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企業が取り組むべき「ウェルビーイング」とは? 幸福学の第一人者に聞く

ビジネスの現場やニュースで耳にする機会が増えた「ウェルビーイング(Well-being)」。直訳すれば「良い状態」ですが、「幸福」と訳されることもあります。

この言葉は、1946年にWHO(世界保健機関)の憲章に初めて登場。以来80年近く、ウェルビーイングに関する研究が大学などで行われてきました。

ではいったいなぜ、近年になって、このキーワードへの注目が高まっているのでしょうか。そして、企業とウェルビーイングのこれからの関係はどうなるのでしょうか。

幸福学の第一人者で、慶應義塾大学大学院のウェルビーイングリサーチセンター長・前野隆司教授に聞いてみました。

そもそもウェルビーイングとは?

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授・前野隆司さん(写真:野崎航正)

——前野さんは大学で幸福学の研究をされていますが、ウェルビーイングとはどういう意味でしょうか?

前野隆司(以下、前野):ウェルビーイングを辞書で引くと「幸せ」「健康」「福祉」と書かれており、複数の意味を持ちます。お医者さんは「健康」の意味で使い、福祉の分野では「福祉」と訳されます。大きく捉えれば「心と体と社会の良い状態」を表す概念といえるでしょう。

もっと簡単にいうと「自分の幸せを考えながら、みんなの幸せも同時に考えて、社会全体で持続的な幸せをめざす」。そんな状態を表していると考えています。

——「持続的」というのがキーワードですね。

前野:はい。宝くじで大金が当たったときのような瞬間的な幸せではありません。子どもの成長を見守っているときに感じるような、持続する幸せの感覚ですね。

取材に応じる前野さん(写真:野崎航正)

——なぜ近年、ウェルビーイングの重要性が高まっているのでしょうか。

前野:環境問題や貧困問題などの及ぼす弊害が顕著となってきたことが背景に挙げられます。さらにパンデミックや戦争などが追い打ちをかけ、ウェルビーイングの重要性の認識を加速させました。

加えて近年、持続可能な開発目標である「SDGs」に多くの企業や組織が取り組むようになり、持続可能性を示す「サステナビリティ」、心を整える「マインドフルネス」なども話題となっています。

これらはすべて「社会が心を重視する傾向」になったことと連動しています。古くから研究されてきたウェルビーイングが今になって重要視されるようになったのも、その流れにあります。

いまやどの国も企業も、経済成長をめざすだけではいけないということを、認識するようになりました。心の豊かさや地球環境への配慮、貧困問題などへの対応も含めて、トータルに「良い状態」であることが望まれる社会になっています。

「幸せ」をどう測る?

——ウェルビーイングを重要視する企業が増えてきています。ただ、「幸せ」は目に見えないため、「どれぐらいウェルビーイングが達成できているか」を測る基準づくりに難しさがありそうです。

前野:私は長年の研究から導いた、幸せに寄与する「幸せの4つの因子」を提唱しています。

この4つの因子が、まるで四つ葉のクローバーのように欠けることなくひとつなぎに関係し合い、これらすべてが満たされているときに「幸せを感じる」と私は定義しています。

例えば、ビジネスパーソンであれば、「自身の強みを生かしてやりがいを持ち、人とのつながりに感謝をして、楽観的に前向きにチャレンジし、自分らしい個性を生かす」——これらが同時に達成されたとき、幸せな状態で人は働くことができます。社員みんなが4つの因子を満たすように働ける社風ができると、その会社は良い状態だといえるでしょう。

——それでは具体的に、幸せの4つの因子を用いて、どのように幸せの度合いを測ることができるのでしょうか?

前野:例えば、社員全員に対してアンケートや心理テストを行い、4つの因子の満足度を個人や役職、部署ごとにレーダーチャートで表わします。健康診断の結果のように、その分布を見ることで、やりがいを感じる仕事なのか、つながりを感じるチームなのかなどが可視化されます。

可視化されれば組織の改善もできるなど、幸せの要素を分解して多面的に捉えることは有効です。実施した企業の多くには、ウェルビーイングの重要性を具体的に理解してもらえています。

私はこの「幸せの4つの因子」を、ウェルビーイングを活用するときの指針として、企業に推薦しています。もちろん幸せの指標はこれだけではなく、研究者によって幸せ分析の手法は多様であっていいと思いますが、一つの参考としてもらえれば幸いです。

全産業がウェルビーイング産業に

(写真:野崎航正)

——日立は2022年4月に発表した「2024中期経営計画 」において、事業を継続する上で、ウェルビーイングを重要な概念の一つとして掲げています。企業とウェルビーイングの関係は今後どのようになっていくのでしょうか。

前野:これからの時代は「世界の全産業がウェルビーイング産業になる」と私は考えています。幸せになれるオフィス、幸せになれる電車などウェルビーイングの条件を満たす製品やサービス、組織作りは全分野で可能だと思います。

そして、環境に配慮しない企業や労働環境を向上させない企業に対して、消費者が不買などのボイコットによって意思を表示することも珍しくなくなりました。それと同様に、これからは企業の態度としてウェルビーイングに重きを置くことが、その企業価値を左右する時代となっていくでしょう。

今後はウェルビーイングの考えが更に広がり、より良い社会へ向かっていくことを、私は信じています。日立グループには、ウェルビーイングを考慮した製品やサービスの開発を是非進めていただきたいですね。