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一軒のかぶ農家と日立、「異色の協創」が始めた地域課題解決への挑戦 -未来の三浦の街づくりのビジョンを描く

三浦かぶの収穫作業

少子高齢化やそれに伴う人口減少、社会インフラの老朽化、子どもの貧困など、さまざまな課題を抱える現代の日本。その影響は、地域の暮らしの中に、はっきりと表れつつあります。

そうした課題を前に、政府が「目指すべき未来社会」として2016年に提唱したのが「Society5.0」。そこで掲げる「超スマート社会」に向けて、現在、ビッグデータ、人工知能、ロボティクス、自動運転など、さまざまな技術を用いて、社会課題の解決に挑戦する動きが生まれています。しかし、どのような解決策も、実際に地域に暮らす人びとの生活と乖離する形で機能することはありえません。

そこで日立は、地域で生活する人びとと手を携えて、ともに未来を創り出すために「フューチャー・リビング・ラボ」という活動を始めました。「現状に強い危機意識を抱きつつも、将来を見据えたビジョンを描いた上で考えてこそ、目の前にある問題の根本的な解決につながるのではないか」。 そのひとつ、偶然の出会いから始まった、三浦半島の一軒のかぶ農家と日立製作所のフューチャー・リビング・ラボという、「異色の協創」で取り組む挑戦をご紹介します。

飛び込みで訪ねた農家での偶然の出会い

この異色の協創が始まるにあたって種まきの役割を果たしてくれたのは、生物や自然など、環境の中にある色を取り出しそこからデザインを創り出していく「カラーハンティング」の技法で著名なクリエイティブディレクターの藤原大氏。社会と地域経済の持続的な循環をテーマに仕事をする藤原氏と、フューチャー・リビング・ラボを擁する日立製作所 研究開発グループのビジョンデザインプロジェクトとの間に協業の話が持ち上がったのは2018年3月のことでした。

調査を始めるにあたり、藤沢と鎌倉の間を走る江ノ島電鉄の車輛の新デザインを手掛けるなど、藤原氏のフィールドとする三浦半島や湘南をターゲットエリアとすることに決めました。そして2018年の秋のある晴れた日に、藤原氏のチームと日立のフューチャー・リビング・ラボのメンバー計7名がいっしょに現地を歩いて回ることになりました。藤原氏からは事前に「いくつか元気のありそうな直売所があるので行ってみないか?」と言われてはいましたが、だれかと面識があるわけではない。「それこそ飛び込みで『こんにちは』といって声をかけて野菜を買ったんです。それが石井さんとの出会いでした」(日立製作所 ビジョンデザインプロジェクトのデザイナー金田麻衣子)。

いくつか回った直売所の中でも、作り手・売り手の野菜に対する愛情がほとばしっているかのような熱量を感じるグラフィカルな看板や商品説明が印象的な直売所がありました。これが三浦かぶをはじめとする旬の野菜を販売する石井亮氏が代表を務める直売所でした。この日のことを石井氏はこう語ります。

「差し出された名刺を見て、え?日立がウチに何の用?と驚きましたよ。詐欺じゃないのか?とずっと疑っていて、皆さんが帰られた後に、早速名刺の情報を検索しました(笑)」

テニススクールのコーチだった石井氏は、結婚を機に三浦に住むことになり、妻の実家の跡を継ぐ形で農業を始めたのですが、ほどなくして、三浦の農家が抱えている問題に気付くことになります。それは何か。「三浦と言えば大根。ただ、大根は野菜の中でも重くて、土の中から抜いたり運んだりする作業が大変で重労働。しかも労働時間は長い割に利益が薄い」ということ。

「5年後、10年後はどうなっているか?という視点で物事を考える」という石井氏。「40歳の今からこのまま大根を育てていったとしても、10年後に50歳となって、この重い大根を育てて出荷していくことができるのか…、いや厳しいぞ」と感じたと言います。しかも、三浦をはじめ、神奈川県の農家の多くは家族経営なので、労働力を確保するのは今よりもさらに難しくなるに違いない――。熟考の末に石井氏が選んだのは「かぶ」でした。大根が1度収穫できる間にかぶは2度できる、しかも一つひとつのサイズが小さく、かつ、売価も大根に比べて高いといったことも魅力だったのです。今から6年前のことでした。

PEEKABOO(ピーカブー)代表 石井亮氏

その後、徐々に自分のかぶ作りが軌道に乗ってきた石井氏は、ほかの農家、さらには三浦という地域のことに思いを巡らせるようになります。農家の集まりなどでよく耳にするのは「儲けが無くて大変だ…」という嘆き。しかも、若い人は都会に移り、農業に従事する人口は高齢化して減る一方。このままでは、農業だけでなく、三浦地域の先行きが厳しくなるだけです。かぶは三浦の地域で挑戦する価値は感じてはいるものの、収穫して出荷前に行う洗浄は人手も手間もコストもかかる大変な作業です。

