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日立の人:「前例がなければつくればいい」漏水検知センサーでインフラ問題を解決

2021年11月15日 横山 由希路
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近年、老朽化した水道管の破損により、冠水や陥没事故が発生しています。その背景には、高度経済成長期に作られた水道管が耐用年数を迎えていることが指摘されています。このような事故を減らすには、水道管の漏水を早期に検知することが重要ですが、少子高齢化に伴い熟練技術者が減少し、迅速な対応が難しくなってきています。

こうした課題を解決しようと、日立は独自の「超高感度振動センサー(以下、漏水検知センサー)」を開発しました。地中の水道管にセンサーを取り付けて、漏水独特の振動を検知することで、漏水の疑いがあるエリアを遠隔で把握します。この開発プロジェクトを率いたのが、日立製作所の公共システム事業部の竹島昌弘さん(50)です。竹島さんに、センサー開発の舞台裏を聞きました。

漏水検知に取り組んだきっかけとは

竹島さんが日立と出会ったのは小学生の頃、友人の父親が勤めている山口県の工場を見学した時でした。その工場で製造されていたのは、一般公開前の東北新幹線。緑色の車両に心踊らせながら、「日立ってすごい」という憧れを抱いたと言います。

大学では半導体を研究し、青色発光ダイオードの実験などを行いました。そして、1993 年に日立製作所に入社。それ以来、一貫して新規事業の立ち上げに携わってきました。受刑者の位置情報がわかる刑務所向けのセキュリティシステムや卸売市場向けのITシステムなど、多くのプロジェクトを手掛けてきました。

インタビューに応じる竹島昌弘さん

そんな竹島さんが漏水検知センサーの開発に取り組むようになったのは、2016年に参加した新規事業を創出するための社内研修がきっかけでした。研修では、ガス会社や水道局などの「インフラ事業者の課題解決」というお題が出されましたが、インフラ事業のことはわからないことばかり。新規事業のヒントを見つけるため、1カ月間で20カ所近くの企業や自治体を訪問し、現場の声に耳を傾けました。

「お客様と話すときは、今ある製品を売るために、『こういった製品が必要でしょう』という風になりがちですが、『本当に困っていることを何でも気にせずに言ってください』と伝えました。そうやってお客様の中の潜在的な思いを引き出すようにしました」

課題を見つけ出すため、多くのインフラ事業者と対話を重ねた

こうして訪れた先の一つが、横浜市の水道局。そこで、耐用年数を迎えた水道管の漏水が大きな課題になっていることを知りました。

「そんなことになっているのかと。蛇口をひねれば当たり前に出てくる水ですが、水道管が腐食して漏水が課題になっていることを日頃考えたこともなかったので、これは大変なんだな、何とかしなきゃいけないな、と思いました」

これまでは、技術者が「音聴棒」と呼ばれる器具を使って水道管の振動音を聞くことで、漏水の有無を判断していました。しかしこの方法は、漏水の音を聞き分ける熟練の技術が不可欠であり、その技術者が年々不足してきているというのです。

「私も点検現場に立ち会ったのですが、どの音が漏水の音だか全然わからないんです。ベテランの技術者さんのリソースに頼っていては漏水の早期発見が難しくなる。 お客様も困っているし、日立として挑むべき社会課題だなと思いました」

地中に埋設された水道管は、全国に張り巡らされており、その規模は地球14周分とも言われています。それらが老朽化し、点検を行うベテラン技術者も年々減少している――。事態の深刻さを目の当たりにした竹島さんは、「漏水検知」をテーマに新規事業を立ち上げようと決心しました。

自ら農地に実験場を作って実証実験

地中で発生している漏水を検知する方法として竹島さんがまず思いついたのが、漏水の微細な振動をキャッチできる高感度なセンサーを開発することです。ちょうどその頃、別のプロジェクトで開発が進んでいた地下資源探査用のセンサーを知った竹島さんは、これを応用して漏水の振動を捉えようと考えました。

高精度センサーを水道管に設置し、漏水の振動をキャッチする

さっそく試作機をつくり、性能を確かめるため、水道局に実証実験を呼びかけましたが、ここで困難が立ちはだかります。実証実験に協力してくれる水道局がなかったのです。製品としての実績が十分でなかったため、「使えるようになってから持ってきてほしい」と断られ続けました。

