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「ダイバーシティの活用が持続的成長の鍵に」 担当役員が語る日立のDEI戦略とは

ロレーナ・デッラジョヴァンナ執行役常務(写真:野崎航正)

2000年に始まった女性活躍推進の取り組みを契機に、20年以上にわたりDEI(「Diversity(多様性)」、「Equity(公正性)」、「Inclusion(包括性)」の頭文字を取った言葉)の推進に取り組んできた日立製作所。グローバルな事業基盤が拡大する中、2021年には、「2030年度までに役員層に占める女性および外国人の比率をそれぞれ30パーセントに引き上げる」という目標を発表しました。

DEIの推進で指揮をとるのは、Chief Diversity, Equity & Inclusion Officerのロレーナ・デッラジョヴァンナ執行役常務です。日立におけるDEI戦略や、インクルーシブ(排除しない)な職場づくりの取り組みについて、話を聞きました。

多様性を生かす「エクイティ」とは

――日立製作所は2021年、DEI戦略に関して重要な発表を行いました。DEIを推進する上で、最も重要なこと、最も難しいことは何だとお考えですか?

ロレーナ・デッラジョヴァンナ(以下、デッラジョヴァンナ): 企業がDEIの推進に取り組む重要性は、いまや誰もが認めるところだと思います。DEIは単なるコンセプトではなく、「あったらいいな」といったものでもありません。企業が中長期的にビジネスを存続させるための原動力なのです。

しかし、従業員の意識を本当の意味で変えていくのは非常に難しいことです。DEIの推進をリーダーだけの責任ととらえず、組織のあらゆるレベルで共有し、支えていく必要があります。

また、多様性を推進するだけでは十分ではありません。日立は世界中に約37万人の従業員がおり、すでに多様性に富んでいます。大事なのは、その多様な人たちが発言することなのです。そうすることによって、イノベーションや顧客のためのソリューションが創出され、社会に貢献できるようになります。そうでなければ多様性が持つ力は発揮されないのです。

(写真:野崎航正)

――グローバル企業である日立は、世界各地で異なるDEIの課題に対応する必要があります。どのようにDEI戦略を実施しているのでしょうか?

デッラジョヴァンナ: 私たちは国ごとにDEIに関する優先事項が異なることを認識しています。だからこそ、世界の各地域がそれぞれのやり方でDEI戦略を実行できるよう、柔軟性を持たせることが重要です。日立グループ共通の枠組みや方針はありますが、「誰一人取り残さない」ために、各地域の状況をふまえて実行していきます。

また日立では、年齢や性別、バックグラウンド、性的指向、宗教など、あらゆる角度からダイバーシティに取り組む一方で、すべての事業や地域にあてはまるグローバルテーマとして、「ジェンダーバランス」「文化的多様性」「世代の多様性」の3つを掲げています。この3つのテーマに対してKPIを設定し、進捗状況をモニタリングしています。

――2022年、日立は従来のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)戦略に、新たに「エクイティ」の要素を加えました。エクイティとは何でしょうか?

デッラジョヴァンナ: 私たちの戦略の重点項目として「エクイティ」という概念を新たに取り入れました。わかりやすくするために、「エクイティ(公正性)」と「イクオリティ(平等)」の違いを説明しましょう。

イクオリティ(平等:Equality)とエクイティ(公正:Equity)の違い (引用: Interaction Institute for Social Changeopen in a new window )

従業員をイクオリティに扱うとは、全員に同じ条件を与えることを意味します。全員のニーズが同じであれば、これはフェアな扱いでしょう。しかし、一人ひとりは異なる存在であるため、ニーズも異なる場合があります。

一方、エクイティとは、一人ひとりは異なり、能力を発揮するために必要な条件がそれぞれ違うことを認識することです。日立では、誰もが同じ機会を享受できるよう、新たなツールなどを導入し、一人ひとりに合った環境を整えています。

例えば、私たちはグローバル企業ですので、さまざまな国籍や文化的背景を持つ同僚と仕事をしています。このため、時差を考慮して会議の予定を立てたり、住んでいる地域などによって祝日が異なることなどを配慮したりする必要があります。このほか、資料の翻訳や、全員が会議に出席できるようリモート接続を可能にする必要もあります。こうした取り組みは、エクイティを確保するために重要なことです。インクルーシブ(排除しない)な文化を育むには、エクイティの確保こそが出発点なのです。

(写真:野崎航正)

アンコンシャスバイアスを克服する

――そのようなインクルーシブな職場環境を築くために、従業員一人ひとりが意識すべきことは何だとお考えですか?

デッラジョヴァンナ: まず、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)について理解する必要があります。何か異質なものに出会うたびに、私たちはみな、自分の生い立ちや文化的背景、職業などの影響を受け、知らず知らずのうちに偏見を抱き、居心地の悪さを覚えます。そして、アンコンシャスバイアスが障壁となってインクルージョンを阻み、業務上のパフォーマンスやエンゲージメントを低下させ、ひいてはイノベーションを妨げる可能性があります。

しかし、アンコンシャスバイアスを完全になくすことはできないとしても、その存在に気づき、なぜ偏見があるのか理解することで、自らの偏見をコントロールできるようになります。私は毎日自分に問いかけています。「すべての人に公平に接しているだろうか」「相手の話にきちんと耳を傾けているだろうか」「これは偏見だろうか」と。アンコンシャスバイアスに向き合うことは、ジムに通うようなものです。毎日トレーニングする必要があるのです。

次にインクルーシブな考え方を養う必要があります。自分と異なる考え方を受け入れる心構えがなければ、多様性があっても何の意味も持ちません。人の意見に耳を傾け、異なる視点に心を開くのです。変化を恐れず、好奇心を育てるのです。そうすれば、他者からより多くを学ぶことができ、人として成長し、社会に還元することができるでしょう。

――アンコンシャスバイアスに対する従業員の認識を高めるために、日立にできることは何でしょうか?

