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期待高まる量子コンピューターとは? どのような未来が実現するのか

2022年12月14日 城戸 譲
日立が開発中の量子コンピューター(写真:齋藤大輔)

「量子コンピューター」という単語を耳にする機会が、近年増えてきました。実用化すれば、従来のコンピューターの処理速度をはるかに上回る計算が可能となり、新薬の開発などに大きな変革をもたらすことが期待されています。

量子コンピューターは、人々の未来をどう変えるのか。そして実用化は、いつごろだと予想されるのか。日立製作所で量子コンピューターの開発をリードする基礎研究センタの水野弘之主管研究長に聞きました。

0と1が重ね合わさった状態

——そもそも「量子コンピューター」とは、どんなものなのですか。

水野弘之(以下、水野):その名の通り、量子現象を利用したコンピューターを表します。量子現象とは、電子や原子などのナノメートルサイズのミクロな世界で現れる特有の現象で、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった不思議な現象が知られています。

従来型の「古典コンピューター」は0か1しかない世界ですが、量子コンピューターでは0と1が重ね合わさった状態の「量子ビット」(キュービット)というものを用います。この量子ビットの重ね合わせの性質によって、古典コンピューターよりも大量の情報が一度に扱えるのが特徴です。

古典コンピューターと量子コンピューターの違い

――「0と1が重ね合わさった状態」とは、具体的にどのようなイメージを持てばいいでしょうか。

水野:量子という言葉からなんらかの「粒子」が頭に浮かぶかもしれません。しかし量子現象が見られる世界では、粒子であると同時に波でもあるという性質を持つため、「波」を想像してもらったほうが「0と1が重ね合わさった状態」がイメージしやすいでしょう。たとえば、音波という「波」では、和音のように重なった状態を普通に実現できますよね。

そのような状態を利用して、量子コンピューターでは同時並行的に計算を行うことができます。従来の古典コンピューターでは、100通りの計算を行う必要があったら、それらを1つずつ処理していく必要がありましたが、量子コンピューターでは、それらを一度に計算できるのです。

量子コンピューターが実現する未来

インタビューに応じる水野弘之主管研究長(写真:齋藤大輔)

――量子コンピューターが実用化されると、どんな未来が期待できますか。

水野:明確に「こんな時代になります」とは、まだ残念ながら言えません。スマートフォンがなかった時代に、いまの生活を想像するようなものです。ただ、古典コンピューターで無理して計算している現状は、大きく変わると思います。

古典コンピューターの最高クラスであるスーパーコンピューターは大きな部屋を占有するくらいのサイズがあります。その理由は、先ほどの例で言うと、100通りの計算を一度に計算するために100個の計算機を並べているからです。実際のスパコンでは10万個以上の小さな計算機を並べています。

しかし、量子コンピューターの登場によって、その必要はなくなります。とは言っても、スパコンが不要になるわけではなくて、スマホとパソコンのように、用途によって使い分けるようになるでしょうね。

――古典コンピューターと比較して、量子コンピューターに強みがある分野はありますか。

水野:よく言われるのは、化学・バイオ分野です。物質の反応は、基本的に量子効果が関わっています。量子現象そのものを用いた量子コンピューターであれば、無理なく量子効果を取り入れた計算が可能で、触媒や高分子などの材料開発に大きな効果があるでしょう。

それにより、これまで実現不可能だった新たな医薬品が開発されて、人々の健康増進に寄与できる可能性があります。また金融の分野でも、例えばオプション取引の計算式が量子現象を表す計算式に似ていることから、量子コンピューターで効率よく計算できるようになると期待されています。

シリコン量子コンピューターとは?