「センサーを使った漏水検知は、これまでもいろいろな企業がトライしきたのですが、正しく検知するのは困難とされてきました。メインの配水管だけではなく、そこから伸びる細い給水管の漏水を検知するのがとても難しいのです。ある水道局さんからは『漏水検知は奥が深くて、簡単にできるものじゃないよ』と言われました。しかし、困難だからこそチャレンジしたいと思ったのです」

茨城県の農地に実験場を作り、自作した水道管を設置した

そこで竹島さんは発想を転換させます。水道局の協力が得られないのなら、自分たちで実験場を作ってしまおうと考えたのです。茨城県の農地を借り受け、そこに約200メートルの水道管を設置。管に傷をつけるなどして漏水を発生させ、振動データを収集していきました。

「実験場で取れる振動データは、あくまでも模擬的なものです。でも、まずはデータが取れることを証明しないと話になりませんから。それに、ここまでしてデータを取れば、お客様にも自分たちの本気が伝わるだろうと思ったんです」

漏水検知センサーで被災地支援

こうして自ら作った実験場でデータ収集を進めていたさなか、大きな転換期が訪れます。2016年4月に熊本地震が発生。大規模な地震によって、多数の水道管に亀裂が入りました。

発災直後から漏水トラブルが激増し、熊本市は漏水への対応に追われました。それを知った竹島さんは、改良を重ねてきたセンサーを漏水検知に生かし、被災地の役に立ちたいと考え、熊本市上下水道局に実証実験を打診しました。

「なんとかして実証まで取りつけなければと思いました。まだ製品になっていないものを使うことになるので、上下水道局の方々による審査会が開かれ、ついに実証実験をやる許可をいただいたんです」

こうして2018年3月、熊本市内の繁華街や住宅地での実証実験が始まり、熊本市内の水道管に複数のセンサーを取り付けました。しかし、想定していたような結果は出ませんでした。その理由は、浄化槽や自販機、ホテルの使用水、電車、人の歩行音など、街中のあらゆる振動をセンサーが誤検知してしまったのです。

茨城県の農地に作った実験場とは違い、街中の「ノイズ」は想像以上の量でした。センサーを使った漏水検知が長らく困難とされてきたのは、漏水とそれ以外の振動の判別が難しいことが原因だったのです。

「ショックでしたね。ノイズだらけの街中で、センサーの精度をどのように上げていくのか…。ただやめようとは思わなかったです。結果的にやめることになったとしても、それまでは徹底的に確かめてみよう、挑戦してみようと思いました」

インタビューに応じる竹島さん

度重なる改良で、誤検知がほぼゼロに

竹島さんは自ら街中を歩き、さまざまな振動のサンプルを収集。漏水発生の情報が入ればすぐに現場へ駆けつけて、漏水の振動によるデータを集め、漏水による振動とその他の振動の違いを明確にしていきました。

そして、1万を超える振動データを分析した結果、ついに漏水による振動の特徴を解き明かすことに成功しました。漏水の振動は連続的であるのに対して、車両や工事、人の往来など、その他の振動は波形が非連続的であることが分かったのです。

「精度を上げていくのは非常に困難でしたが、日立として取り組むからには、『誤検知』を究極までなくさなければならないと強く思いました。まずは紛らわしいノイズを選定してから、それらと漏水が起こす振動の波形の違いを分析して、アルゴリズムを改良していきました」

その後も、収集したデータをもとにセンサーの精度を上げていった竹島さん。熊本市内で実施した実証実験では、新たに14件の漏水を見つけることができました。センサーが誤検知することもなく、高い確率で漏水エリアを発見できることが証明されたのです。

こうした取り組みが評価され、2021年10月からは福岡市でも実証実験が始まるなど、竹島さんの漏水検知センサーは今、全国に広がり始めています。

「これまで当たり前だと思っていた課題でも、発想を変えて見直せば、課題ではなくなるんです。前例がなかったら作ればいいのです。今回のプロジェクトを通して強くそう思うようになりました。漏水検知センサーが、日本のみならず世界中に広がっていったら嬉しいです」

※「漏水検知サービス」は「漏水監視サービス」に名称変更しました。