東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年より国立環境研究所に勤務。2021年より地球システム領域副領域長、東京大学総合文化研究科広域科学専攻客員教授。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。気候変動に関する政府間パネル第5次、第6次評価報告書主執筆者。
「IPCC報告書で世界の認識が変わることに期待」 気候科学者の江守正多さんに聞く
世界の科学者が集まる国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2021年8月、「第6次評価報告書」の一部を発表しました。IPCCは、気候変動の現状や予測、対策について科学的評価を行う国際組織です。その8年ぶりの報告書は大きな反響を呼びました。IPCCとして初めて、地球温暖化の原因が人間の活動によるものであると断定したからです。
気候変動をめぐる状況はどうなっているのか。IPCC報告書の執筆者の一人である国立環境研究所の江守正多さんに、気候変動の現状とこれから起こりうる事象、求められる対策について聞きました。
気候変動は人間の活動が原因
――IPCC報告書とは、そもそもどういったものなのでしょうか?
江守正多さん(以下、江守):世界各国の政府は、毎年開催されるCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)において、気候変動対策に関する国際交渉を行います。その際、科学的な認識が国によってまちまちでは、交渉を進めることができません。そこで、各国が気候変動について共通の認識を持つための基準となるのが、IPCCの報告書です。
IPCCの報告書は、気候変動の最新の科学的知見をまとめるため、世界中から気候変動に関する第一線の研究者が参加し、報告書の作成作業を行います。今回の第1作業部会の第6次報告書では、世界66カ国から200人以上の執筆者が選ばれて、共同執筆を行いました。
報告書がまとまると、各国の政府代表がその要旨部分を1行1行承認していって、ようやく完成となります。国連に加盟するすべての国が承認した、気候変動に関する最新の科学的知見の集大成。それが、IPCCの報告書になります。
――今回のIPCC報告書で発表された「気候変動の現状」について教えてください。
江守:今回の報告書に記載されたもっとも重要な発表は、現在の世界の平均気温が産業革命前(1850年~1900年の平均)と比べて1.09度上昇しているとした上で、その理由について「人間活動の影響であることは疑う余地がない」と断定したことです。
異常気象(極端現象)についても、世界的に雨の降り方が変化し、強い雨が高頻度で降るようになっていることが記載されました。また、極端な高温現象が世界中で増加していて、乾燥による森林火災や干ばつが増えていることも示されています。さらに、海水温や海面の上昇、氷床の減少なども起こっています。
これらは今までの報告書でも指摘されてきましたが、今回は、その状況がますます明らかとなっていることが示されました。
異常気象は世界的に増加すると予想
――日本で起きている記録的な猛暑や災害級の大雨なども、地球温暖化によるものと考えてよいのでしょうか?
江守:異常気象をもたらす気圧配置のパターンは、昔からときどき起こっていましたので、地球温暖化が原因と言うことはできません。しかし、温暖化による気温上昇が個々の異常気象を「強化」していると考えることはできます。
たとえば、猛暑をもたらす気圧のパターンが発生したとき、温暖化が進んでいる分だけ、気温はさらに高くなります。また、気温が上昇すれば海洋の水の蒸発量も多くなるので、雨量も増えるわけです。
異常気象をもたらす気象条件が「地球温暖化」によって増加しているかどうかは、現在のところはっきりしません。しかし温暖化が進んでいることで、1つ1つの異常気象が増強され、そのため記録的な猛暑や大雨が増えていることは確かだと言えます。
――地球温暖化が進んでいった場合、将来あり得る気候についてお聞かせください。
江守:気温がさらに上がっていくと、地球全体で水の蒸発量が増え、その結果、降水量も増えます。つまり、地球全体の水循環が強まると考えられます。今後、洪水をもたらすような極端な大雨が降る頻度は、世界的に増えていくと予想されます。
