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街と暮らしに寄り添う 思いを表現する日立の鉄道デザインの生まれ方

仙台市の地下鉄南北線の新型車両「3000系」が2024年度グッドデザイン賞を受賞しました。「公共性が極めて高い地下鉄においては、奇をてらうのではなく、街にいかになじむかが重要」として、杜の都・仙台にふさわしいデザインや使いやすさ、静音性などが評価されました。
製造したのは日立製作所で、研究開発グループに所属する野末壮さんらがデザインを担当しました。野末さんがどのようにして仙台市の人々の思いや感情を新型車両で表現し、街になじむと評価されたのか、その軌跡をたどりました。
テレビや洗濯機のデザインから

デザイナーとしての野末さんのキャリアは、日立製作所への入社後、業務用プロジェクターやテレビなどの映像機器のデザインから始まります。着実に仕事を遂行し、海外向けの洗濯機などの白物家電も手掛けました。
「実は、もともと興味があったのは、公共インフラを支えるプロダクトのデザインでした。エレベーターやエスカレーターのような巨大なものをデザインしてみたいという憧れがありました」
ところが、入社して配属されたのは、映像機器や家電製品という身近なサイズのものをデザインする部門でした。
「エンドユーザーに近い分野ならではのやりがいがあり、充実した日々を送っていました。ただ、日立では、複数の分野を担当しながらキャリアを築いていくデザイナーが多いです。私もキャリアを考える上で、当初希望していた分野にもチャレンジしてみたいと上司に伝え、鉄道車両のデザインチームへの異動が叶いました」

そして手掛けたのが、台湾鉄路管理局(現:国営台湾鉄路株式会社)の都市間特急車両「EMU3000」。台湾の都市を結ぶ新しいモビリティの象徴です。
「これからの台湾」を表現するという課題
野末さんは、EMU3000のデザインについて「貴重な経験を積ませてもらい幸せな時間でした」と振り返ります。鉄道車両はデザインするまでに時間もかかり、コンセプトワークからディテールまで分業をしていくのが一般的です。しかし、野末さんは、幸運にも最初から最後までEMU3000のデザインに関わることができました。一方で「タフな時間でもありました」と苦笑いします。
「このデザインは違う」
車両のコンセプトデザインを台湾側に提案した際、台湾側からの思わぬ返答です。日立は当初、海外から見た分かりやすい台湾らしさを意識していました。しかし、台湾側は「世界に誇れるような先進性やこれからの台湾を表現したい」と要望します。「これからの台湾」とは何か。その言葉をどうデザインで表現するのか。デザインの理論、新しい社会インフラのあり方、さらには台湾と日本の文化の違いについて、何度も台湾側と協議を重ねました。
さらに野末さんは、求められる「これからの台湾」を見つけるべく、出張中には台湾市街を歩き回りました。博物館や美術館を訪れ、現地作家が手掛けるアートワークに触れ、観察を重ねました。
「外から見ると、台湾は華やかなイメージがありますが、街に身を置いてみると、より『穏やかさ』を感じます。看板には、余白があり少し彩度の低い色が使われていて、博物館のグラフィックも優しい印象です。街を観察していくと、台湾側が議論の際に多用していた『Subtle(微かな、敏感で緻密な、さりげない)』という言葉の意味も分かってきました」
こうして完成したEMU3000の外観は、一筆書きで描けるほどに簡素なデザインです。凹凸なく仕上げ、最小のグラフィックを施すことで余白が強調されています。内装も現代的でありながら、静かで穏やかな雰囲気をまとい、そこにも「これからの台湾」を表現しています。

市民との対話から生まれたデザイン
台湾での鉄道車両のデザインを終えた後、野末さんが取り組んだのは、仙台市交通局の地下鉄南北線の新型車両デザインです。不運にも、コロナ禍の真っ只中。自由に街を歩き回るのが難しい状況でした。
野末さんは、仙台市の中長期計画を読み込み、街としてめざす将来像を理解することから始めました。さらに、担当者の方々と話す機会を多く持ちました。
「土地の名物を聞くこともあれば、一人の市民としてプロジェクトについてどう感じているかを聞くこともあります。台湾での経験もあり、顧客としての要望以上に聞いたのは、暮らす人としての実感なのかもしれません」(野末さん)

市民の声から思いをくみ取り、新型車両3000系の外観デザインは、従来の1000N系を継承しつつも、「杜の都」仙台に馴染む色や柄を採用しました。
さらには、機能面でも進化を遂げています。車両の外装を塗装しないことにより、製造時の環境負荷が減るとともに、車両が軽くなり、省エネルギーな運行が可能になりました。車両とホームの段差を減らし、車椅子やベビーカー専用スペースを増設するなど、随所に多様性への気遣いや工夫もされています。

こうした配慮は時代の変化とともに、市民からより一層求められるようになっていると野末さんは言います。
環境への配慮が厳しく求められることで、デザインが制約されてしまうのではないか。野末さんに聞いてみると「(市民からの環境配慮の要望は)デザインの土台であり、前提。特に鉄道車両のように、『みんなのもの』をデザインする上では、当たり前に追求されていくものだろう」と答えました。
野末さんはさらに、「映像機器や白物家電のデザイン経験も課題を乗り越えるアイデアに結び付いた」と付け加えました。小型の映像機器や白物家電は、使用期間の長い鉄道車両より、製品アップデートのスピードが速く行われます。製造技術や材料について、工場とやりとりしながら学べる機会も多かったそうです。「材料の特徴や加工方法を知るのもデザインをする上で重要です」と強調します。

「グッドフォルム」から「グッドムード」へ
台湾の特急車両EMU3000と仙台市の地下鉄車両3000系、それぞれデザインは異なりますが、市民の思いをつかみ、その土地を表現したことで、日常になじむインフラとして人々の生活を支えています。デザインを手掛けてきた野末さんは、インフラデザインに今求められることについて、次のように語ります。
「一言で表すと、『社会を良い雰囲気にするデザイン』と言えるかもしれません。かつては『グッドフォルム』、つまり良い形をつくることが良いデザインであるとされていたけれど、今はそれだけでは不十分で、『グッドムード』が求められるようになっています。デザインが人々の暮らしや社会の文脈に沿っているか。そこに登場するものとして適切かどうか。常に考えています」
<野末さんに聞く、新たなデザイン手法とは>
多くの人々の生活や心にフィットするものが求められる時代。これから求められる新たなデザイン方法はあるのでしょうか?
「『委ね方』も含めてデザインすることかもしれません。勇気をもって、完成されたものを手放す必要があるはず」
野末さんが「これも、その一つです」と見せてくれたのは、お気に入りのアウトドア用フォーク。金属部分だけを持ち歩き、木の枝に挿して使用するのだそうです。

「子どもが自分で拾ってきた木の枝に付けて、マシュマロを焼いたらすてきだと思いませんか。必要な機能だけを担保し、あとはユーザーに委ねる。その委ね方も含めてデザインすることが、これからのデザインではないかと考えています」