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データ分析で健康寿命を伸ばせ 日立と北海道国保連が協創

KDB Expanderを使用する保健師

日本の健康保険制度は、職種や年代によってさまざまな種類があり、また運営している組織が違うため、保険加入者のデータはそれぞれの組織で管理されており、地域の健康課題を把握するのが難しいという問題があります。

この問題を解決するため、日立製作所は北海道国民健康保険団体連合会(北海道国保連)と協創し、異なる保険制度のデータを集約させて、地域に住む人々の健康・医療情報を分析するプラットフォーム「KDB Expander」を新たにつくりました。

どのような経緯で、このプラットフォームは生まれたのか。そのメリットは何か。日立と北海道国保連の担当者に話を聞きました。

保健師はデータ分析をする時間がない

KDB Expanderは、北海道の人口の7割に及ぶ、約370万人分の健康診断結果やレセプト(診療報酬明細書)などの情報を集約し、保健事業推進に役立つ分析レポートを北海道の各市町村に提供するシステムです。

開発の背景には、生涯を通じた病気の予防・健康づくりを推進することで、少子高齢社会であっても社会活力を維持するために、社会を支える人が1人でも多くなってほしいという思いがありました。

「社会を支える、働く、そのためには健康寿命を伸ばすことが必要不可欠です。保健事業を推進する市町村等の現場のニーズを把握し、本当に何が必要かを理解した上で、健康・医療情報を効果的かつ効率的に活用する仕組みをつくりたいと考えていました」

こう語るのは、北海道国保連・保健事業課長の菊地秀一さんです。しかし、北海道は小規模な市町村が多く、地域の保健師が慢性的に不足しています。健診やレセプトのデータを活用して、予防・健康づくりの取り組みを行いたくても、その余裕がないというジレンマがありました。

北海道国保連の菊地秀一さん
北海道国保連の菊地秀一さん(写真:野崎 航正)

そうしたジレンマを解消すべく、名乗りを上げたのが日立製作所の公共システム事業部でした。担当のシステムエンジニアの大桃貴之さんは菊地さんから課題を聞き、「データの利活用なら日立の得意分野。ぜひ力になりたい」と決意しました。

国保と協会けんぽのデータを集約

しかし、大きな壁もありました。それは、北海道国保連が管理している健康診断やレセプトのデータだけでは、北海道全体を包括するような分析ができないということです。

北海道国保連が管理するのは、国民健康保険、後期高齢者医療保険、介護保険の三つの制度のデータです。生涯を通じた予防・健康づくりを推進するためには、各年代の健康診断やレセプトのデータの利活用が必要となりますが、三つの保険では、働き盛りの40~60代のデータが分析する上で不足していました。

そこで、検討されたのが、全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部との連携です。協会けんぽは、主に中小企業で働く従業員やその家族が加入する日本最大の医療保険者です。

「協会けんぽと国保のデータと合わせると北海道の多くの人口をカバーでき、サンプルとして十分な数になります」(大桃さん)

データ管理の方法が異なる協会けんぽと国保の連携には、技術的なハードルがありましたが、日立がこれまでに培った、保健事業に関わるシステム構築実績やデータ利活用のノウハウでクリアしました。

日立製作所の大桃貴之さん
日立製作所の大桃貴之さん(写真:野崎 航正)

「協会けんぽの別の事業で、システム構築を行った実績がありました。協会けんぽのデータの特性や、協会けんぽのセキュリティガイドラインに準拠したデータ管理方法について、日立社内にノウハウが蓄積されていました。そのため、協会けんぽ*1と国保の健康・医療データの集約*2を迅速で安全に実現することができました」(大桃さん)

独自のAIで生活習慣病リスクを提示

KDB Expanderが提供する分析レポートの一つである健康レポートには、個人の健康診断結果とともに、分かりやすい表現による健康アドバイスが記載されています。市町村の保健師が保健指導をする際にすぐにこのアドバイスを利用できます。

健康アドバイスは、日立独自のAIであるB3が健康診断結果やレセプトデータから分析をし、個人ごとの健康被害のリスクを導き出しています。糖尿病といった生活習慣病の発症のしやすさを提示しており、健康づくりの参考にできるようになったのです。

また、個人が居住する自治体の同じ年代・性別の平均的な健康度合いと比べて、個人の健康度合いがどれくらいのポジションにあるのかランク付けもしています。地域の同じ年代・性別の集団における健康のポジションを可視化することで、低いランクの対象者に自発的な健康管理を促すことが可能です。

これまで保健師が、何時間もかけて膨大な資料の中から自身で必要な数値を抽出して、データを分析し、保健指導していましたが、自動化により大幅に時間短縮が見込まれています。

健康レポートのイメージ

健康レポートの開発の際には、小樽市・室蘭市・北見市で過去6年分のデータを用いた実証実験を行い、AI学習や分析精度の向上を図りました。

ただし、健康に関する分析結果は、医学的なエビデンスがなければ信用してもらえません。そこで、札幌医科大学に監修を依頼し、計画段階からアドバイザーとして協力を仰ぎました。

「大事なのは、AIが予測したものをどう使うか。専門家の知見を加えることで、一つの解決策を示せたのではないかと思います」(大桃さん)

ほかの自治体でも活用できるシステム

北海道国保連は2023年7月、協会けんぽ北海道支部と苫小牧市、新ひだか町と「健康づくり推進に向けた三者間による連携協定」を締結しました。保険制度の垣根を越えてKDB Expanderを活用し、特定健診の受診率向上や喫煙対策などの保健事業を進めていきます。

さらに、KDB Expanderのデータ管理期間は、現在は10年ですが、一部のデータについては30年以上へと延長することも計画しています。

菊地さんと大桃さん(写真:野崎 航正)

「管理期間が30年以上になれば利点が増えます。例えば、40歳の時に健康診断を受けていた人と受けていない人が、75歳で後期高齢者医療保険に入る時にどんな健康状態になっているか比較調査ができます。新しいデータが提示できれば、健康のために生活を改善する人が増えると期待しています」(菊地さん)

大桃さんは「ほかの地域よりも早く健康寿命の課題に直面した地域である北海道で作ったこのシステムは、ほかの自治体でも応用ができます。今後は日本全国に広めていきたいです」と抱負を語ります。

日立と北海道国保連の協創による健康の種は、今まさに芽を出し始めたところです。

  • *1
    全国健康保険協会(協会けんぽ)のデータは、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)に基づき、個人識別ができない匿名加工情報として協会けんぽ北海道支部から提供されたものです。
  • *2
    北海道国保連が管理するKDB(国保データベース)など複数のシステムからデータを連携したほか、匿名加工された協会けんぽのデータを本システムが稼働するサーバーに集約格納。データは、強固なセキュリティで担保された独自ネットワーク(国保医療保険ネットワーク)内に設置された特定端末のみで参照できます。