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社会イノベーション

空中に投影されたボタンを操作
コロナ禍で期待高まる「空中入力装置」

【動画】空中で操作できる空中入力装置

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、私たちの生活のさまざまな場面で「タッチレス化」が加速。物理的なお金の受け渡しを伴わないキャッシュレス決済へ切り替える人が増えたり、エレベーターのボタンやドアノブを直接触らずに操作できるグッズが人気を呼んだりしています。

こうした中、日立オムロンターミナルソリューションズは、空中にボタンを投影して操作できる空中入力装置を開発しました。2020年10月には製品化する見通しで、新型コロナウイルスの感染拡大防止に貢献する技術として期待が高まっています。開発における苦労や今後の展望について、空中入力装置の開発者に話を聞きました。

レガシー技術とノウハウの融合

空中入力装置の開発チームが立ち上がったのは、2017年11月のこと。当時、日立オムロンターミナルソリューションズでは、業務の5分の1を新しい技術やサービスの開発に費やすという取り組みを行っていました。そこで、ソリューション開発本部の飯田誠さんが思いついたのは、自社のセンシング技術のノウハウを生かし、文字や画像などの情報を空中に浮かび上がらせ、その情報に手で触れられる技術を開発することでした。

手をかざすと開く自動ドアやトイレの洗浄機能など、「触れずに操作する」というタッチレスの技術はすでに身近になっていましたが、それらの多くは一つの用途に特化したものです。しかし、空中入力装置のように、空中に情報を表示する「空中表示」と、それを自由に操作する「情報入力」を掛け合わせた技術はめずらしいものでした。

「実は、空中表示という技術に限れば、30年前に確立されています。30年前というと、当社がタッチパネル式ATMの提供を始めて間もない頃ですが、当時から日本国内に空中表示の研究をしている研究者はいました。今回の開発プロジェクトは、そういったレガシー技術である空中表示と、自社の強みである情報入力を組み合わせたことが大きな特徴だと思います」(飯田さん)

こうして、飯田さんのアイデアに興味を持った装置設計やセンシング技術の研究者が社内から集まり、横断的なプロジェクトチームが発足。市場調査と技術開発が始まりました。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。

開発の苦悩と実用化への挑戦


開発チームのメンバーと空中入力装置のデモ機(写真中央)


プロジェクトチームが最初にぶつかった壁は、空中に投影される「空中像」の位置を調整することの難しさでした。空中像に触れられるようにするには、投影する機器の奥ではなく手前に映し出す必要があります。しかし、この調整が非常に困難だったといいます。

世界中の様々な研究論文を参考にしながら、AIRR(Aerial Display with Aerial Imaging by Retro-Reflection)という空中結像ディスプレイ技術を用いて、手前に空中像を投影することに成功しました。そのカギとなったのが、「空中表示」で高度な技術力がある日本カーバイド工業社の再帰性反射材を採用したことでした。

「さまざまな素材を試すために、これまで取り引きがなかった多くのメーカーに問い合わせ、開発に対する熱意を伝えて、サンプルを提供してもらいました。その結果、この材料にたどり着くことができたのです」(飯田さん)

しかし、喜びも束の間。「空中表示」のデモを社内で実施したところ、「空中表示の技術は凄いが、実用化のイメージができない」という厳しい指摘がありました。その理由は、約10インチ(24センチ×17センチ)の空中像を表示するために、50センチ四方の大がかりな装置が必要なため、実用的ではないというものでした。また、「空中表示」だけでなく、手で触れられるようにするという点でもさまざまな課題があったと、飯田さんは振り返ります。

「タッチパネル式のディスプレイでは、実際に手で触れることで座標軸が特定されます。しかし、空中に浮かんだ映像を手で操作する状態においては、人それぞれの視覚の違い(身長や視力など)があるので、触ろうとした位置をピンポイントで捉えるのが極めて困難です。空中に浮かんだ映像を人がきちんと立体視できるようにするためにも、緻密な計算と実験を繰り返さなければなりませんでした」(飯田さん)


空中でボタン操作ができる空中入力装置


こうして2年余りの歳月をかけ、ディスプレイの小型化と操作性の改良に奮闘する日々が続きました。そしてついに、空中像を10センチ四方に縮小し、投影する装置を20センチ四方にまで小型化することに成功しました。

さらに、空中像に手をかざして選択するだけでなく、「押す」「めくる」といった特定のジェスチャーに反応する赤外線センサーを使ったセンシング技術も開発し、直観的に操作できるよう改良を重ねました。ここには、同社がATMや自動精算機の製造を通して培った知見が生かされています。

新型コロナウイルスの影響で製品化が加速

こうして実用化への道筋が見え始めた矢先、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めます。この状況を受けて、プロジェクトチームは急遽、医療機関向けの自動精算機に空中入力装置の技術を付加することを検討しました。

不特定多数の人が触る自動精算機をタッチレス化することができれば、感染拡大の防止に貢献できると考えたのです。開発スピードを上げるために3Dプリンターを駆使し、2カ月の間にプロトタイプを製作。その後も改良を重ねていきました。


実証実験が行われた大田屋クリニック。タッチレスで自動精算ができる


そして、感染防止対策が重視される医療機関での実用化を見据え、2020年7月には、山梨県の医療クリニックで実証実験が行われました。もともと設置されていた同社の自動受付精算機に空中入力装置を接続し、3日間にわたり試験運用されました。

クリニックの利用者の多くは高齢者ですが、プロジェクトメンバーが操作方法を説明することで、空中入力装置を使っての受付や決済を行うことができました。利用者からは、「直接触れなくてもいいので安心」といった反応があったといいます。

実験が行われた大田屋クリニックの佐藤孝典医師は、空中入力装置について、「患者様の安心感につながる仕組みだと実感しています。医療現場での感染予防を進める一歩となるのではないでしょうか」 と述べ、期待を寄せました。

同年8月からは、東京都内の整形外科医院でも空中入力装置が試験的に導入されています。空中像の見やすさや触りやすさに関する利用者の反応をもとに、表示画面やセンサーの感度の調整を続けて、10月の製品化に向けて、操作性の改善に取り組んでいます。

あらゆる場面での活用に期待


製品化に向けて準備が進む空中入力装置


新型コロナウイルスの感染が拡大する中、空中入力装置への期待は高まっており、金融機関のATMや駅の券売機、公共施設のデジタルサイネージなど、さまざまな場面での活用が検討されています。今後の開発の展望について、プロジェクトチームの飯田さんは次のように語ります。

「この3年で私たちが達成できたのは、情報を空間に表示して触れるようにするという新しい形のディスプレイの開発です。しかし、5年、10年先を考えると、ディスプレイという概念自体がなくなり、空中のあらゆる場所に情報を表示して、操作できるようになるかもしれません」

空中入力装置は、コロナ禍において、タッチレス化を加速させる技術として、さまざまな業界から注目を集めています。テクノロジーを通じて人々に安心・安全を届けるため、研究者たちの挑戦はこれからも続きます。

  • 公開日: 2020年9月30日
  • 取材・執筆: 永岡うらら