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カードゲーム「かりものめがね」で楽しく学ぶDEI 日立新入社員が体験

経営戦略の一環として、どの企業でもDEI推進が求められるようになってきました。多様性を尊重しましょう。公平な扱いをしましょう。それぞれの意見を尊重し、誰もが貢献できる環境をつくりましょう。しかし、どうやって浸透させていけばよいのか、頭を悩ませる担当者も少なくはありません。そんな悩みを解決する、DEIを楽しく学べるカードゲームが登場しました。

ゲームで着目したのは「アンコンシャス・バイアス」。無意識の思い込みや偏見を意味し、多かれ少なかれ誰もが持っているものです。無自覚なままでいると「良かれと思って配慮したのに、嫌がられてしまった」といったトラブルの原因にもなり得ます。思い込みなので、どうしてトラブルが起きたのか、本人はなかなか気付くことができません。

そこで生まれたのが、自分ではない誰かになりきるカードゲーム「かりものめがね」です。どのようなゲームでしょうか?ゲームが開催された現場へと足を運び、開発者に話を聞きました。

アウティングの当事者になってみる

2024年5月、日立製作所の新入社員向けに「かりものめがね」を使った研修が開催されました。新入社員は4~5人で1グループをつくり、進行役であるファシリテーターの案内に沿ってゲームを楽しんでいました。

ゲームは何枚ものイベントカードから1枚を引くことから始まります。研修では「あなたはパートナーと暮らしています。会社で人事担当者に緊急連絡先を求められた際、誰の連絡先を書きますか」と会社生活で起こり得る場面が記載されたカードが読み上げられました。場面の続きには、連絡先の候補として「パートナー」や「親族」など四つの選択肢もあります。

次に、表面にカラフルな「めがね」が描かれたプロフィールカードを引きます。性的指向や性自認など「あなた」の情報が書かれています。研修では「性自認は女性、生まれの性は男性、好きな対象は男性、周囲にはカミングアウトしていない」というカードが選ばれました。新入社員たちは、複雑な性のあり方に驚きを隠せません。

ゲームでは複数のプロフィールカードから1枚を引く

ここからゲームが本格的に動き出します。「あなた」「パートナー」「人事担当者」の役割にそれぞれがなりきって、「あなた」がどんな選択肢を取るのか話し合います。あなた役は頭を悩ませました。

「パートナーは男性だろう。カミングアウトしていないということは、知られたくないかもしれない。自分に何かあったときにパートナーが状況を知らないのは嫌なので、本音はパートナーの連絡先を書きたい。でも、書いたことで周囲に広まってしまわないか不安だし、親の連絡先を書くと思う」

人事役は「親や兄弟ではなさそうな男性が書いてあったら、不思議に思うかも。『誰だろう?緊急時に連絡していい相手かな?』と考えて詳しく確認するのでは」と心配します。

「いいね」を渡し合う

「かりものめがね」はゲームを通して、一つの正解を見つけることを目的としていません。議論を通して、自分とは違う意見を聞き、新たな気付き を得ることを目的としています。新入社員たちも、周りの発言を聞いて自身にもアンコンシャス・バイアスがあったことを実感したようです。

「実際の職場でも、カミングアウトされていなければ相手について分からない。見えているものが全てと思わず、さまざまな背景を想像して行動しないと」「隠したいことがあると、精神的負担がかかる。本人や秘密を打ち明けられた人が秘密を守りやすくするだけでなく、本人が『知られることが怖い』と思わなくてすむ環境が大切」

これらの意見が研修中には飛びかっていました。周りの参加者たちも共感したようです。ゲームでは気付きをくれた参加者へ「いいね」の感情を込めて星マークのチップを渡します。そして、気付きがあったことを打ち明けた参加者にも周りからチップが渡されるかもしれません。お互いの「いいね」を表現し合い、ゲームが盛り上がっていきます。

相手の発言に気付きをもらった参加者は星マークのチップを渡す

「良かれと思った」を否定しない

議論が佳境を迎えると、ファシリテーターが「企業で実際にトラブルが起きた例がある」と切り出します。緊急連絡先で同性パートナーの存在を知った上司が、自分で打ち明けるのは恥ずかしいだろうという配慮として、隠していた性的指向を無断で周りに明かしたというアウティングの実例を挙げました。さらに「善意の行動でも当事者は心に深い傷を負います」と付け加えました。

「かりものめがね」の開発者である、日立コンサルティングの山本美海さんは「最初から事例を伝えないのはゲーム参加者に自由な発言を促したいから。また、トラブルになり得るポイントは学んでほしいが、萎縮させたくない」と語ります。

日立コンサルティングの山本美海さん
日立コンサルティングの山本美海さん

「DEI教育で、『してはいけないことのNGリスト』を突き付けられて、責められている気持ちになってしまう人や、コミュニケーションが怖くなってしまう人を見かけてきました。かりものめがねにも恐る恐る参加する人が少なくないですが、ゲームを進めると、チップの渡し合いや否定をしないルールへの理解で安心して発言してくれるようになります」

「どんなときでも誰にでも当てはまる正解・不正解があったらおかしい。大切なのは、言動の裏にある思いを言語化し、相互に理解して認め合うことです。問題のあるように見える言動でも、じっくり話を聞いてみると考えがあって、『良かれと思って』やってしまったケースも多いです。配慮のすれ違いで傷つく人を減らしたいと思いました」

つらい思いを減らしたい

山本さんがDEIをカードゲームで広めようと思ったのは、まさにこのような形で傷つく人を減らすためだと強調します。

きっかけは、社内の新サービス開発の検討会での「女性ならではの観点で、女性に優しいサービスのアイデアはないか」という当時の上司の一言です。海外で学生時代を過ごした山本さんは、日本で社会人生活を始めてから、年齢・性別・配偶者の有無といった属性で括られることが増え、戸惑いました。「女性全般ではなく、特定の女性を想像されていませんか」と上司に疑問を伝えると、上司も「考えたことがなかった」と驚いていたといいます。

「属性で括られて望まない扱いをされた人も、悪意なく傷つけてしまった人も、お互いにつらい思いをします。それぞれの経験や価値観によるフィルターを通して相手を見てしまうのは仕方のないことで、フィルターを一切無くすのは難しい。でも、せめて他の人が置かれている立場や困難を疑似体験できる方法があれば、フィルターを少しでも薄くできるだろうと考えました」

自分以外の誰かの目線から社会はどう見えるのか、「めがね」を借りて眺めてみよう。こうして名付けられたのが「かりものめがね」です。

ゲームの外箱 には「多様性ってなんだろう?」という問いと、以下の答えが書かれています。

その問いに対して、このゲームが提案する一つの答えは「選択肢」。
どんな人にも同じ選択肢があって、何を選ぶかは自分で決める。
どうして難しいのか?色んなだれかのメガネをかりて世界を見たら分かるかも。

山本さんはつづった気持ちを吐露します。「私は子どもの頃、青色が好きでしたが、女の子だからとピンク色の持ち物を勧められました。みんなが好きな色を選べられたらいいのに。日々のさまざまな場面でも同じです。かりものめがねを通じて、選択肢が奪われない世の中になるためのお手伝いができたらと思っています」