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鉄道線路や車両を再現 メタバースが支える社会インフラ
コントローラーを振れば、音楽ライブ会場が再現された仮想空間でアバターもペンライトを振っている。「メタバース」といえば、ヘッドマウントディスプレイ(以下、ゴーグル)を着けて、仮想空間でイベントに参加することを想像する人が多いのではないでしょうか。現実世界ではありえないような演出を見る。遠くの人と集まって盛り上がる。メタバースで「楽しむ」ことが広がりを見せていますが、メタバースで「支える」ことも実は着実に進歩しています。メタバースで支えるとは?日立製作所の先端AIイノベーションセンタ知能ビジョン研究部で産業用メタバースの研究を進める中村克行部長に詳しく聞きました。
鉄道メタバースとは
──どういう開発をしているのですか?
中村克行さん(以下、中村): メタバース(仮想空間)を、鉄道の製造や保守に応用する鉄道メタバースの研究をしています。研究室内では、正面、天井と床、左右をスクリーンで囲った空間があります。覆われていないのは背面だけです。囲われた空間は高さ2.5メートル、縦2.5メートル、横4メートルにもなります。この空間内にメタバースで生成した鉄道の線路や車両を投影しています。
例えば、線路の投影。足元から線路が正面に伸び、真横には住宅や生い茂る木々が見えます。正面や左右側面に自身の影は映りません。天井と床は空間中央部に据え付けられたプロジェクターから投影しているものの、正面と側面はスクリーン背面から投影することにより、没入感を高めています。
デジタル空間だからできる
──メタバースの鉄道線路を投影してどうするのですか?
中村: メンテナンスが必要な線路がどこなのかを素早く見つけることができます。メタバースで再現された線路は所々、緑色や赤色で色付けされています。緑色は線路が正常であること、赤色は線路に異常があること、つまりメンテナンスが必要であることを示しています。異常は人工知能(AI)が自動で現実世界から判断します。
まず、現実世界で正面にカメラを取り付けた列車が線路を走り、通常のパターンを取得します。線路の設備は使われていくうちに消耗します。例えば、レールの下に敷かれる部材の枕木が腐食を起こすことがあります。カメラを取り付けた列車が再び同じ線路を走ると、その腐食を含んだ画像が撮影されます。正常なパターンと異常なパターンの二つの画像を比べることで、AIが自動で異常を検出し、メタバースで再現した線路が色分けされます。
──色分けで作業員が簡単に異常を発見できるということですか?
中村: はい、どういう線路が異常なのか、作業員が簡単に把握できます。メタバースの線路には、発煙や陥没といった稀に起きる異常状態の写真も浮かび上がります。メンテナンスに慣れていない新人の作業員でも、なかなか経験できないような異常時対応を体験学習することができます。
現実世界では、メンテナンス作業員のために、長々と続く線路に異常を知らせる色付けが不可能でも、メタバースのデジタル空間では可能です。
鉄道事業ノウハウの詰め合わせ
──デジタル空間だからできることはほかにもありますか?
中村: 鉄道車両を再現するのも可能です。座席の色を瞬時にも変えられます。列車内の雰囲気をがらりと変えられ、内装デザインを決める際の参考にできます。また、車両の構造自体を確認したい際は、座席そのものも取り払い、フレームのみを見られます。
さらに、フレームのみの車両には、緑色や赤色の球体が浮かび上がります。そこには日立がこれまで設計や製造で得られたノウハウが表示されます。
──どのようなノウハウでしょうか?
中村: 球体には「設計変更」や「運用情報」といった文字が並んで表示されます。「設計変更」と表示された球体に近づくと、紙の設計書が出てきます。設計書には、部品の仕様が変更されたことが書かれています。
また、設計書だけではなく、工具が現れ、工具と車両ドアの溝部分が赤く点滅し始めます。元の設計では工具が溝部分に入らなかったことを警告し、設計書に書かれている設計変更の理由を分かりやすく演出しています。
メタバースが次の社会インフラに
──メタバースに注目したきっかけは何ですか?
中村: きっかけはメタバースのゲームでした。私もゲームとしてメタバースを楽しんでいました。そこではプレイヤーがそれぞれ道路や橋といった社会インフラを整えていくことで、お互いにゲーム進行をサポートすることができました。社会インフラを整えていけば、周りのプレイヤーから賞賛されるのです。
一方、現実の社会インフラを保守している人はなかなか評価されません。そうした状況を変えるために、生活を支えるすごい技術を分かりやすく見せたかったのです。メタバースなら再現できそうでした。
──どうしてメタバースなのでしょうか?
中村: 紙の資料のデータ化は進んでいますが、ほかの部署のデータがどこに保存されているか、そもそもその存在自体を知らないことさえあります。ノウハウを体系化することで、過去の気づき、失敗や成功を誰もが学べます。
鍵となるのは空間です。メタバースという空間を通じて、複数人が体験として容易に理解できる体系をつくりあげられるのです。ノウハウは体系化しないとなかなか次世代に受け継がれてはいきません。
──メタバースを現実に投影しようとしたのはなぜですか?
中村:ゴーグルの装着感を嫌う現場作業員の意見がたくさんありました。現実に投影することで、実際に作業員が集まって会話もできます。もちろん、ゴーグルを着けて遠隔地からの参加も可能です。フィジカル(現実)とリモートの混合の使用で、それぞれのいいとこ取りができます。
──メタバースは鉄道事業にどう活用されていくと思いますか?
中村:鉄道メタバースを活用することで、作業員が体験学習によりスキルの向上をもっと実感できたり、横のつながりをつくってお互いを高め合ったりできると考えています。これは社会インフラを支える人のウェルビーイング向上にもつながっていきます。
さらに線路、車両、駅や指令室のメタバースをつくりあげることによって、プランニング、オペレーション、メンテナンスでそれぞれ活用していくことを考えています。人材不足問題に対応するため、メタバースによる時差を利用した海外からのオペレーションやメンテナンスも夢ではありません。
メタバースは将来の社会インフラになっていくとみています。鉄道だけでなく、社会インフラ全体を支えていく可能性を秘めています。メタバースを活用して、社会インフラで事故や困りごとが発生しない世界をつくっていきたいです。