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ドローンや車が飛び回る未来、Digital Roadで空の道の交通整理

2024年10月11日 編集部

農薬散布や測量、緊急時の医療資材搬送と、今やそこかしことドローンが空を飛び回っています。ドローンだけではありません。今後はさまざまなエアモビリティの登場が見込まれます。そうなると、私たちの空では何が起きるでしょうか。空でも渋滞や大混雑?はたまた、交通事故?そうならないためにも、空の交通整理をする技術を日立製作所が開発しました。その名は「Digital Road」。空や空間といったさまざまな経路の環境変化をリアルタイムに予測し、自動運行するエアモビリティの最適な移動経路を導き出す管制システムです。実現すれば、災害復旧や物流問題の解消など、さまざまな社会課題を解決する可能性を秘めています。デジタルイノベーションの総合展「CEATEC 2024」にも登場する注目のDigital Road。この技術が切り拓く未来を深掘りしていきます。

ドローンの自動運行デモで見た空の交通整理

茨城県日立市の日立製作所の国分工場に設けられた屋内実験施設。1機のドローンが離陸した後、もう1機のドローンが追いかけるように飛び立ちました。すると、風洞装置から突如、強風が……直撃を受ければ機体が墜落しかねない風です。しかし、1機目のドローンは風を察知し、その影響を受けない安全な位置でホバリング状態に。2機目も、急停止した1機目と接触しない位置で進行を止め、空中で待機しています。やがて風が収まると、両機は安全な間隔を保ちながら、着陸地点に無事降り立ちました。

ドローンの自動運行デモ

このデモンストレーションで驚かされたのは、次の三つの要素です。

まず、同じ空域を飛ぶ2機のドローンが互いに干渉することなく一定の距離を保って安全に飛行したこと。次に、飛行中の各機が予期されなかった危険を察知し、回避したこと。最後に、それら全ての機体の制御が、実は数百kmも離れたパソコンからボタン一つの遠隔操作により自動で行われていたことです。

開発責任者、日立製作所の研究開発の主管研究長である中津欣也さんは、こう話します。

「鉄道は管理された軌道(レール)があるからこそ安全で正確な運行が可能となり、自動車も走っていい区分が指定された道路があるからこそ、安全が保たれています。Digital Roadのコンセプトは、軌道や道路に加えて、空に“レール”や“道”を敷いての交通整理です。ドローンなどのエアモビリティを自動かつ遠隔で運用する際、天候や風況、電波状況といった環境因子を捉えて、まずデジタル空間に安全に移動できる経路を算出します。これを運行プロファイルとして、各モビリティがフィジカル空間(現実の空)を移動するというものです」

日立の鉄道技術を礎に新しい社会インフラを

これまで日立は管制システムの技術を磨き上げ、鉄道分野では、在来線や新幹線の運行管制システムを開発・提供してきた実績があります。そのノウハウは電力、鉄鋼の生産プラントなど、さまざまな社会インフラ分野にも生かされてきました。その集大成がDigital Roadです。

2018年ごろに研究開発に着手して以来、今ではデモでその技術的な効果を実演できるレベルまで開発を進めることができました。その過程で「大きく二つの技術開発があった」と中津さんは振り返ります。

一つは、フィジカル空間の環境変化をリアルタイムで予測しながら、デジタル空間でのマッピングを可能にしたことです。環境変化のデータ量は膨大なので、例えば東京・丸の内エリアだけでも、これまでは学習するためにスーパーコンピューターが何台も必要でした。

しかし、Digital Roadでは、「ボクセル」と呼ばれる空間データ技術を応用し、対象空間を数メートル角の“箱”に区切り、環境変化の特徴のみを機械学習の学習対象として抽出することにしました。環境変化をシステムが学習できたことによって、解析データから飛行経路の状況を予測し、リアルタイムに更新することに成功したのです。

