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社会イノベーション

    • アナリティクス

    トイレットペーパーといった日常生活に不可欠な「紙」の素であるパルプの原料や木材を供給する植林事業。現場では、生産拡大のみならず自然環境保護との両立や、労働集約的な作業の削減などさまざまな課題を抱えています。

    日立と大手総合商社の丸紅は、こうした課題の解決に向けた実証実験を実施しました。その舞台となった現場は、インドネシア・スマトラ島の広大な森林地帯にあります。そこは最寄りの空港から車で約3時間。途中から未舗装の道も進みながらようやく行き着けるところです。その厳しい環境の中で遭遇する様々なアクシデントを乗り越えながら進められた実証実験を通じて見えてきたのは、持続可能性を追求した新しい時代の植林事業の姿でした。

    事例の概要

    • 背景
      植林事業における生産性を高めるために、まず広大な土地に植えてある膨大な数の樹木の生育状況を正確かつ迅速に把握しなければならない。だが現状では、このために多くの人手と時間が費やされていた。
    • ソリューション
      高精度の位置情報が得られる準天頂衛星システム「みちびき」を利用して、多数の樹木の高さを一気に測定する技術を開発。その有用性を検証するために、実際の現場で実証実験を実施した。
    • 協創
      多様なICT(情報通信技術)を有する日立と、植林管理に関する経験やノウハウを持つ丸紅がそれぞれの知見を持ち寄って、様々な問題を解決。新たな測定技術の実用化に向けた道筋をつけた。
    • 展望
      デジタル変革の動きは植林の分野にも及んでいる。実証実験を通じてICTが植林事業の変革に貢献するという手応えが得られた。

    背景

    植林地の潜在能力を最大限に引き出す

    日立と丸紅による実証実験が行われたのは、丸紅が100%出資する現地子会社PT. Musi Hutan Persada(MHP)が管理する植林地です。南スマトラを代表する大河であるムシ川にちなんで「Musi Hutan Persada (ムシ地域の偉大な森)」と名付けられたMHPは、丸紅がインドネシアで展開する製紙用パルプ製造事業の一翼を担っている企業です。

    自然環境との共存など持続可能性を重視している丸紅のパルプ製造事業は、天然の森林から産出した木材は使わず、植林地で伐採した原木だけを原料にしてパルプを生産しているのが特徴です。同事業で必要な原木をMHPが供給しており、MHPは出荷する原木のすべてを同社の兄弟会社が運営するパルプ製造工場に納めています。MHPは、東京都の約1.3倍に当たる約29万ヘクタールにも及ぶ広大な植林地を管理しており、実証実験はその一部を使って、2019年9月から10月の間に2回に分けて実施されました。

    動画:ドローンで撮影した、植林地の風景

    今回実施した実証実験のテーマは、蓄積量の測定に必要な樹木の高さを、衛星測位技術を使って効率的かつ高精度で測定する技術の検証です。蓄積量とは、一定の広さの区域に植えてある樹木の体積の合計値で、植林地の生産量を管理するために不可欠な基本的な情報です。蓄積量の基となる樹木の体積は幹の断面積と樹木の高さから求めます。つまり、実証実験の対象となった技術が実用化されると、より高精度の蓄積量が効率的に測定できるようになるわけです。

    桑原卓也さん

    MHPが、こうした技術の開発に取り組む理由は、植林地全体の蓄積量を緻密かつ高精度に把握することで、植林にまつわる一連のプロセスの最適化を進め、供給能力を高めることができるからです。

    これによって、バイオマス・エネルギーなど製紙用パルプ以外の分野にも木材を供給し、事業の発展を図ろうとしています。ここで蓄積量の計測が重要な役割を担う理由について、MHPのトップを務める桑原卓也さん(取材当時)は次のように語っています。

    「植林事業において生産性を高める上で重要なポイントは、『見える化』と『高精度化』。つまり、蓄積量をきめ細かく把握し、さらにその精度を高めることです。これらによって改善すべき課題が浮き上がってきます」(桑原さん)

    広大な敷地からの情報を人手で把握しきれない

    ところが、ここで大きな課題がありました。現状では人手をかけて蓄積量を測定しています。作業者が広大な植林地に入り込んで計測しているのですが、これにかなりの人手と時間がかかっていました。しかも、満足な精度の情報がなかなか得られていませんでした。

    人手による植林の計測風景

    MHPの場合、1年間に伐採する区域の面積は、東京ドームの面積の約4300倍に当たる2万ヘクタールにも上ります。そこに植えてある膨大な数の木を1本1本測定していたのでは時間がいくらあっても足りません。そこで測定する区域の一部の蓄積量を測定し、その結果から区域全体の蓄積量を推定するサンプル方式を採用しています。
    この方式の場合、得られる蓄積量は、あくまで推定値なので精度には限界があります。人手で測定するとスキルや経験に依存するため計測結果のバラつきも避けられません。しかも、サンプル調査によって作業量を減らしたといっても、100人の人員を使って2万ヘクタールの区域の蓄積量を測定するのに約半年かかっているのが現状です。