また気温上昇により、森林火災や干ばつなどもますます増加していくはずです。海水温や海面の上昇、氷床の減少など、いずれも現在すでに起こっている現象ですが、より進行が早まると考えられます。
――IPCCの報告書では、温室効果ガスの排出量の予測について、「多い」「少ない」など5つのシナリオを用意しています。代表的な温室効果ガスである二酸化炭素の排出量について、現状に一番近いのは、どのシナリオでしょうか。
江守:IPCCの第1作業部会では、各シナリオの実現可能性を述べていないので、ご質問に対しては「わからない」というのが正確な回答です。ただ、世界各国が掲げている温室効果ガスの削減目標や現在の温暖化対策の延長線で考えると、「中程度」というシナリオが最も現状に近いと考えられます。「非常に低い」あるいは「低い」というシナリオには、まだまったく乗れていないと言えるでしょう。
今回の報告書では、2021~2040年の間に、少なくとも50%以上の可能性で、世界平均気温が産業革命以前に比べ1.5度上昇することが指摘されました。
温室効果ガスの排出量が多くなるほど気温がそれだけ上昇する可能性も高くなりますが、排出量が一番低い「非常に少ない」シナリオでも50%程度の確率で1.5度に到達してしまう、というのが、今回の報告の結論です。
政府や企業に求められる対策とは
――これからの地球温暖化対策として、政府にどのようなことを期待しますか。
江守:先進国の多くが「2050年の脱炭素」、国によっては「2045年での脱炭素」を宣言し始めました。日本も、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を宣言しています。まずは、それを実現するために、具体的な政策を実施していくことが最低限必要になるでしょう。
ただ、それでも世界全体の排出量は「中程度のシナリオ」になると予想されます。なぜならば、多くの新興国や途上国は、2050年までに脱炭素化するシナリオを描いていないからです。
途上国にとって、経済発展や工業化はこれからの重要課題です。先進国だけが脱炭素を実現しても、途上国が温室効果ガスを排出し続ければ、世界全体ではカーボンニュートラル(温室効果ガス実質排出ゼロ)を達成できません。
途上国が経済発展と同時にどのくらい脱炭素を実現できるか。先進国はその後押しをする必要があるでしょう。たとえば、先進国が途上国に技術や資金を提供し、途上国の脱炭素を推進することが考えられます。
あるいは、途上国が温室効果ガスを排出できる余地を残しておいて、先進国が2050年よりも早いペースで脱炭素を達成するという方策もあり得るでしょう。日本も、自国のみが2050年脱炭素を達成すれば役割を果たした、ということにはならないわけです。
――企業にはどのような行動が求められるでしょうか。
江守:「低」炭素から「脱」炭素に目標が変わり、すべての企業がカーボンニュートラルをめざすべき時代になりました。温室効果ガス排出ゼロの世界が実現されたときに、これまでのビジネスを続けていられるか、それぞれの企業が考えるべき時代になっていると思います。
「排出ゼロの世界になったら自社のビジネスは成立しない」となれば、事業の内容自体を大きく変える必要があるでしょう。生やさしい話ではないし、うまくいくかもわからない。すごく勇気がいる決断になると思います。しかし今後、多くの企業にそうした大きな変化が求められることは確かです。
――まもなく、イギリスのグラスゴーでCOP26が開催されます。COP26にどのようなことを期待しますか。
江守:今回のIPCC報告書に基づく議論によって、世界の人々の認識が大きく変わることを期待しています。各国が掲げている削減目標や取り組みは、気温上昇を1.5度未満に抑える経路に乗っていない、ということが知れ渡る機会となってほしいです。
先進国の多くは「2050年脱炭素」の目標を宣言していますが、それだけでは不十分です。先進国だけでなく新興国や途上国も含め、いよいよ本気で脱炭素をしていかなければなりません。
削減目標の引き上げだけでなく、途上国の支援やその資金の問題などについて、どれだけ深掘りできるかが大事だと思います。そして世界の国々が脱炭素の必要性をより深く認識して、気候変動対策を強化する機運が高まる会議になることを願っています。
江守正多(えもり・せいた)