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センサー付きグローブで製造現場の課題解決へ デザイナーと研究者の挑戦

製造現場では今、長年活躍してきた熟練者の高度な技能をどのようにして次世代に継承していくかが、大きな課題となっています。

そんな課題を解決するために、日立製作所の研究者が開発したのがセンサー付きグローブ「FREEDi」(フリーディ)。内蔵している複数のセンサーを用いて、作業者が物を掴むときの力の強さや作業音をデータ化するソリューションです。

本記事では、試作品の開発に関わった研究開発グループのデザイナー、牛尾奈緒子さんに、ソリューション開発の苦労やデザイナーとして心がけていることを聞きました。

製造現場の課題発見が開発のきっかけ

インタビューに応じる牛尾奈緒子さん
インタビューに応じる牛尾奈緒子さん(撮影:齋藤 大輔)

──牛尾さんのデザイナーとしての歩みを教えてください。

牛尾奈緒子(以下、牛尾):高校生のころから「デザインを仕事にしたい」という思いがあって、高校ではグラフィックデザイン、大学ではビジネスデザインを専攻しました。当時の教授から、「公共分野のデザインは社会の役に立つ」と言われたことがきっかけで、公共分野の課題解決にも取り組む日立製作所に入社を決めました。以来、10年に渡って、金融・医療などさまざまな分野で、業務システムの画面設計などのUIデザイン(サービスやプロダクトをユーザーが利用しやすいように設計)を中心に担当してきました。

現在牛尾さんはコンシューマ向けアプリのUIデザインに取り組む

「FREEDi」プロジェクトで私が担当した領域は「サービスデザイン」に該当するので、私のキャリアの中では少々毛色が異なるものになります。

──「FREEDi」とはどのようなソリューションなのでしょうか。

牛尾:一言でいうと「センサーが付いた作業用グローブ」です。さまざまな工場で、製品の組み立てや検査などの一部の行程は、今も「人の手」による作業で行われています。その手先の動きを、グローブに取り付けたセンサーで収集・数値化し、作業記録をデジタルで共有できるようにして、作業ミスによる損失を減らしたり、技能継承につなげたりすることができるソリューションです。

グローブから読み取った作業データが可視化される

──開発経緯について教えてください。

牛尾:FREEDiは、製造業の組み立て工場でコネクタ(電線と電気器具などを接続する部品)の取付不良が多発していた課題がきっかけとなり、スタートしたプロジェクトです。工場ではカメラ映像などで取付不良の検出を試みていましたが、うまく検知できませんでした。そこで社会イノベーション協創センタに所属していた 研究者を中心に、複数のセンサーの組み合わせにより、「細やかな手の作業を検知できるグローブ」の開発が2017年から始まりました。私が参加した2019年の時点で、センサーグローブの試作品とコアとなる技術は存在しており、デザイナーとしての私の役割は「ユーザー視点で、使いやすさを考えること」でした。

──具体的には、どのようにプロジェクトを進められたのでしょうか。

牛尾:メンバーはプロジェクトオーナーと、研究者2名、デザイナーの総勢4名というコンパクトなチーム編成だったこともあって、同時進行で作業を進めていきました。例えば、研究者がグローブの中の電子基板を設計するのと並行し、私がグローブの型紙を起こし、試作品を作成するといった具合です。

初期構想(左)、デザイン刷新後のイメージ(中央)、完成形(右)

デザインの観点からいうと、「実際の作業に使えるものになっているのか」が非常に重要です。そのためのステップとして、我々は現場でどのように作業が行われているのかを徹底的に知るところからスタートしています。

デザイナーも研究者に同行し、現場へ試作品を持っていき、実際に作業されている方に装着してもらい、データを検証していきます。同時に、現場の方たちにグローブの使い勝手や求める耐久性などを細かくヒアリングしました。

「指先が動かしづらいからもっと生地を薄くしてほしい」「指先が滑らないようにしてほしい」「長時間着用しても、蒸れないようにしてほしい」など、現場からの要望をふまえて改良を重ねていったのです。

デザイン画を描いて終わりではなく、実際に動く試作品を作り、現場で検証・評価を行うプロセスはデザイナーとしても非常に面白く、やりがいを感じました。

作業時の使い心地が重要だと語る(撮影:齋藤 大輔)

研究者と二人三脚の「アジャイル開発」で挑んだプロジェクト

──周りの反応はどうでしたか。

牛尾:最初は、このプロジェクトで実現しようとしていることを理解してもらうのも一苦労でした。ただ、「FREE your Data input」(日々のデータ入力の煩わしさからお客さまを解放する)の頭文字をとって、「FREEDi」という名前をつけたことが転換点となり、社内外の認知度が上がり、チームの目標も明確になりました。

さらに、2年間の試作を重ねて、2020年には開発中の技術に関して社外に発表しました。その際には「他の部品の取付不良を検知したい」「作業員の技能教育に使いたい」などの反響があり、手ごたえを感じました。これらの声を踏まえて、FREEDiは現在、研究者によって 更なる開発が続けられています 。

──デザインの面で苦労した点はありますか。

牛尾:やはり、さまざまな製造現場で使ってもらうために汎用性を高めるという点で悩みました。もともと「右手用グローブ」として開発がはじまりましたが、「左手」もいるんじゃないかとか。グローブ自体を映像で検知するために、黒だけではなく、蛍光色バージョンが欲しいというニーズも、開発の過程で分かったことです。

改良を重ねた試作品

現場からはたくさんの要望が出てきて、それはどれも貴重な意見でしたが、すべてに応えようとすると、何十種類もの手袋ができあがってしまいます。オーダー品ではなく、汎用製品をつくろうとしている以上、取捨選択は必要不可欠です。どうすれば多くのモノづくりの現場に役立てるのかという観点から、どの要望を取り入れるのかを精査するステップは非常に大変で、同時にやりがいも感じました。

──FREEDiプロジェクトに関わったことで、牛尾さん自身の「デザイナーとしての仕事観」の変化はありましたか。

牛尾:そうですね。まずFREEDi以前に関わっていたUIデザインの仕事では、依頼元から要求仕様を受け取ってデザインを検討するフェーズと、その後の開発のフェーズが明確に分かれていました。一方、FREEDiプロジェクトでは、研究者と一緒に直接現場に出向き、課題を抽出し、グローブやアプリ画面の仕様を考えていきました。

研究者と二人三脚で、アイデアを即座にデザインに反映させ、実証・検証を重ね修正していくというプロセスは、まさに「アジャイル開発」と呼ばれる手法そのものです。短期間でどんどん試作品が改善され、バージョンアップしていく、あのスピード感を味わえたのは非常に貴重な経験でした。

プロジェクトによりさまざまな制約もありますが、モノづくり、そしてデザインの基本姿勢として、この経験を今後の仕事にも生かしていきたいと思います。

(撮影:齋藤 大輔)

<牛尾さんにとっての「優れたデザイナー」とは?>

牛尾:とことんお客さまの目線になれるデザイナーです。ユーザー視点でデザインを考え、検証するには、現場を知り、仕事内容をしっかり理解することが何より重要だと考えています。

事情が許せば、現場に足を運びますし、それが難しい場合は現場に詳しい人に徹底的にヒアリングし、業務フローも徹底的に調査・検証します。こうした情報収集の蓄積が、良いデザインにつながっていくと考えています。

また、研究者が考案したアイデアや優れた技術を、正確にわかりやすく一般の人にも伝わるように可視化することも大切な仕事です。日立のデザイナーとして今後も研究者と寄り添い、ユーザー視点で日立の技術を発信することにも注力したいと考えています。