    ソリューション

    人工衛星を使って樹木の高さを一気に測定するというアイデアを形に

    準天頂衛星システム「みちびき」
    画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

    こうした課題を解決するために日立が提案したのが、日本の準天頂衛星システム「みちびき」を使って多数の樹木の高さを一気に測定するアイデアでした。

    市販のカーナビゲーション・システムやスマートフォンで得られる位置情報では数メートルの誤差がありますが、「みちびき」から得られる位置情報の誤差は、わずか数cmです。この機能を生かせば、樹木の高さを効率よく測定できると考えました。

    数年前から日立は、「みちびき」の応用分野開拓に取り組んでおり、その中で農作業の状況や作物の生育状態を計測するシステムを開発し、2014~2018年の期間にオーストラリアで実証実験を実施していました。MHPの課題解決に向けたソリューションのアイデアは、こうした経験から生まれたのです。

    現地に足を運んで現場のニーズを把握

    日立は、オーストラリアの実証実験に関わった技術者を中心にプロジェクト・チームを編成。わずか4か月程度の期間でソリューションのための仮説を立てました。その後、具体的なニーズを把握するためにプロジェクトのメンバーがMHPの現場を視察。さらにMHPと議論を重ねた結果、オーストラリアで展開した計測技術を基に樹木の高さを効率的に測定する技術を開発することにしました。

    具体的には、「みちびき」を利用して高精度の位置情報が得られるようにしたドローンやトラクタを使って樹木の高さを測定するシステムです。植林地の上空を飛行するドローンを使って測定する区域の画像を撮影。この画像データと、ドローンの位置情報データから、まず樹木の先端位置を割り出します。

    そのデータと、地面を走行するトラクタから得られる地面の標高との差から測定対象となる区域にある樹木の樹高を求めることができます。こうした一連のデータ処理では日立の地理情報システム「GeoMation」が活躍しました。

    人工衛星を使って大量の木の高さを測定するシステム 概念図

    協創

    現場を理解してこそ実現するデジタルシフト

    Albertus Handokoさん

    実証実験には、日本から出張した日立のメンバーと、植林の現場で作業や管理に携わるMHPのメンバーが参加しました。「みちびき」のデータを取得する受信機やドローンなどの機材は日立が用意しましたが、受信機を取り付けたドローンやトラクタを使ってデータを収集する作業は、主にMHPのメンバーが担当しています。

    多様なICT(情報通信技術)を有する日立と、植林管理に関する経験やノウハウが豊富なMHPが一体となって進める実証実験は、課題解決に挑戦する「協創」の場となりました。

    実証実験に参加したメンバーでGIS(Geographic Information System:地理情報システム)の専門家であるMHPのAlbertus Handokoさんは、日立との協創について次のようにコメントしています。

    「実証実験を通じて日立の皆さんから多くの新しい知識を得ることができました。途中で様々な課題に直面しましたが、両社のメンバーが一体となって解決に取り組みました。この現場でのラーニングプロセスこそが植林事業を進化させる上で価値があるものだと思っています」。

    想定を超えた過酷な条件を乗り越える

    現場で得られる知見やノウハウは社会に実装可能なレベルまでソリューションを洗練させるうえで不可欠な情報です。実際に、実証実験では様々な課題に直面しました。

    例えば、インドネシアの気候にまつわるトラブルです。衛星測位システムのデータ処理用に持参したノートパソコンを、日本よりも高い気温の中でフル稼働させたところ、動作に異常をきたしました。上空で輻射熱を受けて温度が上昇したことでドローンに搭載した二次電池に蓄積した電力が想定よりも早く減ってしまうという事態も発生しています。またトラクタに設置した機材が、予想以上に大きい振動を受けて破損するというトラブルも起きました。現場の環境は日立のプロジェクトメンバーが想定するよりも過酷だったのです。

    植林地から伐採された木材を運ぶトラック

    市街地から車で3時間ほどかかる遠く離れた場所にあるMHPの植林地の周りには、ホームセンターやコンビニエンスストアはありません。問題が生じるたびに、両社のメンバーが協力して、知恵を出し合い、その場にある資材を利用して、壊れた機材を修理するなど課題を解決しながら実証実験を進めました。このようにして現場を知り、現地でしか再現されない環境をプロジェクトメンバー全員が理解することは、デジタルシフトを進めるうえで欠かせません。その意味で、実証実験で直面した数々の課題1つひとつをメンバーが一丸となって解決したプロセスは有意義なものでした。

    広大な植林地にて、未舗装の道を走るピックアップトラック

    展望

    植林事業のデジタルシフトを後押し

    実証実験で検証したソリューションが適用できるのは、MHPが抱える課題のごく一部にすぎません。現場で学んだことを生かしながら、デジタル技術を活用した植林事業の高度化につながる新しいソリューションを、今後も生み出していきたいと日立は考えています。

    「いわゆる第4次産業革命と呼ばれるデジタル化のトレンドは、植林の業界にも及んでいます。これとともに日立が持っている豊富な技術の“引き出し”が役立つ機会が増えているはずです。是非、持続可能な森林事業の発展に役立てて欲しいと思っています」(桑原さん)。

    公開日: 2020年8月
    ソリューション担当: 日立ソリューションズ

      空間情報ソリューション
      GeoMation

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