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    • R&D(研究開発)

    交通渋滞をはじめとした都市問題やエネルギー問題などは、検討すべき要素が多く、複雑化した社会課題となっている。そのブレークスルーとして期待されているのが量子アニーリングマシンである。量子アニーリングマシンは「組合せ最適化問題」と呼ばれる問題を効率よく解く技術である。一方、日立は2015年、半導体集積回路で組合せ最適化問題の高速処理を実現でき、社会課題の規模に応じて容易に大規模化が可能な、新概念コンピュータ「CMOSアニーリングマシン」を開発した。その実用化に向け、北海道大学に開設したオープンラボ「日立北大ラボ」において、数年以内の社会実装をめざし、要素技術の開発を行っている。

    事例の概要

    • 背景
      2015年、日立は「CMOSアニーリングマシン」を開発した。このマシンは新概念コンピュータの一種であり、従前のコンピュータを凌ぐ性能を実証した。だが、その実用化に必要なアルゴリズム開発には数学的知見を持つ学術分野をはじめ、さまざまな分野との連携が不可欠だった。
    • オープンラボ
      2016年、日立と北海道大学との共同研究を進めるべく、「日立北大ラボ」を設立。「社会を変えるような新しい数学を創りたい」という北海道大学のアプローチが、新概念コンピュータの実用化に必要だった。日立の社会イノベーション事業との共振となり、共同研究は双方にとって新しい価値を生み出している。
    • 取り組み
      日立北大ラボを通じた共同研究が発端となり、JST/CREST・さきがけ「Society 5.0 を支える革新的コンピューティング技術」領域において、この共同研究に従事しているメンバーを主とするCREST研究提案や若手メンバー2名も、さきがけ研究者として採用されるなど、本産学連携を足場に研究力強化に繋がっている。また、若い学生の力を活用し、本邦初の産学連携によるマラソン型プログラミングコンテストを実施。大学の枠を越え、社外の研究者や技術者、学生の知恵により、非常に優れたアイデアで新しいアルゴリズムの発見につながった。また、日立北大ラボを通じたさまざまな分野との連携により、新概念コンピュータの新たな可能性を模索できるようになった。
    • 展望
      2019年、IoT機器への組み込みを想定した名刺サイズのCMOSアニーリングマシンを発表。サイズが大きいなどの理由による使用制限が緩和されることにより、用途拡大と普及促進が期待される。日立は今後も北海道大学との連携を強化し、CMOSアニーリングマシンの数年以内の社会実装をめざしていく。

    背景

    日立の新概念コンピュータの実用化には、新しい数学的知見が必要だった

    交通渋滞などの都市問題の解決には、問題を構成する要素に関して、個々の特性や要素間の相互関係を定量的に評価する必要がある。情報処理の分野で「組合せ最適化問題」と呼ばれるこの問題を解くことに特化しているのが量子アニーリングマシンであり、膨大な要素を有する組合せ最適化問題を高速に計算できる可能性を秘めている。

    2015年、日立は社会課題の規模に応じてシステムの大規模化が可能な新概念コンピュータ「CMOSアニーリングマシン」を発表した。量子コンピュータとは違う手法を用いて、半導体回路上で処理を行い、従来コンピュータを凌駕する性能と省電力化の両方を実現。2018年には、半導体の並列化が可能になり、処理速度をさらに高めることができるようになった。

    CMOSアニーリングマシンを社会実装していくには、まず社会課題に関するデータを簡単にCMOSアニーリングマシンに入力するための工程を確立することが求められる。このためには、「社会課題という現実の事象を数式で表現し、マシンに入力できる形に変換する」ためのソフトウェア技術の開発が重要となる。これは一企業だけでは解決が難しく、さまざまな分野との連携が必要不可欠。中でも、最も重要なもののひとつが数学的知見を持つ学術分野との連携であった。

    オープンラボ

    社会を変えるような新しい数学を創りたい。北海道大学の思いが研究に新たな風を吹き込む

    北海道大学 電子科学研究所 附属社会創造数学研究センター
    センター長 小松崎 民樹教授

    2016年、北海道の地域課題解決を目的とした研究・産学連携を推進すべく、日立と北海道大学が共同で日立北大ラボを設立。その研究テーマのひとつとして、CMOSアニーリングマシンの実用化に向けた研究に取り組んでいる。

    北海道大学 電子科学研究所 附属社会創造数学研究センターのセンター長であり、CMOSアニーリングマシンの実用化研究の代表も務める小松崎 民樹教授は産学連携について次のように語る。

    「センター名にある『社会創造数学』という名称には、社会を変革しうる新しい数学を創りたいという思いが込められています。例えば、二進法や離散数学がコンピュータの誕生の背景にあるように、社会の変革と数学は密接な関わりを持っています。産学連携においても、社会と接点のある企業と共同研究し、その成果を持って社会を変える新しい数学を創ることができるかが重要だと考えています」(小松崎教授)

