせるといった細かい面にも配慮しなくてはなりません。

    これまでは、このレポート作成を、「医師が日常診療の合間に数日かけて行っていた」(石岡氏)というのですから、携わる医師の業務が過酷になるのもうなずけます。

    取り組み

    現場のニーズに応える「理想のレポート」をとことん追求

    東北大学病院 石岡 千加史 副病院長
    撮影:村上昭浩

    こうした課題を解決するために日立が提案し、開発したのが「エキスパートパネル支援システム」。同システムで作成されたレポートは、医療関係者にとって格段に理解しやすいものとなりました。「必要な情報が一目で分かるように整理レイアウトされているだけでなく、関連情報にも簡単にアクセスできるなど、これは日立独自のノウハウが生かされたものだと感じました」(石岡氏)。

    「レポートを見る医療関係者にとっては、重要なところがすぐに全部読めることが重要で、参照程度に見れば良いところは必要に応じて見ればいい」(石岡氏)。短期間で理解したいという医療関係者のニーズを考慮したものになっています。

    レポートの見やすさもさることながら、特筆すべきはこのレポートがほぼ自動で作成できること。医療従事者は、それぞれの患者ごとのレポートを新規作成するという業務から解放され、支援システムを通じて生成されたレポートを確認するだけで済むようになりました。そのレポートも、これまでは医療従事者が数晩かけて作っていたのに対して、ゲノムの検査レポートを蓄積したデータベースを検索することで、たった数時間で作成できるようになりました。

    東北大学と共に確立させた日立の技術と現場ノウハウ

    今回、東北大学との協創が成功した要因はどこにあるのでしょう?

    最も寄与したのは、「現場を知り尽くしたうえで、良いものを構築しよう」という日立の技術者のこだわりと熱意です。医師がエキスパートパネルでどのような情報を基に判断しているのか、現場の声にとことん耳を傾けただけでなく、実際のエキスパートパネルの様子を詳しくヒアリングするなどして、必要な情報を一つひとつ精査していきました。日立のヘルスケアソリューション事業部の金森英司は「産・学がシームレスに話し合える関係だからこそ、より良いシステムを構築できたのだと思います」と語ります。「現場を知る」ことを重んじる姿勢は、日立が現在注力している「バリアントサイエンティスト」(ヒトゲノム解析の専門家)の社内育成にも表れています。

    また、大規模なスパコンの構築・安定稼働を実現する高い技術力と豊富なノウハウを日立が有していることも支えとなりました。東北大学では2012年に設立した東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)において、約15万人のバイオバンクを構築し、個別化医療・個別化予防に役立つ研究を実施しています。そのプラットフォームである「ゲノム医科学用供用スーパーコンピュータ」は日立が構築し、順調に稼働を続けています。数百万から数千万単位のデータ解析依頼を高速かつセキュアに処理し続けられるよう数百台の計算サーバを運用するといったチューニング技術のノウハウやITの知見を持つ日立の強みは、今回の支援システムの構築にも引き継がれています。

    医療現場を知り尽くしたうえで開発された「エキスパートパネル支援システム」

    展望

    「個別化医療」のその先へ

    東北大学では、エキスパートパネル支援システムを開発した後も、患者のニーズやQoL(生活の質)向上に資するシステムを日立と組んで開発していきたいといいます。個別化医療はがんゲノム医療だけではありません。「日立には、まず、がんゲノムを足場として、さまざまな生体物質の網羅的な解析を統合解析するようなツールを開発してもらいたいです」(石岡氏)。

    また、人の価値観やライフスタイルなども、治療方針を立てる上で大きな要因であり、個別化医療の因子です。「例えば、ある病気に効くAという薬があったとしても、痛みが伴うようだったら患者さんが使用することを好まなかったり、また高額であったら医療費を他の人に振り向けてほしいとの患者さんのポリシーから積極的に使わなかったりということもあるのです。日常診療の中では、そうしたさまざまなパラメーターを加味しながら説明し、理解してもらうのが難しいところでもあります。今後はこれらの情報も医療支援システムに組み込めたら、より患者本位の“個別化医療”が実現するのではないでしょうか」と石岡氏は展望します。日立は、このような医療従事者の要望に応え、日本のゲノム医療に新たな道を切り拓くことをこれからも支援していきます。

    撮影:村上昭浩

    公開日: 2020年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット