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「3密」回避の複雑なシフト作成を可能に 日立の最新テクノロジー「CMOSアニーリング」

2020年7月9日 永岡 うらら
日立の中央研究所内にある「協創の森」(東京・国分寺市)

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、多くの人が在宅で働くようになりました。しかし、医療従事者やエッセンシャルワーカーなど、職場へ出向かなければならない仕事も数多くあります。研究開発もそうした仕事のひとつです。特別な設備を使って研究を行う必要があり、在宅での仕事には限界があります。感染リスクを最小限に抑え、いかに研究活動を継続させることができるか。日立の中央研究所の取り組みを取材しました。

「3密」避けるためのシフト出社制を導入

2020年3月。新型コロナウイルスの感染が日に日に拡大する中、日立の中央研究所は、ある課題に直面していました。全社的な方針として在宅勤務の徹底が呼びかけられているにもかかわらず、多くの研究者から「出社しないと研究活動を継続するのが難しい」という声が上がっていたのです。

中央研究所では多岐に渡る研究開発が進められており、多数の実験が行われています。その中でも、300人以上の研究者を抱える「計測・エレクトロニクスイノベーション研究センタ」は、バイオ、エレクトロニクス、都市インフラ、エネルギーなどを対象に研究しており、特殊な機器や専門設備を使った実験が欠かせません。このため、研究所に出社しないことには業務が思うように進められないという状況でした。

そこで、同研究センタでは5月からシフト出社制を導入することにしました。出社する人数を制限して「3密」を避けることで、研究活動を維持させるというものです。同研究センタ長の嶋本泰洋さんは、導入当時の心境について、「感染リスクを避けることは当然ですが、研究開発の現場は安全に配慮が必要な実験も行っているので、何よりも安全優先で考えました」と振り返ります。

ところが、いざ300人分のシフトを組もうとしたところ、所属チーム、研究内容、実験の進捗、実験設備の使用状況、勤務場所、出社頻度、通勤時間など、あらゆる項目が複合的に関係するため、手作業で最適なシフトを作るには膨大な時間を要することが分かりました。

どのようにしてシフトを作成すべきか途方に暮れていたところ、顧客向けに開発中のテクノロジーをシフト作成に役立てられないかと、ある研究チームが立ち上がります。同研究センタで、「CMOSアニーリング」という最先端のコンピューター技術の開発を担当している研究チームでした。

さまざまな分野で期待高まる「CMOSアニーリング」

CMOSアニーリングの盤面

CMOSアニーリングは、日立が2015年に開発し、「組み合わせ最適化問題」と呼ばれる極めて複雑な計算課題を短時間で解くことができる、最適化に特化した技術です。

例えば自動車の経路案内では、刻一刻と変わる交通情報や天候などを勘案し、無数のルートの「組み合わせ」から最適なものを選び抜く必要があります。このような最も効率的な「組み合わせ」を見つけるため、独自の数式・アルゴリズムを使って高速計算するのがCMOSアニーリングです。今後は、物流倉庫から必要な物品を無駄なくスピーディーに取り出すピッキング作業や金融商品のポートフォリオ作成など、これまで最適化が難しいとされてきた分野への登用が期待されています。

シフト作成の要件を決めることの困難さ

このCMOSアニーリングを「3密」を避けるためのシフト作成に活用することを決めた同研究センタ。開発者が最初に取り組んだのは、シフト作成に必要となるデータの要件を整理することでした。

同研究センタではさまざまな研究が行われているため、それぞれの研究に応じた業務内容や開発チームの人数などを洗い出さなくてはなりません。さらに、新入社員が出社する際には指導員も勤務しなくてはならないなど、必要な要件が次々と判明し、その都度計算プログラムを書き直す日々でした。

特に苦労したのは、新型コロナウイルスの感染リスクに関わる要件定義だったといいます。開発を担当した奥山拓哉さんは、「センタ内には大小さまざまな実験室が100近くあり、一つ一つの部屋の最適な作業人数を現地で直接確認する必要がありました。部屋ごとの要件を決めるのは、とても骨の折れる作業でした」と話します。

こうして精度を高めていったCMOSアニーリングを活用したシフト作成ですが、今では1時間ほどで同研究センタ300人分の週間シフトを作れるようになりました。通常のコンピューターでの処理と比較すると、100倍近くの速さでのシフト作成が可能です。このため、急な予定変更があってもすぐに書き換えられるようになります。

シフト作成に必要な個人の要望や業務の予定などをアンケートで収集

働き方の「ニューノーマル」を見据えた今後の展望

CMOSアニーリングをシフト作成に活用してから1カ月。効果を実感する声が出てきています。「3密」を避けながら実験を行うことができる時間と場所が確保されたことに加え、「人ではなくCMOSアニーリングが作ったシフトなら、自分の希望が通らなくても納得ができる」といった予想外の反応も開発チームに寄せられています。

開発チームは今後、CMOSアニーリングを使ったシフト作成を日立グループ全体へ広げていきたいと考えています。「専門的な知識がなくてもCMOSアニーリングのメリットを享受できるようにするため、誰でも導入できるように改良していきたいです」(奥山さん)

計測・エレクトロニクスイノベーション研究センタ長 嶋本泰洋さん

さらに同研究センタ長の嶋本さんは、CMOSアニーリングを活用したシフト作成は、新しい働き方を推進する上で、重要な役割を担う可能性があると指摘します。

「今後は在宅勤務と出社、双方の良さを生かしたフレキシブルな働き方にシフトしていくと思います。今回の取り組みは、働き方の変化を支える仕組みの一つになるのではないでしょうか」(嶋本さん)