    社会を変える新しい数学。これこそが、CMOSアニーリングマシンの実用化に必要な異分野の知だった。だが、さまざまな分野の知見を融合し、新しい価値を生み出す過程は容易なものではない。一番重要なことは「問題をどう共有できるか」、そのためにはできるだけ顔を合わせて議論することだと小松崎教授は話す。

    「今回の日立北大ラボは、研究関係者がラボに常駐する形を取っているので、問題共有がしやすい仕組みになっています。また、北大からも助教が1年ほど客員主任研究員として、実際に日立で働きました。こういった双方向的な人事交流は他の産学連携ではあまり見られない例です」(小松崎教授)

    また、今回の研究は学生や日立北大ラボのメンバーにとっても有意義なものであるという。

    「学生は実際の社会課題に触れる機会が少ないため、数学がどのように社会に役立つのかという意識をあまり持っていません。しかし、日立北大ラボには幅広い分野の方が集まっており、多様な社会課題を知ることで数学の可能性を実感できます。逆に、学生の考えを他の数学者や年配の教授が聞くことで新たな気づきを得ることもできます」(小松崎教授)

    社会を変える新しい数学の創造をめざす北海道大学の姿勢と日立の社会イノベーション事業が互いに共振することで、双方にとって新しい価値を生み出し、研究の大きな原動力となっている。

    取り組み

    組織の枠を越え、さまざまな分野へ広がる共同研究の輪

    300名を超える参加があったプログラミングコンテストの表彰式

    今回の研究にあたり、まず多くの人のアイデアを聞きたいと考えた日立北大ラボは新たな取り組みの一環として、2017年、プログラミングコンテストを実施した。学生主導で実施されたこのコンテストは北海道大学だけでなく、一般の方々から広くアイデアを募集するという組織の枠を超えたものであった。

    「プログラミングコンテストは、日立のメンバーと北海道大学の教員が企画し、情報科学系の学生にも協力いただいて、多くの人に理解しやすい問題を設定しました。そのおかげで、コンテストには非常に多くの方に参加していただけました」(小松崎教授)

    実際、コンテストには中学生から50代まで幅広い年齢層が参加。その中には、非常に優れたアイデアを出してきた学生もおり、従来方式に勝るアルゴリズムが考案されるという成果があった。小松崎教授は今後の課題と展望について次のように語った。

    「CMOSアニーリングマシンを使ってどのようなことができるか? そのアイデアをできるだけ多く集めることが今回の研究には必要です。しかし、それは大学だけでも一企業だけでも難しく、プログラミングコンテストなどの企画を通して、もっと世の中に広くそれを求める必要があると考えています」(小松崎教授)

    また、日立北大ラボでは異分野連携を活性化させるため、積極的に新しいさまざまな分野の方に参加いただいているという。

    「日立北大ラボの大学側のメンバーですが、新たな人を年に数名は入れています。例えば、化学の講師の方や保健科学研究の先生に入っていただき、CMOSアニーリングマシンを使って化学や医療への応用ができないかという検討をしていただいています」(小松崎教授)

    数学だけでなく情報科学から化学、医療まで、さまざまな分野との接点ができ、共同研究の輪が北海道大学内部に広がったことで、CMOSアニーリングマシンの新たな可能性を模索できるようになった。これも今回の共同研究の成果のひとつと言えるだろう。

    展望

    名刺サイズへの高集積化に成功。社会実装までのカウントダウンが始まる

    非常に小型ではあるが、従来型コンピュータ*の約2万倍の高速計算能力、約17万倍のエネルギー効率を有する*名刺サイズのCMOSアニーリングマシン

    * 汎用的なCPU(Intel Corei7-6700K, 4.00 GHz)を用いて、CMOSアニーリングマシンと同じ条件でアニーリング計算を行った時の比較結果。エネルギー効率を(パラメータの数/計算時間)/消費電力で定義

    2019年2月、日立は名刺サイズのCMOSアニーリングマシンを発表した。将来的にはさらに小型化し、スマートフォンやカメラ、センサーなどのIoT機器に組み込み、各機器の中でデータ処理することを想定した新しい技術である。

    このような技術革新が進み、生活の多くの場面でIoT化が加速することで、今までは難しかった社会課題の解決や産業における新たなニーズも生まれてくるだろう。日立のCMOSアニーリングマシンも、さまざまな問い合わせを受け、その可能性を検討している。

    しかし、その性能を十分に活かすためには異分野との連携は欠かせない。今後も、日立は北海道大学との連携を強化し、さまざまな分野の知見を積極的に取り入れることで、数年以内のCMOSアニーリングマシンの社会実装をめざしていく。

    本成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものです。

    公開日: 2019年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 研究開発グループ