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洪水予測と避難指示で「逃げ遅れゼロめざす」 日立と東根市が共同研究
気候変動による大雨や洪水が世界各地で発生し、甚大な被害をもたらす中、河川と流域の両面から水害の軽減と防止をはかる治水対策が、国や自治体にとって喫緊の課題となっています。
こうした中、日立製作所は2022年6月から9月にかけて、豪雨による水害を経験した山形県東根市とともに、洪水予測を避難指示に活用するための共同研究を実施。有効性を確認しました。「逃げ遅れゼロ」をめざす担当者の思いに迫りました。
さくらんぼの里を襲った豪雨と浸水
今回の共同研究の技術的なベースとなっているのが、日立パワーソリューションズのソフトウェア「DioVISTA」です。15年ほど前から運用されており、主に都市計画における水害シミュレーションなどに使われてきました。
しかし、近年のコンピューターの計算速度の飛躍的な向上やソフトウェアの機能強化などで、降雨情報などをリアルタイムで取り込むことが可能に。それにより、用途の幅が一気に広がりました。
「DioVISTAの進化により、今から数時間後に河川で何が起こるか予測できるようになりました。このソフトを実際の防災や(ダムや排水機場、水門などの)河川に関わるインフラ設備の管理業務につなげたいと思ったんです」
こう力を込めて語るのは、プロジェクトをリードする日立製作所の松井隆さんです。松井さんは、国や自治体向けの防災システムの開発・運用に長年従事しており、防災情報を取り扱うプロフェッショナルです。
松井さんによると、DioVISTAを防災や河川に関わるインフラの構築に活用することを視野に入れて、2年前から、全国の自治体にアプローチしてきたといいます。それに呼応したのが、日本一のさくらんぼ生産量で知られる山形県東根市でした。
東根市にも、リアルタイムの水害予測に強い関心を持つ事情がありました。東根市役所危機管理室の三坂賢一さんは、2020年7月に発生した豪雨をこう振り返ります。
「この年の7月27日から29日にかけて降り続いた大雨で最上川が氾濫し、東根市の一部で床上浸水の被害がありました。幸い人命が失われることはありませんでしたが、隣接する市町村がいち早く避難指示を出したこともあり、市民から『なぜうちの市からは避難指示が出ないんだ』との声が寄せられました」
避難指示は、災害対策基本法にのっとり、各自治体が独自のルールと首長などの判断に沿って適宜発令されます。同市は判断材料となる最上川の水位が発令の基準に達していなかったため、すぐには避難指示を出しませんでしたが、三坂さんは「東根市の避難指示が周辺自治体よりも遅かった理由を、市民に分かりやすく伝える必要があった」と反省します。
浸水範囲の97%の予測に成功
こうして、リアルタイムで洪水を予測し、その結果を避難指示に生かすという日立と東根市の思いが重なり、共同研究が始まりました。
研究では、国土交通省と山形県が保有する最上川流域の河川や水位のデータと、「2020年7月の豪雨」の予測降雨データを活用して、当時の浸水を予測する「再現実験」を行いました。
その結果、東根市内の浸水は発生の1日半前から予測できたことがわかりました。さらに、発生6時間前のデータを使って洪水予測をしたところ、実際に浸水した範囲の97%について「浸水する」と予測できました。
また、災害当時、最上川(本流)と白水川(支流)の合流部で、本流から支流へ水が逆流する「バックウォーター現象」が起きたため、支流の白水川が決壊して浸水が発生したこともわかったのです。
このような詳細な分析が実現できたのは、本流と支流のデータをシステム上で統合し、最上川の流域全体を一体的にシミュレーションすることができたためです。
洪水予測を避難指示の支援にも活用
さらに、こうした洪水予測を活用して、自治体担当者の避難指示や緊急活動を支援する「避難・緊急活動支援システム」の開発や実証も行いました。
同システムは、降雨予測や地図情報、河川や水位のデータなどとDioVISTAを連携させることで、浸水により影響を受ける住民の人数を推計したり、通行が規制される道路の場所を予測したりして、避難指示や避難所開設などの活動をサポートするものです。
共同研究では、同システムにおいても、災害時に有効であることが確認できました。東根市の三坂さんは次のように話し、今後の活用に期待を寄せます。
「2020年7月の豪雨では、高速道路の出口が浸水して緊急車両が通れなかったというトラブルがありました。しかし、こうしたシミュレーションがあれば、浸水している場所を避けて手前のインターチェンジで降りるなど、臨機応変に対応ができたはずです。避難指示をいつ出すかというタイミングだけでなく、より実用的な避難指示や災害支援の検討にも十分使えると感じました」
迅速な避難指示で「逃げ遅れゼロめざす」
こうして共同研究は成功に終わりましたが、日立の松井さんは「DioVISTAにも課題はある」と指摘します。例えば、堤防が決壊しそうな場所や、土砂災害の発生を、シミュレーションで完璧に予測するのは「100年かかっても難しい」といいます。そう話した上で、こう続けます。
「人を最優先する視点で、迅速かつ的確な避難指示につなげれば、“逃げ遅れゼロ”は達成できます。また、どこにどんな設備や物資を配備、配送すれば避難者のQOL(生活の質)を保てるかという情報を、災害対応組織間で共有できれば、避難所での健康被害も防げるはずです。さらに、ダムや排水機場、水門など河川に関するインフラをコントロールすることができれば、洪水被害そのものの抑止にも寄与できます」
松井さんの「逃げ遅れゼロ」の発言に関して、東根市の三坂さんは「救護を必要としている人の情報が救護者に即座に通知され、適切なルートが指示されるようになれば非常に助かる」と、今後の発展に期待を寄せました。
その上で三坂さんは次のように語り、今後も防災活動に取り組んでいく決意を示しました。
「今回の研究で得られた情報を市民の防災意識の啓発に生かしていきたいです。すでに防災センターでは、見学者にシミュレーション動画を見てもらっていますが、より効果的なデータや映像の見せ方について検討していきたいです」