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    仕事を心から楽しんでいる人はどれぐらいいるでしょう? 仕事は生活のための活動でもある一方、仕事は生きがいを感じるための活動でもあります。しかし、仕事には悩みもつきものです。「自分の個性を発揮できない」「成果に見合った報酬が得られない」「職場や仕事関係の人間関係に悩んでいる」――。“やらされ感”を感じながら仕事を進めていると、楽しく働けないだけでなく、自主性やモチベーションが損なわれ、生産性の低下にもつながりかねません。

    例えば企業においてはそれぞれの個性や自主性が尊重される職場で、チーム内の人間関係が良好であれば、もっと楽しく仕事ができるはず。企業側としても、快適な環境で社員が幸せに働ける「場」を提供できれば、生産性の向上も期待できます。幸せに働けることは、社員のQoL(Quality of Life)全体の向上にもつながることでしょう。

    幸せな働き方を実現するためには、個々の社員の「幸せ」を見える化する、つまり何らかの方法で計測し、計測結果を高めるために対策を練るのが一つの手です。これを可能としたのが、人それぞれに合わせた働き方改革を支援するスマホアプリ「ハピネスプラネット」です。

    事例の概要

    • 背景
      「ハピネスプラネット」を開発するきっかけは「知識労働の生産性を50倍にしたい」という日立の開発者の思いだった。心理学の研究論文を調べたところ、幸せが知識労働の生産性に深く関連していることが分かった。
    • 取り組み
      「ハピネスプラネット」の目的は、人それぞれに合った働き方を支援すること。それによって自主性をもって働くことにつなげ、仕事のやりがい、幸福感を満たすことをめざすサービス。必要なのはスマホのアプリだけ。毎日繰り返し使用することで、どのような働き方が自分に合っているのかを知ることにもつながる。
    • 実証
      「ハピネスプラネット」は2018年から日立が実証実験を行っているサービスで、これまで「働き方フェス」と呼ぶユーザー参加型の実証実験を4回開催している。その中で、首都圏を中心としたファッションビルなどの小売事業や「エポスカード」などのフィンテック事業で成長を続ける丸井グループは、「働き方フェス」に積極的に参加している企業の一つ。実際に「ハピネスプラネット」を体験することで、チーム内の人間関係が活性化したり、心理的なつながりの強化を実感したりしているという。
    • 展望
      「幸せ」を測定できる「ハピネスプラネット」は、社会のさまざまな活動におけるアプリケーションのベースになる可能性を秘めている。「幸福度」を見える化したうえで、それを高めるように改善を重ねれば、あらゆる社会活動が人々を幸福にする手段として有機的に機能するようになる。日立は実証実験を通じて得た知見やノウハウを活用し、さまざまなパートナーと共に、幸せな職場、幸せな暮らし、そして幸せな街を実現するために取り組んでいく。

    背景

    「知識労働の生産性を50倍にしたい」という想いが出発点

    日立製作所フェロー、未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダーの
    矢野和男 (撮影:吉成 大輔)

    「ハピネスプラネット」を開発するに至ったきっかけについて、開発者の日立製作所フェロー、未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダーの矢野和男は、「知識労働の生産性を50倍にしたかったから」と語ります。マネジメントの父と呼ばれるピーター・F・ドラッカー氏によれば、フレデリック・W・テイラー氏が提唱した「科学的管理法」によって、製造業における肉体労働の生産性は20世紀に50倍に向上したといいます。しかし、同時にドラッカー氏が著書『ポスト資本主義社会 ― 21世紀の組織と人間はどう変わるべきか』(1993年)で述べていたのは、知識労働の生産性を上げていくことが21世紀に期待される最大の偉業であるということ。そこで矢野が始めた挑戦がこの「ハピネスプラネット」です。もし、知識労働の生産性を、ITを活用して、50倍にすることができれば、「全く新しい社会が来るはず。だからこの大きなテーマにかけてみようと思ったのです」(矢野)。

    知識労働は単純作業とは異なり、生産性を高めるためには、働く人の心の状態をより良くしなくてはならないと考えた矢野は、心理学の研究論文を調べます。すると、「生産性と幸せとの関係をデータから明らかにする論文が増えていることがわかりました。幸せが知識労働の生産性に深く関連していることが明らかになっていたのです」(矢野)。