そこで石井氏が思い至ったのは、まず、「質が高くしかも均質な野菜作りは、畑作業のプロである農家にしかできない」ということ。「野菜を作るプロの農家が売ることまでやるからこそ、野菜に説得力がついて、付加価値を出せる」ということ。そして一方で、「収穫後の洗浄や、スーパーへの営業といった、農家が苦手とする部分については、むしろそれぞれがやることはない」ということでした。「だから農家にはプロの腕を発揮してもらって、肥料や農薬から種まきまで、ウチが何年もかけて、試行錯誤したことで得たノウハウを提供し、同じやり方で作ってもらうようにお願いした。そこから先は、ウチが引き受けて集約することで、洗浄や箱詰めが適当で野菜の価値を下げてしまうというようなことを避けることもできる。結果、それぞれ利益も出せるし、新鮮な野菜をしっかりと消費者にもお届けできる、ひいては地域にも貢献できるのではないか、と考えました」(石井氏)。

三浦かぶの洗浄作業

石井氏からこのような話を聞いた時、日立のメンバーは、企業と地域との関係のあり方を考えながら、将来を構想するという日立のビジョンデザインとの親和性を感じました。「地域に対して思いを持った生産者である石井さんとなら、地域とその人びと、そして企業の新しい関係のあり方を探っていけるのではないか」(金田)と感じていくようになったのです。

子どもたちに「ワクワクする」三浦を見せたい

石井氏、そして三浦の人びとと日立は、その後もさまざまな対話を重ねていきました。そのような中で、浮かび上がってきた事柄が2つありました。

1つは、ビジョンを描く上で、「その地域の将来を担う子どもたちがワクワクして、その地域や人びとに希望や誇りを持てることの大切さ」です。三浦に限らず、農家の方々は朝から働きづめでとても忙しいだけでなく、高齢化が進み、さらには跡継ぎの問題を抱えているなど、課題が山積みです。食のありがたさ、自然との共生など、農業の尊さは大事であることは理解できるとしても、「『尊いけど、大変だから自分はそうなりたくない、ここにいたくない』と思ってしまうかもしれない。だから、そう思わせないためには、『この地域には楽しいことがあるよ、ワクワクすることがあるよ』と感じてもらうことが三浦の力になっていくと地域の皆さんと会話して感じるようになりました」(金田)。そして、三浦地域の抱えるこの課題は、これからの日本の課題とも捉えられるのではないかとの認識も持ったといいます。

石井氏・藤原氏と日立の対話

もう1つは、石井氏のように三浦以外の土地からやって来た人、もしくは地元出身でも1度外に出て三浦に戻ってきた人たちの方が、三浦に生まれ育ってきた人たちよりも、三浦の抱える課題を捉えやすいのではないかという気づきも得ることができました。

「アート」が生み出した疑問、異論、違和感、好奇心

一方で、「外から三浦に移り住んできた人に話を聞いてみると、地元の人たちの仲間に入れてもらえない、呼んでくれないと思われがちなことが多い」(石井氏)というような実情も知ることになります。ここで金田たち日立のメンバーは、確信に近い思いを抱きます。「外部の人間、つまり日立にも出番やできることがある」と。それは、三浦の内部と内部、そして三浦の内部と外部とのつなぎ役としての役割です。

ビジョンデザインプロジェクトの主任デザイナー 白澤貴司もこう続けます。「いろいろなものをつないでいくためには、石井さんのように、熱量を持った地元のキーパーソンがとても大切です」。こうして、石井氏ら三浦の人たちとの対話を重ねながら、日立の描くビジョンを三浦という社会にどう実装していけばいいのかを探る日々が続きました。

石井氏の思いを聞き続けることで、伝えるべきことはやはり、「いかに地域と野菜に『思い』を持っているか」という点だという手応えを日立のメンバーは抱くようになります。そして石井氏から聞いた内容をもとにアイデアを出し、それをまた石井氏にぶつけ、「おもしろいね」「おもしろくないね」との感想をもらったり、「そういうことじゃないんだよ、それは…」といろいろな「思い」の意味を詳しく説明いただくようなことを、繰り返し続けました。

地域の人々と対話するMeet upイベント

ここで、藤原氏のクリエイティブチームと日立のメンバーがこだわったのは、石井氏の思いや考えを自分たちの中で解釈し、咀嚼した上で、「アートとして表現する」ということでした。「これ」、という分かりやすい回答を提示するのではなく、人によって解釈の振れ幅の大きいアートという表現を用いることで、地域の人たちの間に疑問、異論、違和感、好奇心などさまざまな感情が生じ、それを機に議論が起こることを期待したからです。アートにはそれだけの求心力があると感じていました。

