Hitachi

ケアリーバーに食料支援で見守り、子どもから大人へ自立後押し

貧困や虐待、事故などにより、親と一緒に住むことができなくなってしまう子どもたちがいます。そのような子どもは児童養護施設に入所したり、里親に預けられたり保護されます。安定した生活を再び送れますが、その保護も原則18歳までとなっていました。18歳を迎えると成人と見なされていたからです。児童養護施設や里親の元を離れると、社会的養護経験者(ケアリーバー)と呼ばれ、頼れる大人がいない中で自立を迫られます。虐待の経験から精神的に不安定で、住む場所や食べ物にも困るケアリーバーも少なくありません。彼ら、彼女らが、独り立ちができるよう、そして、社会とのつながりが失われないよう、ITツールを活用した食料支援が始まろうとしています。

「普通の家族と比べて限界がある」

普通の家族と比べて限界がある──独りで暮らすケアリーバー、山本啓介さん(仮名)は29年間の半生をこう振り返りました。直面してきたのは、自分で選択する機会が得られなかったことです。

山本さんは幼いころ、両親が離婚し、母親と弟と妹で暮らしていましたが、ある日、外に出て行ったきり母親は帰ってきませんでした。母親が蒸発した理由は今も分かりません。山本さんは当時まだ8歳。そのまま暮らしていけるはずもなく、里親の渡辺洋子さん(仮名)に保護されました。弟と妹と一緒に渡辺さんの元で暮らせた日々を山本さんは幸運だったと言います。しかし、その時はやってきます。「18歳の壁」と呼ばれる、自立を迫られる年齢です。

18歳を迎え、山本さんは悩んだ末に、衣食住が保障されているという理由から、自衛隊に入隊しました。「機械が動くところが好きだったので、工業系の専門学校に行きたいと思っていました」と振り返ります。「渡辺さんにも迷惑を掛けたくないし、早くお金を稼いで独り立ちしなければいけない」との思いで生活のためのお金を稼ぐという焦燥感があり、進学を考える余裕はありませんでした。

半生を振り返る山本さん

自衛隊で約2年の任期を終えてから、民間企業に勤め始めます。しかし、十分な収入を得られず、平日は勤務を終えると毎夜、コンビニエンスストアへアルバイトに出掛けます。

「高校卒業の自分では、大学を卒業した人に比べて昇進のチャンスが少ないし、給与的にも見劣りします」

生活のために、体力的に辛くてもアルバイトに励み、節約に努めます。300円台の社食を買うこともためらわれ、自身で料理をすることも覚えました。

周りに打ち明けづらい、どうしたらいいか分からない

「周りに状況を打ち明けたり、行政の支援を探したりしてみてはどうでしょうか?」と聞くと、山本さんは「自分から進んでは周囲に言えない」と話します。ほかの人と違うところに負い目を感じ、会社で自身の境遇を知る人は一部。行政の支援についても、どれが条件に当てはまるか、ケアリーバーを対象とする支援があるのか、探して申請する時間より、アルバイトをこなすことを選択してしまいます。

独り暮らしで家事を覚えた山本さん

住宅の保証人など、里親の渡辺さんに頼ることはありますが、里親に頼れるのは稀なケースです。ケアリーバーはその境遇から精神的に不安定になりやすく、自立してすぐに連絡が途絶えてしまう可能性があります。多感な時期でもあり、児童相談所や里親の心配を嫌うケアリーバーもいます。他者とのつながりが無くなることで、保護を離れて3~4年後に困窮に陥りやすいといわれています。

一方で、里親の渡辺さんは保護する側の児童養護施設について「毎年新しい子どもが入所するし、職員の異動もあるので、退所後の一人一人に丁寧にケアするのは難しい」と説明します。「里親も里親で高齢化が進んでおり、いつまでもというわけにはいかない人もいます」とも付け加えました。

国もこの状況を打破しようと、2024年4月から改正児童福祉法を施行し、原則18歳までとなっている年齢上限を撤廃。個々の状況や保護を受ける子どもの意向を踏まえ、都道府県知事が適切だと認める時期まで支援が続けられるようになりました。しかし、既に18歳を迎え自立を迫られて、孤立している若者、ケアリーバーも社会で存在し続けています。

食料支援をしながら、見守る仕組みを

困窮するケアリーバーを支援するため、日立製作所は2023年6⽉から2024年3⽉、⼀般社団法⼈全国フードバンク推進協議会と協業し東京都や山梨県、福岡県などで、実態調査や実証事業を展開しました。ケアリーバーに対して継続的な見守りや相談、食料支援を、ITツールを活用してできないか試みました。これまで無かったケアリーバー向けの支援方法をつくるものでもあり、内閣官房孤独・孤立対策担当室の令和5年度孤独・孤立対策活動基盤整備モデル調査としても採択されています。

プロジェクトを率いた日立製作所の小野島直子さんは「日立がケアリーバーの支援と聞くと不思議に思う人もいるかもしれませんが、日立には、生活困窮者が使う相談アプリの開発や若者の悩み相談のデータ分析、東京学芸大学こどもの学び困難支援センターと共同で虐待・いじめなどの理由で通学できていない児童の学校以外での行動をAIで分析し、児童の特性を生かしたケアを支援した実績があります」と語ります。

実証では、これまで紙に頼ることの多かった食料支援の申請を、インターネットを介してアンケートに答えて申請する形式にしました。実証に参加した山本さんも「アルバイトの合間に申請ができ、紙より申請したいと思いやすい」と話します。さらに今後は、アプリから申請できるよう開発を進めます。若者のライフスタイルに合わせ、申請の心理的なハードルが下げられ、児童養護施設や里親に保護されている間にアプリをダウンロードしておけば、困った時に支援制度を探さなくて済むようにもなります。

インタビューに応える小野島さん

さらに、食料支援申請だけではない、アプリの機能拡張をめざしています。一つは、支援の申請状況が、児童養護施設や里親に通知される機能です。ケアリーバーが事前に児童養護施設や里親を登録すれば、連絡を頻繁に取れない関係に陥っても、「支援申請をしていて困っていそうだ」と分かる緩やかなつながりができます。行政には数人の職員で孤立や困窮について都道府県全域を担当しているところもあるため、緩やかなつながりが、セーフティネットとなって、最悪の事態を回避する可能性があります。

開発を進める食料支援アプリの利用イメージ

ほかにも、人には相談しづらかったり、相談できる人がいなかったりする生活の疑問に答えるチャットボット機能の追加を進めています。ケアリーバーの中には、家族との対話を通じて知る機会がないために、公共料金の契約方法やATMの使い方など生活に必要な知識が分からないことがあります。インターネットで検索しても情報があふれています。そこで、多数のサイトの照会をしてケアリーバーが方向性を誤らないように、人間らしい応答や簡潔で分かりやすい回答をAIで生成して、専門家の知見や公的機関といった確かな情報源に導きます。支援者や制度の存在を伝えることで、社会とつなぐこともできるようにします。

開発を進めるチャットボットのイメージ

「調査と実証を通じ、ケアリーバー支援においてもITが役立つ場面が多いと実感しました。めざすのはデジタルの力で人間が支え合って、取り残されない社会です」と小野島さんは力強く話します。