    この20年、幸福と生産性やそのための要因に関する学術研究が急速に進展する中で、重要な発見や概念が見出されました。その中でも特に注目されているのが「心理的安全性」です。組織には上下関係があり、常に誰かから評価される場であるため、率直な発言をせず、黙っていることでリスクを避ける、という選択肢が常にあります。これを乗り越えて率直に発言できるよい関係があることを「心理的安全性」と呼びます。「心理的安全性」が低くなると、従業員の幸福度が低下し、生産性や創造性が低下し、心身の健康の低下や離職、さらには事故などに繋がります。「この、従来定量化できなかった、よい人間関係を、テクノロジーを使って客観的に数値化することに成功しました。しかも、よい組織には、人と人が互いに繋がりあっていてムラがなく、会議での発言が均等で、会話の相手と身体運動が同調する、という特徴があることが分かりました。」(矢野)。矢野のグループは、このような人間に関する科学的な発見とそのためのテクノロジーに関する功績で、2020年には、世界最大の学会であるIEEE(米国電気電子学会)よりFrederik Phillips Awardを授与されました。

    取り組み

    個人に合った働き方を実現するため幸福度を「見える化」

    「ハピネスプラネット」は、仕事を通して、人の「前向きな心」と「信頼できる関係」を引き出し、これにより、経営方針の前向きな実行を支援するテクノロジーです。「心理的安全性」を客観的に計測し、テクノロジーを使って向上させることができます。「人を幸せにしているか」を共通の物差しとして毎日数値で確認できるため、人間関係などの改善を可能とします。必要となるのはスマホのアプリのみ。誰もが容易に参加できるのが特徴です。

    「ハピネスプラネット」の画面と働き方改革の仕組み

    アプリに搭載されている機能は大きく二つあります。一つは毎日のアクションを実践する機能。例えば、「人の話をよく聞く」「自分でなくともいいことを誰かに頼む」など、その日に実践しようと決めたことを、毎朝「チャレンジ」として自らがアプリ上で宣言します。夜にはそのチャレンジに対して、結果がどうだったかを報告します。1日1分でもこれを行うことで、前向きな方向に心理的なアテンション(注意)の向き先が変わります。これを習慣化することによって、心が前向きになることが検証されています。

    二つ目の機能は、よい人間関係を計測する機能です。計測した結果は独自の指標である「ハピネス関係度」として数値化します。人は、相手に共感や信頼を示すときも、逆に不信や拒絶を示すときも、それを直接言葉にすることはまれです。むしろ、無意識に体を相手に同調させたり、逆に同調させなかったりすることで表現します。この非言語コミュニケーションは乳児でも備えている人の本能的な能力なのです。日立では10年以上かけて、自社開発したウエアラブル技術を駆使して延べ1,000万日を越える人の行動データを測定してきました。これらの結果から、幸せで共感や信頼のある人間関係には、身体運動に無意識の特徴が現れることを発見しました。

    アプリでは、スマホに搭載されている加速度センサーを使ってこの特徴パターンを検出し、「ハピネス関係度」として数値化します。スマホを1日3時間以上身に着けてさえいれば、検出は可能です。この「ハピネス関係度」の高い組織では、コールセンタでも、法人営業においても、受注業績が3割程度高いことが実証されています。

    さらに、同じ仕事のチーム単位で、「ハピネス関係度」の平均を表示する機能もあります。個々人が毎日チャレンジをチームメンバーに対して宣言し、それをメンバー同士で応援し合う。その間、アプリ内では「ハピネス関係度」をモニタリングし、どのような行動を取ったときに「ハピネス関係度」が高まったのかを検証します。このサイクルを繰り返すことで、組織全体の幸福度と生産性を高めていくことが可能になります。

    実証

    チャレンジにより幸福度が高まることを実感

    丸井グループのグループ会社、丸井 イベント開発部長 池田信男氏(右)とエムアンドシーシステム R&Dセンター グループプロセスイノベーション担当 マネジャー 稲垣志明氏(左)。グループ全体の横断プロジェクトである、「ウェルネス経営推進プロジェクト」のメンバーでもある。
    (撮影:吉成 大輔)

