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EVを動く蓄電池としてデザイン 災害時のエネルギー供給の助け合いを支援

移動や運搬の手段である電気自動車(EV)を「動く蓄電池」と捉え直して、災害時に活用する──日立製作所の研究者、森木俊臣さんがデザインする新しい社会の仕組みです。

かつて「デザイン」といえば、プロダクトやグラフィックといった目に見えるもののデザインが中心でした。しかし今では、デザインの対象は、サービスやシステム、ビジョンへと広がり、さらに、社会課題の解決にも活用されるようになっています。

「災害時EV活用ソリューション」という新しい仕組みのデザインに取り組む森木さんに、社会システムをデザインする上で心がけていることや課題と感じていることについて聞きました。

「社会課題に向き合う仕事」と出会う

インタビューに応じる森木俊臣さん
インタビューに応じる森木俊臣さん(撮影:齋藤 大輔)

──森木さんが社会システムのデザインを手掛けるようになるまで、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。

森木俊臣(以下、森木):1999年に入社し、中央研究所に配属されました。情報工学の修士号を持っていて、入社後はコンピューター開発に15年間ほど携わりました。そのときは、コンピューターの高速化のように「技術を突き詰めること」に喜びを感じていました。

その後、2016年から1年間北米の拠点へ出向しました。一般の企業向けのサービスやUIデザインを担当している部署です。そこで、最先端の技術を活用し、どうやって社会の課題を解決していくか、というスタートアップ的な考え方に触れて感銘を受けました。

帰国後は、研究者とデザイナーが一緒になって働くデザインセンタで、自治体や地域の方々と対話しながら、新しい社会のシステムを考えていく活動を始めました。研究活動を通して周囲にいい影響をもたらすにはどうしたらいいか、よく考えるようになりました。

──現在の仕事内容について教えてください。

森木:デザイン思考を用いてより大きな視点から、社会課題を解決に導くということを日々行っています。

地球温暖化などのさまざまな課題がある中で、どのようにエネルギーを安定供給し、社会システムに再生可能エネルギーをどう組み込んでいくのか。電力会社や自治体、地域住民の方々と話し合いを重ねながら、新しい社会のありかたをデザインしていこうという取り組みを行っています。

新たな視点から社会を見つめなおす

ソリューションを説明する森木さん
ソリューションを説明する森木さん(撮影:齋藤 大輔)

──森木さんが取り組む「災害時EV活用ソリューション」とはどのようなものなのでしょうか。

森木: EVを単なる移動手段ではなく、「動く蓄電池」と捉え、電気の提供者と利用者のマッチングを行うことで、災害時のエネルギー供給を支援するソリューションです。これまでEVは「何キロメートル走れるのか」という観点で評価されてきましたが、実は蓄電池として見ると、EVが1台あるだけで、ひと家族の消費電力が1週間まかなえるという側面があります。

災害時EV活用ソリューションの概要

災害時にはEVを提供できる事業者を募集し、その応募情報をもとに、避難所との最適なマッチングを算出します。災害発生時にエネルギー充足度や給電開始までのリードタイムを最小化するためのEV派遣計画の立案などを行っています。

国分寺で実施した検証によると、現在のEVや充電スタンドの普及率でも、小規模な停電であれば、避難所の必要電力を十分に供給できることが分かっています。

(撮影:齋藤 大輔)

──なぜ、「災害時」に着目したのですか。

森木:地球温暖化やエネルギーの最適化は、必要なことだと頭では分かっていますが、身近な問題になりづらい課題のひとつです。それを防災という切り口で考えると、「災害時に電気が使えなくなると困る」と、身近な課題になりうるというのが一番の理由です。

防災や災害というテーマに対しては自治体や地域住民の方々の関心度が明らかに異なり、積極的に関わってくれる手応えを感じました。エネルギー問題の解決に生かせる技術はすでにある。その技術を社会の中でどう生かしていくかをずっと探し続けてきた結果、「災害時EV」という一つの解に出会えたというのが近いかもしれません。

“地産地消”の新たなインフラづくり

──プロジェクトを進める上で、どのような点に苦労しましたか。

森木:とてつもなく多い関係者の、はざまにあるシステムである点です。電力会社はもちろん、災害対策を行う自治体や、EVを所有している企業や個人などさまざまな関係者がいます。災害時に何を必要とするかもさまざまです。同じ地方自治体であっても、「過去に大きな災害があったかどうか」という歴史的経緯によって、防災に対する価値観が異なる傾向も見られます。

多様な関係者に、私たちが提供している技術やシステムの価値が届くまで、伝え続けることが重要だと実感しています。

──今後の展望について教えてください。

森木:平常時に発電した電力をEVに貯めておき、非常時に使用するという「災害時EV」の発想は、さまざまな応用が可能です。例えば、昼間に太陽光発電したものをEVに貯め、夜に使うことができれば、夏の間、発電量を少なく抑えられる世界が実現するかもしれません。各地域で電力の調整をうまく行うことで、電力需要のピークや落ち込みを調整できる可能性もあります。一見すると、各地でバラバラなことを行っているんだけれど、実は全体でみると、EVが新たなエネルギーのインフラにもなりうる。

何よりエネルギーを「誰かが与えてくれるもの」ではなく、自分たちで生み出し、調整する“地産地消”のものとして捉えられるようになることで、新たな地域との関わりが生まれてくる可能性もあります。非常にチャレンジングですが、取り組む価値があると信じています。

(撮影:齋藤 大輔)

<森木さんが社会課題のソリューションをデザインする上で大切にしていることは何でしょうか?>

森木:「自分を偽らないこと」です。プロジェクトを進める上では、さまざまなステークホルダーと意見を交わし、時にはしがらみに悩まされることもあります。しかし、迷ったときは「自分が本当にやりたいこと」に立ち戻る。自分が心底やりたいと思うことを、裏表なく「やりたい」と言い続ける。それがプロジェクトを前進させる力になります。そのうえで、独りよがりにならず、いろいろな人を巻き込んでいけると良いなと思います。