生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、マイクロソフト社に転職。最新のITテクノロジーに関する情報発信の役割を担う。2006年、職掌をマネジメントに転換、ピープルマネジメントを行うようになる。プレゼンテーションの第一人者として知られる。2019年10月に独立し、(株)圓窓代表取締役。2021年2月にLumada Innovation Evangelistに就任。
企業のDXを推進する「Lumada」とは?“プレゼンの神様”澤円さんに聞く
illuminate(照らす)とdata(データ)を組み合わせた造語「Lumada(ルマーダ)」。先進的な技術を活用してデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速するソリューションやサービス、テクノロジー体系の総称です。
日立製作所の小島啓二社長兼CEOは2022年4月、中期経営計画の説明会で、「私たちの成長戦略の中心はLumada。2024中期経営計画の期間にLumada事業の売上をほぼ倍増させる」と意気込みを語りました。
日立グループの成長戦略の柱に据えられているLumadaとは一体どのようなもので、どんな社会課題を解決するのでしょうか。
Lumada Innovation Evangelist(エバンジェリスト=技術などをわかりやすく啓発する専門人財)の澤円さんに聞きました。
Lumadaは日立グループの旗印
――「Lumadaとは何か、いまひとつわからない」という声も届いています。澤さんの言葉で、Lumadaを解説していただけないでしょうか。
澤円(以下、澤):Lumadaは、特定の製品領域やサービスを指すのではなく、約37万人いる日立グループ全体が同じ方向を向いて活動するための旗印、キーワードです。そのため、いささか抽象的な概念という印象を受けるかもしれません。
Lumadaの基本的な方針としては、「お客さまのデータに光をあて、輝かせることで、新たな知見を引き出し、お客さまの経営課題の解決や事業の成長に貢献していく」ことです。ご存知のように、いま、世界で成長を続けているほぼすべての企業は、「データ」を活用することで大きな収益を生み出しています。
――米国発の巨大IT企業であるGAFAはまさにそうですね。
澤:GAFAは自社の事業で集めたデータを、広告や物販、デバイスの開発、SNS、映像や音楽といったコンテンツビジネスなどに活用しています。しかしその活用の範囲の中心は、自社が得意とする領域にとどまっています。
一方で日立は、鼻毛カッターのような小さな家電製品から、発電所のような巨大プラントまで幅広く手掛けています。さらに、IT企業でもありながらコンサルティングも行い、サービス業や工業はもちろん、農林水産業を含めたあらゆる業種の企業と協業を行っています。つまりデータを現実の世界に活用できる領域が、日立は圧倒的に大きいのです。
その事業領域の広さとデータ活用に関する知見と技術こそが、私たち日立の強みになります。「データを信頼し、それを生かして、お客さまの課題を解決する」という考えのもとに、全社員がデータサイエンティスト的なアプローチで事業を進める。それがLumadaという概念になります。
Lumadaの具体例とは
――「データを信頼する」ことがLumadaの根本にあるわけですね。Lumadaの理念を元に進めた事業として、具体的にはどんなものがあるでしょうか?
澤:わかりやすいLumadaの具体例が、水道管の漏水を自動的に検知するソリューションです。水道管は1960~70年代の高度成長期に敷設されたものが多く、最近は老朽化によって、断水や道路陥没がたびたび起きるようになっています。厚生労働省の2019年度の調査では、水道管事故が年間2万件に達しました。
驚くことにこれまで水道管の漏水の検知は、熟練の調査員が「音聴棒」と呼ばれる器具を使って、音を聞き分ける方法が一般的でした。しかし、熟練調査員の数は減っていて、水道管の老朽化が社会問題となったのです。
――人手と時間がかかる手法だったのですね。
澤:そうですね。人手と時間がかかる漏水検知という課題を解決するために、Lumadaの考えに基づき発案したのが、日立独自の「超高感度振動センサー」を活用することでした。
このセンサーにより、水道管の漏水により生じる振動を検知し、データ化するとともに独自の解析アルゴリズムによって漏水エリアを特定できるようになりました。今後は、クラウドに収集されたデータに加えて、水道管の種類や口径、敷設年数などのデータ解析を進め、漏水エリアを発見できる仕組みを作っていく予定です。
――その他にもLumadaの事例はあるでしょうか。
澤:2022年3月に提供が始まったのが、人の振る舞い、要するに画像データの解析を活用した例です。多くの製造現場では、いまも人手による作業が欠かせません。しかし、経験不足や長時間作業などで、作業ミスが起きてしまうことがあります。この課題を解決するために、どのようなデータをとったらいいか検討した結果、たどり着いたのが、熟練した作業員の体の向きや手の動きなどの骨格情報でした。
カメラで作業員の姿勢や動作を撮影し、AIで画像解析することで、「骨格の動き」をデータ化します。たとえばネジを締めるとき、何秒で、どれくらいの力をかけるか。ベテランの作業員でも言葉で説明するのは難しい作業をデータ化できるようになったのです。
そして、作業員が熟練者の動きと異なる動作をしたときはアラートが鳴り、作業の改善が図れます。すでにこの技術は、大手企業で採用され、品質向上や作業中のケガを減らす効果も出ています。
Lumadaで世界を輝かせる
――今後のLumadaの未来について、思い描いているビジョンを教えていただけますか?
澤:Lumadaは、日立グループが持つポテンシャルを具現化していくための概念です。あらゆる産業にデータを最大限活用するLumadaの取り組みが広がれば、日本全体の発展のロールモデルになる可能性があります。日立グループは国内最大規模の会社ですから、それは決して夢物語ではありません。
先端技術を駆使して信頼できるデータを集め、そのデータを活用して社会にハッピーを増やす。日立には「POWERING GOOD」というキーワードがありますが、まさにその言葉の通り、日立の存在意義は「世界を輝かせる」ことだと考えています。Lumadaは、その役割を果たすための最も有効な手段なのです。
澤円さんプロフィール