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「水素の配達です」 浪江町で地産地消に向けた実証実験
住宅や田畑を抜けて、トラックが軽快に走っていきます。荷台に積まれた複数のボンベを小刻みに揺らし、1軒のカフェへと入りました。運転手が「配達です」と声を掛けて、手早くボンベを降ろし始めます。ボンベに書かれていたのは「水素ガス」。運んでいたのは、LPガスではなく、水素だったのです。水素を配達して何に使うのでしょうか?福島県浪江町で始まった試みを追います。
シリンダーで水素配達
2023年9月、福島県浪江町で一つの実証実験が始まりました。水素を小型のシリンダー(ボンベ)に充填し、一般家庭などに届ける実証です。家庭では、小型シリンダーに詰められた水素を燃料電池へ供給して、発電に使います。軽量な小型シリンダーによる配達、家庭での電池の燃料としての使用によって水素利用サプライチェーンを構築する試みです。
水素は発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しません。実証により、水素の配達網、水素を使った各家庭での発電が確立されていけば、カーボンニュートラルな社会に近づくことができます。各家庭向けの水素サプライチェーン構築に向けて、発電をするための水素の需要量や燃料電池の出力、CO2をどれくらい削減できるかなどのデータを実証で取っていきます。2024年3月までに成果をまとめる予定です。
要となる、水素を詰め込む小型シリンダーは長さ約45cm、直径約11cm。重量も1本当たり2.1㎏ほどと軽量です。「1度に12本の水素充填ができ、満充填に掛かるのは3時間程度です」と浪江町から実証を受託した日立製作所の渡邊浩之さんは紹介します。
充填は、浪江町の大堀防災コミュニティセンター内に新たに設置された施設で行います。各小型シリンダーを機器につなげてスイッチを押すと、すぐに水素の充填が始まり、小型シリンダー内が満杯になれば充填は自動的に止まります。
充填された小型シリンダーは、防災コミュニティセンターから、各家庭に届けられます。コミュニティセンターでは、トラックの運転手が、小型シリンダーを6本ずつケースに収め、さっそうとトラックの荷台に積み上げていきます。
家庭でも水素で脱炭素
その後、トラックに積まれた小型シリンダーは町内の家庭に配達されます。トラックの後を付いていくと、カフェを営む家庭に入っていきました。外に設置された、燃料電池へとつなぐ機器に、配達の運転手が小型シリンダーを1本ずつつなぎます。積み下ろし、それぞれあっという間の作業でした。
水素を使った発電は、夕方に自動的に始まるよう設定されています。自宅での生活や経営するカフェの電気に使用している畠山浩美さんは「水素で発電するなんて初めての経験でしたが、電気が普通に使用できとっても快適」と笑顔で話します。
「町内で車に充填するための水素ステーションができたので、実証に興味を持ちましたが、家庭で使う電気でも脱炭素、環境に貢献できて嬉しいです」と満足気です。
小型シリンダーの配達は週に1度のみです。「電気と違って、シリンダーに水素を貯めておくのは簡単です。将来、災害時や電線の通らない離島でのエネルギー源としての役割が出てくるでしょう」と渡邊さんは太鼓判を押します。
めざすは水素の地産地消
東日本大震災以降、浪江町では化石燃料などに依存しない町づくりを進めてきました。浪江町では、再生可能エネルギーについての取り組みを積極的に行っています。その中で、水素エネルギーの研究拠点である「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」も2020年、開設されました。FH2Rは世界最大級の水素製造能力を有し、太陽光発電で作られた電気を使い、上水道の水を電気分解することで、CO2の排出を伴わないクリーンな水素を製造しています。
クリーンな水素の製造が始まり、環境省が推奨する、2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにするという「ゼロカーボンシティ」を浪江町は宣言。しかし、本当にゼロカーボンシティを達成するのにはまだ課題がありました。
「水素を当たり前のように町民の皆さまが使っていく環境を整備する必要がありました」と浪江町の産業振興課の小林直樹さんは、実証を始めた理由を解説します。
水素を製造するのみではなく、各家庭で水素を使用までしていかないと、温室効果ガス、CO2の排出削減は達成できません。「めざすのは水素の地産地消」。水素を充填した小型シリンダーの配達と家庭での発電がその一つの選択肢となることを小林さんは期待しています。
浪江町は、水素を利活用する社会を待つのではなく、自らがロールモデルになろうと挑戦しています。日立も実証から得られるデータを分析することで、浪江町の挑戦を支援し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献していきます。