    「ハピネスプラネット」は、2018年から実証実験を行っており、「働き方フェス」と呼ばれるユーザー参加型の実証実験が既に4回開催されています。「働き方フェス」は、約3週間の期間で開催され、5人以上でチームを組むのが参加条件です。チームごとの「ハピネス関係度」を計測して競い合うとともに、日々チャレンジ宣言をして他の参加チームにも共有します。これまで4回の開催で、83社、延べ約4,300人が参加しました。

    「働き方フェス」に積極的に参加した企業の1社が丸井グループです。丸井グループは、昨年宣言した「丸井グループビジョン2050」の中で「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブで豊かな社会を共に創ること」をめざす、としています。そのビジョンの具現化に向けた社内の横断プロジェクトである「ウェルネス経営推進プロジェクト」の中で出た大きな課題が「しあわせを評価する指標がない」ということ。「しあわせを数値化する方法を模索していた時に日立の技術を知り、これを活用する方法を考えてみようという話になった」(丸井 イベント開発部長の池田信男氏)といいます。

    2019年2月に開催された「働き方フェス」では、丸井グループから43チーム、計300人もの社員が参加しました。全体で133チームが参加したその回の「働き方フェス」で、1位を獲得したのは丸井グループのチームでした。「当時、私が店長を務めていた東京・町田店のチームは、異なる職種や年次などの社員で構成されていました。そのチームの「ハピネス関係度」が高かったのは、例えばテナントの方との懇親会を開催した日や、障がい者の方の施設に行って交流をした日など、普段やっていないことにチャレンジした日でした」(池田氏)。主体性を持つことが幸福度を高めるという気づきを与えてくれたといいます。

    丸井グループは、その後も「ハピネスプラネット」を積極的に活用するという方針を掲げ、2019年9月に開催された働き方フェスでは、前回のおおよそ2倍にあたる80チーム、598人が参加することになりました。

    働き方フェスでは、複数のチームで「ハピネス関係度」を競うため、チーム内での人間関係が活性化し、心理的なつながりが強まります。「使用しているメンバー間でちょっとした会話が増えるのがメリットです」(エムアンドシーシステムR&Dセンター グループプロセスイノベーション担当 マネジャーの稲垣志明氏)。他の人のチャレンジ宣言を見てコメントをしたり、「ハピネス関係度」の数値を検証し合ったりなどの「場」ができるといいます。

    展望

    「体温を測るようにハピネスを測ればいい」

    (撮影:吉成 大輔)

    また、アプリを使うことの効果は、「良い習慣作りができること」(池田氏)といいます。毎日チャレンジ宣言をして、その結果を報告する。これをコツコツと積み重ねることで習慣化され、「ハピネス関係度」に良い影響を与えます。「毎日、体温を測ることで体調の良し悪しを判断するように、『ハピネス関係度』を測ることで自分の幸福度が把握できるようになります」(池田氏)。

    「ハピネスプラネット」の幸せを測定できるプラットフォームは、「社会のさまざまな活動におけるアプリケーションのベースになる可能性があります」(矢野)。現代は、少子高齢化、気候変動、社会インフラの老朽化などさまざまな社会課題があります。このような社会課題を解決するためには、関係する人々が前向きに行動することが重要です。さまざまな人々の活動を後押しすることに貢献できるのが「ハピネスプラネット」です。例えば、「幸せな街」づくりを実践するためには、街に住む人、集う人が幸せに感じることは当然ですが、そのための指標として、「ハピネスプラネット」が測定した幸福度などを基にして、さまざまなパートナーと共にどう改善していけばよいかといった検討を重ねることが重要になってくるでしょう。

    日立は、ハピネスを最大化し、将来に向けて価値が高まる、幸せな街づくりにも取り組んでいます。「人を幸せにするか」を見える化し、あらゆることの「物差し」にすることにより、商品やサービス開発、さらには都市計画や政策決定などのあらゆる社会的な活動が、人々を幸福にする手段としてより有効に機能するようになります。「ハピネスプラネット」を用いて「幸せ」に関わるデータを測定・分析し、次の改善に生かすサイクルを回す。このようなサイクルを生み出すプラットフォームの開発に、日立は幸せな暮らしの実現めざすさまざまな業界のパートナーとともに、これからも取り組んでいきます。

    公開日: 2020年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 研究開発グループ

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