Hitachi

「がん患者を救いたい」 日立のスパコンを活用した「がんゲノム医療」のいま

(Photo by Getty Images)

高齢化に伴い、今では日本人の2人に1人が、がんに罹患すると言われています。しかし、がん治療は、経済的、身体的、精神的な負担が大きく、患者やその家族を悩ませ続けてきました。こうした状況を改善しようと、遺伝情報を解析して治療に役立てる「がんゲノム医療」に取り組んでいる人たちがいます。

30年以上にわたりヒトゲノム研究に取り組み、「がんゲノム医療」の発展に貢献してきた東京大学医科学研究所。昨今では、がん患者それぞれのがんの性質や原因を突き止め、適切な治療を提供できるようになり始めています。これを可能にしているのが、日立が構築するスーパーコンピューター「SHIROKANE」です。「少しでも多くのがん患者を救いたい」と語る担当者に話を聞きました。

注目集まる「がんゲノム医療」とは

がんは遺伝子の異常によって起きると考えられている

がんの標準的な治療には、「手術」「放射線」「抗がん剤」などが挙げられますが、期待した効果が得られず、病状が進行してしまうケースがあります。こうした課題に対し、新たな選択肢として、ゲノム(遺伝情報)を活用した個別化医療(オーダーメイドの医療)に期待が高まっています。

がんは遺伝子の異常によって起きると考えられていますが、がんゲノム医療では、がん細胞の遺伝子を検査することで異常が起きている部分を特定し、効果が高そうな抗がん剤を選択するなど、その患者のがんの性質に合わせた最適な治療方法を提供します。

スパコンで32億の文字列を高速解析

ヒトゲノム解析センターの井元清哉教授

このがんゲノム医療にいち早く取り組んできたのが、東京大学医科学研究所のヒトゲノム解析センターです。センター長を務める井元清哉教授は、研究が始まった当時についてこう振り返ります。

「10年以上前から医科学研究所附属病院と連携して、臨床現場にゲノム情報を活用する研究に取り組んできました。最初の成功事例は、治療がうまくいっていなかった白血病(血液がん)患者さんです。全遺伝子を解析し、解析結果に基づき治療法を変えたことで、病状が快復しました。がんゲノム医療に手ごたえを感じた瞬間でした」

スーパーコンピューター「Shirokane6」

しかし、32億文字列あるゲノム情報を解析するのは簡単ではありません。そこで欠かせない役割を担うのが、日立が構築したスーパーコンピューター「SHIROKANE」です。

「がん患者さんから検体(がん細胞)を採取して、シークエンサーと呼ばれる解析マシンにかけると、ゲノムの断片的な情報が山のように出てきます。そのがんゲノム情報と正常な細胞のゲノムを比較して、異常がある部分を突き止めるのですが、膨大な計算をしなければなりません。そこで、スーパーコンピューターが必要なのです」(井元教授)

膨大な量の研究データを短期間で移行

高速計算により、ゲノム解析を可能にする日立のスーパーコンピューター。年々、計算速度が上がっています。更新前の「Shirokane4」では、解析に10時間以上を要していましたが、2022年4月に稼働した「Shirokane6」では、1時間以内に解析できるようになりました。スーパーコンピューターの構築をリードした日立製作所の樫村洋平さんは、プロジェクトにかけた思いを次のように語ります。

「コンピューターの解析時間が早くなることは、患者さんにとってより良い治療方法が早く見つかることに繋がります。Shirokane6の計算速度が1秒早くなることが、人の命を救えるか、救えないかに関わってくると意識しながら構築を進めました」

インタビューに応じる日立製作所公共システム事業部の樫村洋平さん

しかし、プロジェクトは「困難の連続だった」と樫村さんは話します。

「コロナ禍による勤務体系の見直し、物流の停滞、半導体不足による納期の長期化など、今まで想定したことのない事態に数多く見舞われました。こうした中で、約18ペタバイトもの研究データをShirokane4からShirokane6へ移行する必要がありました。しかし、そのために許されたシステム停止期間は1週間。これまで蓄積された研究成果を確実に移動させなければならないという緊張感の中、さまざまなトラブルを乗り越えました」

「一人でも多くの命を救う」

こうして苦難を乗り越え、ついに完成したShirokane 6。樫村さんは、より多くの民間企業や研究機関などに利用してもらい、がんゲノム医療のほか、さまざまなライフサイエンス分野で活用されることを期待しています。

「人の命を救う仕事に寄与していることに、やりがいや誇りを感じています。これからもお客さま(医科学研究所)と共に、次世代のゲノム解析の最適解を模索していきます」

一方の井元教授も、Shirokane6によって、より多くのがん患者を救うことになると期待を寄せます。

「私も、がんに罹患した知人の力になれず悔しい思いをした経験があります。しかし、ここ数年で全ゲノム解析を広く行うことができるようになってきました。より多くの研究者にSHIROKANEを使ってもらうことで、一人でも多くの命を救うことにつながると信じています」