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CO2を衣服の原料やエネルギーに カーボントランスフォーメーション

「地球は沸騰している」。国際連合のアントニオ・グテーレス事務総長は2023年7月、世界の平均気温が上昇していく見通しを受けて、地球温暖化が加速している状況について危機感を示しました。地球温暖化により、類を見ない大雨、干ばつや山火事などさまざまな被害が世界中で報告されています。

地球温暖化の主な原因は、人間が生活を送るために排出する二酸化炭素(CO2)の増加です。「火力発電を減らして、CO2を減らそう」「ガソリン車からEV(電気自動車)に切り替えて、CO2を減らそう」。世界は化石燃料を燃やすことで発生するCO2を減らす努力を続けています。

そのような中、画期的な研究が始まっています。大気中のCO2を回収して、衣服の原料やエネルギーとして利用するための研究です。日立がめざす未来「世界を、空から変えていく」。本当に実現可能なのでしょうか──最先端の研究について解説します。

第28回気候変動枠組条約締約国会議(COP28)でも紹介する日立のめざす未来
COP28での出展について、詳しくはこちらをご参照ください。

CO2排出削減には限界がある

二酸化炭素(CO2)はその名が示すように、酸素と炭素(Carbon、カーボン)が結合した物質です。地球上のどこに、どれだけの量の炭素が存在していて、どのように移動しているのか。その概略を表したものが下の図「地球の炭素循環モデル」です。

地球の炭素循環モデル

この図を見ると、植物体は炭素、つまりCO2を排出していますが、光合成により大気からCO2を吸収しています。海にも海洋植物がいて、CO2の排出と吸収のサイクルを回しています。しかし、大気から人間に向けた矢印がないことからも分かるように、生物としての人間はCO2を吸収できません。

人間活動で大気にCO2として放出される炭素は、増加傾向にあります。さらに、森林減少によって、本来は植物体に吸収されるはずだった炭素が大気に移動しています。そのため、これまで循環していたはずだった炭素が、年間で51億トンも大気中に残って増えていくと試算されています。

森林の消失も人間の活動によるものです。衣類の原料となる綿などを作るため、森林が伐採されて農地に姿を変えています。山火事による消失も増えています。地球温暖化の影響もあって、異常に空気が乾燥し、大きな山火事が頻発するようになりました。

CO2排出の推移

現在、世界各国はCO2の排出量を減らす努力を重ねています。しかし、人間の活動をゼロにはできない以上、どうしても減らせない排出もあります。そこで、鍵になってくるのが、大気中のCO2を回収して、社会に役立つ原材料として利用するまったく新しい技術です。

集める「DAC」と利用する「CCU」

CO2を活用するためには、まず空気中のCO2を集める必要があります。CO2排出をゼロに近づける上で、キーワードとなるのが「DAC(Direct Air Capture)」です。大気から直接CO2を回収する技術を指します。具体的には、空気を装置に取り込み、化学反応や吸着などによって、CO2のみを抽出します。抽出方法として、液体に溶かすほか、吸収剤、薄膜を用いる研究が進められています。

Direct Air Capture

こうして回収したCO2を利用する技術を「CCU(Carbon Capture and Utilization)」と呼びます。CCUは、CO2の「直接利用」と、ほかのものに作り替える「間接利用」の大きく2種類に分けられます。

身近な「直接利用」の例として、ジュースやアルコール飲料などに含まれる炭酸ガスが挙げられます。こうした飲み物としての利用だけではありません。植物や藻といった生物は、CO2によって光合成が加速するため、温室などでの生育促進にも活用できます。また、固めてドライアイスにすれば、生鮮食品の冷却や輸送にも役立ちます。

しかし、CO2のそのままの直接利用では、使える場面が限られるため、利用できる量にも制限があります。そこでポイントとなるのが、もう一つの「間接利用」です。衣服に使用できるポリウレタンといった化学繊維のほか、コンクリート、水素と合成した燃料への加工が想定され、実用化に向けての開発が進められています。

Carbon Capture and Utilization

「CCU」「CCS」「CCUS」の違い

CO2対策としては、CCUと似た言葉の「CCS(Carbon Capture and Storage)」という技術もあります。こちらはCO2の利用ではなく、貯蔵(Storage)する技術で、CO2が出てこられないような深い地層に封じ込めることで、大気中のCO2量を削減するものです。

「CO2を回収する」という意味で、DACとCCSは近いですが、DACが大気中からCO2を集めるのに対して、CCSは工場や火力発電所から高濃度のCO2を集めるため、回収場所や形態が異なります。CCUとCCSを合わせて、「CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)」と呼ぶこともあります。

CCUやCCUSはまだまだ始まったばかりです。日本の経済産業省は2023年6月、2050年にカーボンニュートラル目標を実現するために「カーボンリサイクルロードマップ」を策定しました。ロードマップでは2030年ごろからCO2活用が始まっていくとみています。

カーボントランスフォーメーション

日立でも2022年、DACとCCUに関する研究プロジェクトが始動しました。これまでの触媒やデバイス開発の技術を生かしながら、2050年時点でどんな社会課題を解決しないといけないかを見据えて技術開発に取り組みます。

研究プロジェクトのコンセプトは「カーボントランスフォーメーション(CX)」。炭素循環モデルでは登場しなかった、人間活動によるCO2循環を創りだすことを目標としています。それにより、地球上でのCO2循環のバランスを取り戻します。プロジェクトを率いる日立の技師長、鈴木朋子さんは「CO2と人との関わりを変える研究です。そして、世界の人々のウェルビーイングに貢献するプロジェクトでもあります」と熱く語ります。

インタビューを受ける鈴木朋子さん(写真:齋藤 大輔)

先進国に住む人々は、大量のCO2を排出してきたからこそ経済発展や便利な生活を手に入れてきました。それを発展途上国はこれから体現しようとしています。豊かな生活、多くの対価を求めて、森林を結果的に伐採しています。カーボントランスフォーメーションの実現によって、原料や燃料をCO2で作り出すことができれば、森林の伐採を防げる可能性が高まります。

研究プロジェクトで、実用化が期待されるのは、開発を進める人工光合成装置です。装置が植物の光合成と同じ機能を果たしてくれます。光と水があれば、CO2を酸素と原料や燃料に変換することができます。

日立が開発を進める人工光合成装置のイメージ

実現が待ち望まれる技術ですが、鈴木さんは「課題もある」と話します。本当にCO2を循環させるには、ビジョンに共感する仲間づくりが大切です。回収を実現する仲間や、でき上がった原料や燃料で実際に経済を回していく仲間たちです。

課題があっても、鈴木さんは諦めません。

「地球上でのCO2循環のバランスを取り戻すため、幅広い業界へコンセプトを発信しながら仲間を増やしていきたいです。仲間たちとの協創を通じて、社会が受け入れやすい技術開発をめざします」

 鈴木朋子さん(写真:齋藤 大輔)
鈴木朋子さん(写真:齋藤 大輔)