量子コンピューターの種類

――量子コンピューターの中にも、いくつか種類があるそうですね。

水野:量子コンピューターは、その最小単位である「量子ビット(0と1が重ね合わさった状態)」の作り方によっていくつかの種類に分けられます。世の中で最も先行しているのは「超伝導型」です。これは超低温素子を用いた超伝導回路によって量子ビットを実現する方式で、多くのIT企業などが開発を進めています。

一方、最近増えている「イオントラップ型」や「冷却原子型」は、固定した原子の中の電子を用いて量子ビットを作るもので、動作が安定しているため今後の成長が期待できます。

そして、私たちが研究している「シリコン型」。これは電子1個だけが入る量子ドットと呼ばれる「電子の箱」をシリコン製の半導体チップの上に作って量子ビットを作ります。そのほか、「光量子型」と呼ばれるタイプで、光を用いた量子コンピューターも研究されています。

「量子ビットの箱」のイメージ

――他のタイプと比べて、日立が開発しているシリコン型の利点を教えてください。

水野:シリコン型は量子ビットを非常に小さく作ることができるため、小さなスペースに多くの量子ビットを集積できます。そこで、これまで培ってきた日立の半導体の技術を生かすことができます。

古典コンピューターに勝る計算能力を実現するためには、大量の量子ビットを使えるようにする必要があります。シリコン型の場合、そのような大量の量子ビットを半導体チップ上に形成しやすいという利点があります。

量子ビットを制御するための冷却装置のパネル(写真:齋藤大輔)

――開発を進める上での課題は何ですか。

水野:量子ビットが非常に小さいので、何が起こっているのか分かりにくい点でしょうか。量子コンピューターの写真を見ると、大きな装置に見えますが、そのほとんどは、量子ドットにおとなしく電子を閉じ込めておく低温環境を作るための冷却装置で、メインの回路の部分は非常に小型です。

小さな領域に電子をひとつずつ並べて、それらの電子をひとつずつ制御して、うまく制御できているかを確認する。そんな試行錯誤を繰り返しながら開発を進めています。

日立の技術力で、実用化をめざす

日立グループ内の知見を結集させて開発に挑む水野さん(写真:齋藤大輔)

――開発にあたって、日立グループならではの強みがあれば教えてください。

水野:物理学の基礎研究から、半導体プロセス、回路、実装、エレクトロニクス、ソフトウェア、アルゴリズムに至るまで、システム全体を考えられる点だと思います。物理学の基礎研究においては、日立ケンブリッジラボ(英ケンブリッジ大学との産学連携)で30年以上前から行ってきました。

また、私が以前に開発に携わっていたCMOSアニーリング(量子コンピューターを古典コンピューターで疑似的に再現する技術。「組み合わせ最適化問題」に適している)の経験も大きいです。

さらに、開発に必要な技術の専門家が、日立内部にいるというのは非常に大きな利点だと思います。外部の力を借りるとしても、内部に知見を持っている人がいないと、何が不足しているか、何を頼めばよいかが分からないためです。

――実用化のタイミングは、いつごろと予想されますか。

水野:多くの研究機関では、3個や5個のように、小規模な回路での実験を進めていますが、その進め方では次に「その数を増やす努力」をしなくてはならず、スケール(小規模なものから大規模なものに展開)しません。

そこで私たちの研究では、128個の量子ビットを並べて技術の開発を進めています。最初から128個をシステム的に動作させることで、社会課題を解決できる規模の量子コンピューターの早期実用化をめざしています。

――日立製作所の「2024中期経営計画」では、2030年度までに1メガビット級のシリコン量子コンピューターを開発することを目標に掲げています。

水野: 1メガ、すなわち、100万個。それくらいないと、古典コンピューターには勝てません。勝てないと社会価値がないわけです。そのために1メガビットという目標を設定しました。1メガビットを実現するにはどういうシステムにすればよいかを考えて、開発すべき技術を洗い出しています。

量子コンピューターは、我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指す「ムーンショット型研究開発事業」(JPMJMS2065)の対象となっています。日立はその事業の一員として、各大学の研究者と連携しながらシリコン型の量子コンピューターの実用化をめざしています。社会に大きなインパクトを与える量子コンピューターをなんとか実現させたいです。

量子コンピューターの実用化に向けた研究は続く(写真:齋藤大輔)