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EV普及を後押しする「EVフリート」 脱炭素化の実現に貢献する日立の取り組み

2023年1月30日 永岡 うらら

世界中で脱炭素化の実現が喫緊の課題となる中、各国はその解決策の一つとして「自動車の電動化」に注目し、ガソリン車やディーゼル車の代わりにEV(電気自動車)を普及させる取り組みに乗り出しています。

しかし、社会全体で脱炭素化を実現するためには、個人が所有する乗用車を電動化するだけでは十分ではありません。バスやタクシー、運送用のトラックといった、事業者が運用する商用車の電動化を進めることが不可欠なのです。

こうした中、日立は商用車を電動化し、デジタル技術を用いて、それらの車両を統合的に管理する「EVフリート」を提供。欧州での導入が進んでいます。その仕組みや最新の事例について、日立ヨーロッパのジェームズ・コーマーさんに話を聞きました。

EV車両の「群れ」を統合管理

取材に応じる日立ヨーロッパのジェームズ・コーマーさん

――「EVフリート」とはどのようなものですか?

ジェームズ: EV(電気自動車)という言葉を聞くと、まず思い浮かべるのは個人が所有する自家用車だと思います。しかし、街中を走る車の多くは、バスやタクシー、トラックといった商用車です。

これらをEVに置き換えて、デジタル技術を用いて「フリート(=群れ・ものの集まり)」として統合的に管理・制御する取り組みを、日立では「EVフリート」と呼んでいます。EV車両のほか、車載バッテリー、充電スタンド、そしてバッテリーと車両の稼働状況を遠隔で管理するための制御システムによって構成されます。

EVフリートを導入することで、商用車が電動化されるため、社会全体でCO2排出量を削減することができますし、事業者にとっても大きなメリットがあります。統合管理によって電力の消費量がリアルタイムで可視化されるため、電力の消費量を調節したり、電気の需給バランスを勘案しながら電力を購入したりすることで、コスト削減に繋げることができるのです。

EVフリートの仕組み

―― ジェームズさんは、現在どのような立場で「EVフリート」に関わっているのですか?

ジェームズ: 私は、EVフリートをヨーロッパ地域へ普及させるためのチームで渉外担当を務めています。EVへの転換を進める上での課題や、EVフリートを実現させるための技術などについて、英国政府と意見交換や議論を重ねています。

以前は日立のコンサルティング部門に所属し、大規模なインフラ計画や金融サービスなどの仕事に携わってきました。そうした中で、EVフリートの実現をミッションとするチームが立ち上がることを知り、より責任の大きい仕事がしたいと考え、心機一転、異動を決めました。

2021年7月に立ち上がったばかりなのですが、このチームが社会に与えるインパクトの大きさを日々実感しています。つい先日も、英国議会の集会に参加し、CO2排出量削減の政策について政治家と議論する機会がありました。そこで話したことが数週間後には閣議決定され、新聞に掲載されたのを見て、自分の力で社会を少しだけ変えられたことを実感できて嬉しかったです。

COP26で注目集めた取り組み

COPで稼働開始したFirst BusのEVバス

――昨年開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約締約国会議)に合わせて、会場となったグラスゴーでEVバスに関する取り組みを行ったと聞きました。

ジェームズ: 2021年11月に英国・グラスゴーで開催されたCOP26では、英国全土に拠点を持つ大手バス会社のFirst Busと共に、グラスゴー市内を走る148台のバスを電動化しました。この取り組みにおいて日立は、電動化を実現するための戦略策定を行ったほか、バスへ搭載するバッテリー、車庫に設置する充電スポット、全車両の充電状況を監視する「スマート充電」のシステム、そしてバッテリーの寿命を管理するシステムを提供しました。

中でも特徴的なのが「スマート充電」です。街中に設置された充電スタンドと各車両の使用状況をリアルタイムで把握できるようにするもので、各車両に対して充電の合図を出したり、電気料金の高いピーク時に必要以上に充電しないように注意したりすることができます。こうした機能により、必要なときに必要な分だけ電気を消費できるようになるのです。

バッテリーの寿命管理を行うシステムも欠かせません。EV向けのバッテリーの寿命は10年程度といわれていますが、高速運転や長時間運転でバッテリーを酷使すると、劣化スピードは速くなります。そこで、バッテリーの劣化具合を遠隔で可視化し、劣化スピードが速い車両にアラートを出す仕組みを構築しました。さらに、バッテリーの状態を示すデータと急ブレーキや急発進などの運転データを照らし合わせて、運転の改善を図ることができるようになりました。

取材に応じるジェームズさん

――First Busとの取り組みはどのような成果を生みましたか?

ジェームズ: この取り組みを通じて、年間約5,000トンのCO2の削減に貢献できたという試算結果が出ています。今後もEVバスの台数を増やすことで、削減量は増える見込みです。

また、COP26の会期中にバスを利用した方からは、「加速がスムーズで乗り心地が良い」「排気ガスが出ないので快適」といった声が寄せられました。そして、私が最も印象に残っているのは、運転手の方々の反応です。

First Busのベテラン運転手に「今日から電気自動車を運転してください」と言ったら、きっと猛反対されるだろうと、当初は思っていました。ところが実際には「私に運転させてほしい」と言う運転手が多く、選考会を開くことになったほどでした。みなさん口を揃えて「環境にやさしいバスを運転することに憧れる」と話してくれて、乗客にEVバスの魅力をイキイキと語りだす運転手までいて、驚きました。

気候変動を止めるという使命感

これからもEVフリートの普及に尽力する

――車の電動化を社会全体で実現する上で、困難なのはどのようなことでしょうか?

ジェームズ: 社会全体で車の電動化を実現したケースはまだないので、明確な答えを持っている人はいません。このため、柔軟な発想や組織の垣根を越えてコラボレーションすることがとても重要です。

しかし、バス事業者や運送会社の多くには、まだまだ伝統的な商習慣や価値観が色濃く残っています。そのようなステークホルダーを説得し、巻き込みながら、構想を実行に移すのが困難なところです。

しかし、日立は幸いなことに、大規模なインフラ関連のプロジェクトを世界中で手掛けているので、顧客の商習慣やテクノロジーの理解度に寄り添いながらプロジェクトを推進できる人財が豊富です。欧州で前例のない問題に直面しても、日本やアメリカなど世界中に散らばっている社員の知見を募ることで、困難を乗り越えています。

――EVフリートの今後の展望について教えてください。

ジェームズ: EVは電力を消費するだけでなく、運転することで電気を生み出すこともできます。このため、EVフリートでつながった車両を、社会全体で共有する蓄電池として活用するといった構想もあり、日立でも実証実験を始めています。

さらに、EV車に関するデータが統合管理システムに蓄積されることで、そのデータを活用した新たなサービスも検討されています。例えば、自動車保険などの金融商品や電力サービスなどです。

とは言え、輸送や運送の脱炭素化を実現する上で何よりも大事なのは、儲けることを考えるのではなく、「未来のためにやらなければならない」という思いを大切にすることだと私は思います。何としてでも、地球温暖化を摂氏1.5度以下に留めないといけない。この使命感が、私の背中を毎日押してくれるモチベーションとなっています。