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日立の人:「自分の世界を広げてほしい」電子顕微鏡で子どもたちに理科教育支援
いま若い世代の「理科離れ」が問題になっています。理科に対する子どもの興味や関心が低下することで、将来の科学技術分野を担う人財が不足することが懸念されているのです。こうした問題を解決しようと、子どもたちに理科の面白さを伝えるため、理科教育の支援に取り組んでいる人がいます。
日立ハイテクの二瓶亜三子さん(46)です。二瓶さんが取り組んでいるのは「出前授業」。電子顕微鏡を小中学校に持っていき、子どもたちに昆虫や植物などを観察してもらい、ミクロの世界を体験してもらうことで理科への興味や関心を喚起しています。
理科に触れることで、自分の世界を広げてほしい――。そう語る二瓶さんは、これまで数回の転職を繰り返し、多彩なキャリアを積んできました。なぜ教育支援に従事するようになったのでしょうか。二瓶さんの半生に迫ります。
小さい頃から科学好き
幼い頃から科学に興味があったという二瓶さん。両親が買ってくれた腕時計の中身を見るために、時計を分解し、もう一度組み立てるような子どもでした。そんな二瓶さんが、小学校の卒業アルバムで書いた将来の夢は「理科の先生」。この頃から、科学の面白さを伝えたいという意識が芽生え始めていました。
「卒業アルバムには、白衣を着て試験管を手にした自分の絵も描いてあるんですよ。実際に理科の先生になりたかったというより、理科の実験の楽しさを通じて自分の世界を広げたい、その楽しさを共感してもらえる仕事に就きたい、ということをイメージしていました」
大学では化学を専攻し、分析機器を用いた考古遺物の研究に没頭しました。この頃、少林寺拳法部で出会った夫の信(まこと)さんは、二瓶さんについて「常々やりたいことがはっきりしています。学生時代からトルコの遺跡発掘調査に参加するなど、好奇心のかたまりのような人で、のめりこむときの集中力はいまも健在です」と話します。
卒業後も引き続き、国立文化財研究所で考古遺物の分析を行いましたが、その後、分析機器を製造する会社に転職。技術営業や研究開発に従事しました。しかし、やがてある疑問が生まれたと言います。
「新しい機器や技術が、世の中の役に立つという実感はありましたが、それらの科学的な原理や機能、何の役に立つのかをわかりやすく伝えられる人財が必要だと思うようになりました。そこでいったんキャリアをリセットして、『サイエンスコミュニケーション(科学のおもしろさや科学技術をめぐる課題を人々へ伝える活動)』の世界に飛び込むことにしたのです」
さまざまな分野でキャリア形成
サイエンスコミュニケーションを実践する場として二瓶さんが選んだのが、東京・お台場の日本科学未来館。ここでは、来場者に先端科学を伝えるイベントの企画や運営を行ったり、Webサイトに掲載される記事の執筆や編集を行ったりしました。子どもにも恵まれ、仕事に育児に奮闘する日々を送りました。
その後も科学の面白さや意義を伝えるため、さまざまな形でサイエンスコミュニケーションを実践してきた二瓶さん。内閣府の食品安全委員会や原子力安全研究協会に籍を置き、食品や放射性物質の安全性に関する情報を発信したり、メディカルライターとして医療情報を発信したりするなど、多彩なキャリアを歩んできました。
しかし、忙しい日々に追われる中、小学校に上がったばかりの息子から投げかけられた言葉で、「理科の面白さを伝えたい」という原点に立ち返ります。
「メディカルライターは社会的に意義のある仕事で、続けるべきとは思いつつ、子どもたちに理科の面白さを伝える仕事をしたいとも思っていました。そんなとき、『お母さんはその仕事を好きでやっているんだよね?』と息子から何気なく聞かれて、結構グサッときたんです」
こうして二瓶さんは、さまざまな分野でキャリアを積んだ後、2020年に日立ハイテクへ転職。子どもの頃の夢であった理科教育に携わることになりました。
日本科学未来館で同僚だった大場玲子さんは、二瓶さんについて「当時の日本科学未来館のスローガンは『科学がわかる 世界がかわる』だったのですが、まさにそれを信じて行動している人。冷静沈着で知的で、人を引きつける力があるから、子どもへの理科教育支援にはうってつけだと思いました」と評価します。
オンラインでも実現した「出前授業」
若い世代の「理科離れ」に歯止めをかけるため、日立ハイテクは2005年から、教育支援活動の一環として、「出前授業」を行ってきました。卓上型電子顕微鏡「Miniscope」を小中学校に持っていき、普段触れる機会の少ない“ミクロの世界”を子どもたちに体験してもらうというものです。
ところが、新型コロナウィルスの感染が拡大し、学校に赴くことができなくなりました。二瓶さんが日立ハイテクに入社したのは、ちょうどその頃でした。
「入社当時の目下の課題は、出前授業をコロナ禍でどのように展開するかでした。困難ではありましたが、諦めようとは思いませんでした」
そこで二瓶さんが注目したのが、日立ハイテクが2017年に開発した「ExTOPE(エクストープ)」。電子顕微鏡などから得られたデータをクラウド上で分析したり、解析したりできる技術です。これを応用することで、インターネットに繋がっている電子顕微鏡を子どもたちの手で遠隔操作できるようにしようと考えました。
しかし、リモート環境で出前授業を実施するには、学校側でオンライン会議システムを導入する必要があり、IT環境が十分に整っていない学校にとっては難題でした。
「子どもたち全員がインターネットを使うと回線がパンクしてしまう学校や、パソコン1台を数人で共有する学校もありました。そこで、どうすればオンラインで出前授業ができるのかを丁寧に説明してご理解いただき、リハーサルを重ねてから本番を迎えるようにしました」
こうしてリモート環境でも出前授業を実施できるようになり、今では海外向けにも展開できるようになりました。
「子どもたちって元々、興味関心とか好奇心旺盛なんですけれども、その好奇心の扉を叩いたなと実感できるような瞬間があると、これは手応えがあったと思います」
同僚の濱敦司さんは、二瓶さんについて「出前授業のときの子どもたちへの言葉づかいや対応、注意の向け方が本当に上手なんです。理科教育支援活動のチームは男性が多かったのですが、二瓶さんが入ったことで、議論が白熱しすぎたときなど、“母”のように緩和剤になってくれる。二瓶さんはチームに新たな風をもたらしてくれました」と話します。
次世代に伝えたい「未来を生き抜く力」
物事に対する理解が深まり、知的好奇心が満足するだけでなく、自分の世界が広がる――。科学の魅力について、こう語る二瓶さん。これからも多くの子どもたちに、理科の魅力を伝えたいと考えています。
「深刻な気候変動などが懸念される現代社会を生き抜くためには、科学技術を単純に利用するだけではなく、生活の中でどう活用するのかを考える力が必要です。その点、科学というのは、物事の課題を発見し、因果関係を正しく捉え、解決策を見出し、実行するという思考方法を培うことができます。電子顕微鏡でミクロの世界に触れるという印象的な体験が、その思考能力を醸成するきっかけの一つになればと思っています」
二瓶さんの取り組みはまだ始まったばかり。これからも理科の面白さを伝えるため、子どもたちの好奇心のドアを叩き続けます。