そこに、日立の技術を裏付けることで、表現の幅や選択肢が広がり、より豊かな表現ができるとの思いもありました。研究開発部門の中に、来る日も来る日もビジョンデザインのことばかりを考え続けているデザイナーの部隊を抱えているという、いささか浮世離れしたことをしている日立の人でなければ、地域の人の思いをアートとして表現し、社会の中に実装するというアイデアは生まれなかったに違いありません。

こうして創り出されたのが、石井氏の運営する無人直売所にさまざまなアイデアを加えて、そこを訪れる人をちょっとワクワクさせよう、という取り組み。買いたい野菜を選び、今回試作して設置した決裁端末に、購入金額を入力する…のですが、面白いのはここから。「おいしそう」「初めて三浦にきました」「三浦を応援したいです」などとさまざまな言葉が書かれた数十個ほどのふきだしのカタチに書かれたメッセージが対話型決済端末の隣に並んでおり、その中から3つ選んで設置台に載せると、少しだけ野菜の価格が変動し、購入金額の合計が表示されます。

例えば「いつとれた野菜ですか?」というメッセージを載せると、画面には「今日の朝取れたものを並べるよう努力しています」といったメッセージに続けて「8円まけとくよ」と値引きしてくれます。また「以前、三浦に住んでいたんです」を乗せると、「じゃあ、三浦を応援してもらっていいですか?」のコメントが付き、10円増やされた合計額を支払う、といったやりとりが端末上で繰り広げられます。無人の直売所ながら、決済にひと手間加えることで、生産者の思いと消費者の想像力が交錯し、そこから、地域内や地域と外部との対話や議論が生まれるきっかけになることを期待した、というわけです。

無人直売所に設置された対話型決済端末

日立となら「なんとかなるかもしれない」

石井氏のログハウスの直売所は、東日本大震災後に福島県に建てられた仮設住宅に使われた木材を移設して建てたものだそうです。本職の大工さんが2人で半日もあれば建てられるところを、石井氏はみんなで作りたいと考え、人を集め、1日がかりのイベントにしたうえで、組み立てたそうです。

対話型決済端末や、直売所を建てるイベントなどでも日立と協創することで、石井氏には、「技術はもちろんのこと、協創という概念や外部への発信力のある日立と組むことで、地域が活性化する何かにつながるのではないか」との思いが生じているといいます。

ログハウス無人直売所の組み立て

今後についても、石井氏の思いと、日立の社会課題を解決していく思いとの間に、あるビジョンが共有されつつあります。それは、ここで誕生したひとつの「場」が、ほかの「場」へとつながり広がっていくことで生まれてくるものを育てていきたい、という思い。これがやがては、地域の人びとの思いから、地域活性化やさまざまな課題の解決のために必要な仕組みを見出していくという取り組みが、住民主導で行われるようになることです。

例えば、地域の経済を支える「物流」には、大きな課題があります。物流業界も少子高齢化によるトラックの運転手不足が顕在化しています。「知り合いの物流会社の社長は、『人手不足だから、自分が運転しちゃうこともあるんだ』なんて言う。社長が現場に出てたら会社が回らなくなるのではと心配して言ったこともあったのですが、彼らにとってはそれだけ深刻な問題だということももちろん分かる。例えば現状、行きは荷物を載せていけるけれども、帰りは空で帰っているトラックが、AIや業種を越えたネットワークなど日立の技術やシステム面で支援してもらうことで、行きも帰りも荷物を積んで走れるようになるんじゃないかとか、物流業界の人手不足が解消するんじゃないか。そうなれば環境にも優しいし、コストにも直結するから、ウチの商売に引きつけて言えば、消費者は安い野菜を買うことができるし、利益は生産者のもとにも還元される。こういうサイクルが生まれると、本当に嬉しいです」(石井氏)。

「このような話は地域の物流会社の社長とはさんざんしてきたが、これまでは『そんなの無理だよ』で終わりでした」と石井氏。ところが、「日立と付き合っていると、なんとかなるんじゃないか、というような気になっている。こう思えることがとても大切なんじゃないかな」と石井氏は続けます。

「それからね、直売所じゃなくてもいいんだけど、三浦の他の場所と場所をつなげて互いの情報を見れるようにすることで、三浦の中で人が回っていくシステムが作れないかと思っているんです」。三浦の地域全体を活性化させる思いを語る石井氏の夢は、尽きることがありません。

「場」を設けることで人が集まり、心が通い、対話が弾み、何かが生まれる。企業と地域の協創を探る中で日立が積み上げてきた知見が、石井氏や三浦との協創を生み、地域を活性化させる新たな「場」の始まりとして、「未来のまちづくり」に向けた芽が出ようとしています。

(左)日立 ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー 白澤貴司
(中央)PEEKABOO(ピーカブー)石井亮氏
(右)日立 ビジョンデザインプロジェクト デザイナー 金田麻衣子
(撮影:吉成 大輔)
  • 現在は新型コロナの影響で直売所休止中