デッラジョヴァンナ: 基本的には、時間をかけて、従業員向けのさまざまな研修を継続していくことが不可欠です。

バーチャルリアリティ(VR)技術は、アンコンシャスバイアスを学ぶ研修に役立つと思います。VR技術を使えば、他の人の立場になって考えることができるからです。例えば、他の国から来た同僚が、外国語が飛び交う不慣れな職場環境でどのように感じるか、あるいは、入社したての若い従業員が経験不足のために議論に加われずにいるのはどんな気分か、理解できるでしょう。これはほんの一例にすぎません。このほかにも、多様性のあらゆる側面に取り組むことができます。

私たちは各事業部門や地域リーダーと密接に連携しながら、アンコンシャスバイアスに対処する最善の方法を見つけたいと思います。偏見は個々の文化と深く結びついているので、各地域の視点から取り組む必要があるのです。

そこで、日立では人財交流をグローバルに推進しています。他の国で働き、異文化に触れることで、アンコンシャスバイアスについての理解が深まり、考え方が変わり、物事を違う角度から見られるようになるでしょう。すべての従業員がこの機会を利用し、「コンフォートゾーン(自分の心地よい居場所)」の外に出ることを勧めたいと考えています。

総じて、これは私たちが自らを成長させる良い機会でもあると思います。自分自身に「公平な態度で対話できているだろうか」「他の人々の立場を理解し、心を開いて話を聞けているだろうか」と問いかけることは、仕事でもプライベートでも役立つでしょう。

――アンコンシャスバイアスを克服した事例があれば、お聞かせください。

デッラジョヴァンナ: 私自身の体験をお話ししましょう。イタリアから日本に移った頃、東京にあるイタリアンレストランに行きました。入店すると、日本人の責任者があいさつに来て、メニューの説明をしてくれました。その傍らで2人のスタッフが注文を書き取っていたのですが、そのスタッフは2人ともイタリア人でした。私は思わず彼女たちに話しかけ、おすすめを聞きました。つまり無意識のうちに、イタリア人である2人のほうが私の好みをわかってくれるだろうと思い込んでいたのです。

その後すぐに、自分のしていたことに気づきました。アンコンシャスバイアスによって、その日本人責任者のほうがずっと豊富な知識を持ち、より適切に私をサポートできることを見落としていたのです。実は、彼は以前イタリアに住み、料理の勉強をした人だったのです。無意識に抱く考えにとらわれないよう自覚することが大切なのです。

(写真:野崎航正)

DEIが切り開く未来

――世界経済フォーラムが発表した2022年のジェンダーギャップ指数ランキングで、日本は146カ国中116位でした。女性が能力を発揮できる職場づくりのために、日立にできることは何でしょうか?

デッラジョヴァンナ: 「ジェンダー平等」は日本だけの目標ではなく、世界の目標です。日立ではより多くの女性従業員にキャリアを積んでもらいたいと考えています。女性のエンパワーメント(活躍推進)について議論を重ね、職場環境の改善に努めてきました。具体的には、女性従業員を対象としたキャリア開発プログラムの実施や、仕事と家庭の両立を支える柔軟な勤務制度の導入、産前産後休暇の充実などです。

また、ロールモデルとなる従業員を見つけ、互いに励まし合えるような女性同士のネットワークを作ることも大事です。一口に女性従業員と言っても、ライフスタイルはさまざまです。互いに学び合うことで、家庭を抱えていても失敗を恐れずに、責任ある立場を引き受けられると気づくでしょう。

私はこれまでに何度も「働く女性として、困難に直面したことはありますか?」と聞かれました。そして、いつもこう答えます。「性別に関係なく、人生そのものが挑戦である」ということです。男性従業員と競わなければいけないと考えたことはありませんし、そもそも他人と競おうとしたことはありません。

それよりも自分は何をやりたいのか、どうしたら社会に貢献できるのかを重視してきました。私たちは互いに競い合うのではなく、補い合うべきなのです。女性は男性のように振る舞う必要はありません。もっと自信をもって「私はできます」と言うべきです。

――最後に、DEIによってどんな世界を実現させたいか、お聞かせください。

デッラジョヴァンナ: 今よりずっと良い世界になることを望んでいます。DEIがイノベーションにつながり、新たな技術やソリューションを生み、人々の生活を向上させるでしょう。さらに、DEIは企業の業績を向上させ、新たな事業や雇用を生み出し、世界経済を支えます。そして若い優秀な人財を惹きつけ、彼らが世界のより良い未来を切り開いていくのです。

しかし、DEIは単なるビジネスの問題ではありません。いずれの企業も倫理的な観点から、従業員を公平に扱い、インクルーシブな文化を築くことに尽力するべきです。そうして初めて、私たちは真の意味でより良い世界を実現できるのです。