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87歳のアプリ開発者に聞く「年齢とインクルーシブな職場づくり」

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80代でスマートフォンのアプリ開発やExcelアートを考案し、Apple社のCEOや台湾のデジタル担当大臣に「会いたい」と言わせた若宮正子さん。87歳になる現在でも、世界中で講演を行うなど日々精力的に活動しています。

人生100年時代といわれる中、年齢にかかわらず全ての人が働きやすいインクルーシブ(排除されない)な職場づくりが求められています。幅広い年齢層の人たちが一緒に働きやすい環境をどうしたら作れるか、若宮さんに聞きました。

81歳でアプリを開発し、世界が注目

――まず、自己紹介をお願いします。

幼少期の若宮さん

若宮正子(以下、若宮): いま暮らしているのは神奈川県藤沢市ですが、生まれたのは東京です。1935年の4月、日本が戦争に突入する前ですね。小学1年生のときに庭で防空壕を作っている写真が今も残っています。

戦争が終わり、高校を卒業すると、銀行に勤めました。1954年のことです。私はもともと右手が少し不自由で、そろばんやお札を手で数えるのは苦手だったのですが、やがて電気計算機やお札を数える機械が導入されて、随分と楽になりましたね。

定年後はのんびりとリタイア生活を送ろうと思ったのですが、母を介護しなければならなくなりました。自由に家を空けられない窮屈な暮らしになりましたが、そんなとき励みになったのがパソコンです。1990年代半ばの当時は、パソコンなんて物好きや“オタク”の人しか買わなかったので、今と違ってやさしい入門書も教室もなく覚えるのに苦労しましたが、詳しい人に聞きながら何とか使えるようになりました。

若宮さんが開発したアプリ「hinadan(ひなだん)」の画面

――81歳の時にスマートフォンのアプリ「hinadan」を開発したそうですが、きっかけは何ですか。

若宮: スマートフォンがはやりだしたことがきっかけです。スマートフォンって高齢者にはものすごく使いにくいうえ、高齢者が楽しめるアプリが全然用意されていませんでした。

そこで、アプリ開発が得意な若者に手伝ってもらいながら、何とか作り上げて2016年に公開したのが、高齢者向けのゲームアプリ「hinadan」です。ひな壇にひな人形を正しく並べるだけのアプリですが、海外大手メディアが記事にしちゃったんです。

そしたら、ある日、アメリカのApple本社から「CEOが会いたいと言っている」と書かれたメールがきました。それがきっかけで、2017年にアメリカで行われたAppleの世界開発者会議に参加して、ティム・クックCEOとお会いし、いかに今のパソコンの画面が高齢者に使いにくいか話しました。そうしたら「分かりました、なんとかします」とおっしゃって、ハグまでしてくれたんです。

あちこち飛び回る毎日が冒険

Excelアートで自らデザインした服を着て取材に応じる若宮さん

――現在は主にどのような活動をされているのでしょう。

若宮: シニア世代向け交流ウェブサイト「メロウ倶楽部」の理事や、岸田文雄総理大臣が主催する「デジタル田園都市国家構想実現会議」のメンバーなどを務めています。

また、Excelのセルに色を塗るなどして図案を描く「Excelアート」を考案しましたが、今はそれで服などの柄をデザインしています。台湾のデジタル担当大臣のオードリー・タンさんと対談したときには、「世界でも希少なオープンソースのデジタルアートだ」と褒めてくれました。

他にも講演活動など、本当にいろいろとやっています。毎日あちこち飛び回って、同じ場所、同じ人に会うことは滅多にありません。毎日が冒険です。

Excelアートを施した巾着。季節がテーマとなっている

――年齢による不便さや理不尽さを意識したことはありますか。

若宮: もちろんありますよ。不便なことといえば、インタビューのときなんかは、補聴器を使わないと質問が聞こえません。目も悪くなりましたから、スマートフォンの小さな画面はよく見えません。

ただ、こうした年齢的なハンディは、テクノロジーの力で克服できます。たとえばAIスピーカー、あれ便利ですよね。手がふさがっているときでも、ネットを検索したり、電気を消してくれたり、いろいろなことをしてくれますよね。

メロウ倶楽部にはプログラミングをする仲間がいるのですが、プログラミング用のコードの文字が小さく、色も見にくくて困っている人がいます。これからは開発者も高齢化してくるでしょうから、デジタルツールのアクセシビリティ(誰にとっても円滑に利用できること)にも一層配慮してほしいですね。

高齢者が活躍すれば若い人が元気に

――幅広い年齢層の人たちが、誰でも働きやすい職場を作るには、どうすればいいでしょうか。

若宮: 高齢者や外国の人と一緒に働くことが増えていると思うんですが、私たちって、みんな同じ人間なんですよね。冬は寒いと感じるとか、自分の家族を思う気持ちとか、共通するものがあります。

そういう共通するところを踏まえながら、相手の違うところも理解して、一緒にやっていく。共通の部分はシェアする一方で、共通ではない部分は「あの人はそうなのか」と理解するのが大事だと思います。

もう一つ大切なのは、それぞれが自分のことを相手に伝えることです。ずっと長く一緒に暮らしている人同士だと相手の気持ちを推し量ることもできますが、そうでない場合は、自分にとって必要なことは言ったほうがいい。

「すみません、私はとても寒がりなので、できれば部屋のなかの暖かいところにいたいです」というようなことを遠慮なく言う。そして、周りの人も可能な範囲でそれに対応してあげる。そういうことが必要なのではないかと思います。

――若い人から高齢者まで、さまざまな年齢の人たちが活躍できる環境が整えられると、社会にどのようなメリットがもたらされると思いますか。

若宮: まず、技術の伝承です。例えば、今は一から家を建てたり修理したりできる大工さんが減っているそうですが、熟練の大工さんと若い大工さんがペアを組んで仕事をすれば、熟練大工さんの作業を若い人が録画して他の人と共有するといった展開が生まれてくるかもしれません。技術や知識のある年配者がどんどん前に出て仕事すれば、若い人たちに技術が伝承されていくと思うのです。

そして何より、高齢者が活躍することで「若い人」が元気になります。私の講演会には、働き盛りの世代の方も多くお見えになるのですが、そうした方々は自分の老後が不安なんです。自分が年を取ったらどんな生活を送るんだろう、寝たきりになって家族に迷惑をかけるのなら、年なんて取りたくない、早く死んでしまいたい──そんな思いで頭が一杯。ですが、私のように87歳にもなって世界中を飛び回り、元気に働いている姿を見れば安心します。老後を心配する前に、今をもっと元気にがんばろうと思えるわけです。

そのためにも世の高齢者たちは、「もう年だから」なんて言ってないで、失敗を恐れず、どんどんチャレンジしてほしいですね。誰に迷惑をかけるでもないし、失敗したって新しい世界をのぞくという経験は残りますから。そこから学べることは多いですよ。失敗は大きな花を咲かせるための肥料。昔は人生50年、それが今は人生100年時代だなんて言われているわけですから、どんどん年齢を無視して、自由に生きて欲しいですね。