もう一つは、いわばカーナビのように自動的に複数の経路を即座に算出できる技術です。ここでもボクセルという空間データ技術を活用します。最小限のボクセルをいくつか設けて、何もない空に、道の駅のようにいつでもエアモビリティが休息できるウェイポイントとして各要所に設置します。そして、このウェイトポイントをさまざまな順番でつなぎルートにみたてます。Digital Roadは、リスクが発生しそうなウェイクポイントにつながるルートを回避し、安全な航路を自動かつ高速に算出していきます。

エアモビリティは、天候や電波状況の変化、周囲の環境変化などの影響を受けやすく、人の目視による現地の安全確認が必要という、自動運行を導入し難い課題がありました。しかし、これらの技術によって、自動化がより現実的なものになりました。自動で安全な空の移動を実現する。Digital Roadは次世代モビリティの基軸となり得る管制システムです。

人手だけでは難しい社会課題の解決の手立てに

では、Digital Roadが社会実装されると、どのような社会課題を解決できるのでしょうか。中津さんはまず、災害対応での利活用を挙げました。

近年、激甚化する自然災害には、復旧の遅延という課題があります。災害が大きくなればなるほど、被害の全貌を短時間に把握することが難しく、土砂やがれきに遮られて支援物資が届けられません。ドローンで解決しようという試みがありますが、1度に多数の機体を飛ばさなければならず、操縦者の確保や飛行の安全性という面でちゅうちょしてしまいます。これに対し、数百機のドローンが自動飛行し、夜空に絵を描くドローンのショーがあるので、実現できるのではないかと思う人もいるかもしれません。しかし、それが可能なのは1機1機、事前に綿密なプログラミングが施されているから。それでも、予期せぬ突風など環境の変化が起こると隊列が崩れ、機体同士が接触してしまいます。

「Digital Roadのような管制システムがあれば、100機を超える規模感でドローンを1度に制御することが可能です。災害時の司令塔となる都道府県などの各自治体でDigital Roadを導入すれば、被災状況の把握や物資輸送のスピードを大幅に上げることができます」と中津さんは提案します。

また、物流業界での活用も見込まれます。2022年12月の改正航空法の施行により、街中など人口が多い有人地帯でも、ドローンの目視外飛行(操縦者が目視できない範囲を自動飛行させること)ができ、今後、ドローン配送が進展していくことが期待されています。

「Digital Roadは多数の物流ドローンを高頻度かつ安全に飛行させることができ、タワーマンションの高層階であっても、各家庭のベランダへ配達物を届けられる未来がやってくるかもしれません」(中津さん)

このような未来が実現すれば、物流のラストワンマイルで深刻化するドライバー不足問題を解消することに貢献します。

未来のドローン活用のイメージ

さらに、さまざまなエアモビリティの管制が可能になると、工場で働く作業員、つまりフロントラインワーカーの業務の一部を遠隔化したり、商業施設で働く店員などのフロントワーカーの業務を軽減できたりする日も近づいてきます。エアモビリティが重い荷物を運んだり、細やかな商品陳列を代行できたりするかもしれません。

災害復旧の迅速化と物流問題の解消、そしてフロントラインワーカーの業務の軽減。大きな可能性を秘めたDigital Roadの技術は、経済発展と社会課題の解決を両立するデジタルイノベーションの総合展「CEATEC 2024」でも展示されました。開発に携わり、同展で説明員を務めた、伊藤貴廣さんは「参加者からの関心は強く、天候や電波などの見通しづらいリスクを避けて、安心して運行ができると評価は上々だ」と自信を見せました。

「CEATEC 2024」で説明をする開発者の中津欣也さん(右)、伊藤貴廣さん(中央)、板東幹雄さん(左)

中津さんも力を込めて語ります。

「Digital Roadは、日本社会が直面するさまざまなボトルネックを解消する革新的なソリューションです。日立が培ってきた技術力を駆使し、その社会実装に向けて全力で取り組んでいきます」