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注目集まる「デザイン細胞」とは デザインされた細胞が病気を治療
がんや難病で苦しむ人により良い治療を――。こうした思いを実現する新しい治療法として、機能を強化する特別なデザインを施した細胞を、患者の体に入れる「遺伝子細胞治療」が注目されています。これが実現できれば、難病治療に役立つことが期待されています。
日立は、この治療に用いるための細胞を「デザイン細胞」と称して、より効率的に高機能なデザイン細胞を作るため、製薬会社などへの支援を視野に入れて、研究を進めています。デザイン細胞は、どのように作られるのか、またこれからの医療にどのような変化をもたらすのか。日立製作所でデザイン細胞の研究をリードする研究開発グループの武田志津技師長に聞きました。
特別な機能を付加したデザイン細胞
――「デザイン細胞」という言葉を初めて聞きました。
武田志津(以下、武田): 最先端の医療としてはiPS細胞(人工多能性幹細胞)などを活用する再生医療が知られていますが、これと並んで革新的な医療として期待されているのが遺伝子を改変、つまりデザインした細胞を使う治療法です。
デザイン細胞とは、効率の高い治療を行うために遺伝子を改変し、特別な機能を付加した細胞です。対象とする疾病や治療目的に応じてデザインされた細胞を製薬会社が細胞医薬品として製造し、その細胞を医師が治療で使用します。
――デザイン細胞はどうやって作るのでしょうか。
武田: 患者さんから採取した免疫細胞(細菌やウイルス、がん細胞などを攻撃し、からだを健康な状態に保ってくれる細胞)を使って作ります。具体的には採取した細胞の遺伝子を改変して機能を強化し、患者さんの体に戻して、病気をもたらしている細胞を特異的に攻撃させるのです。
特異的に悪性の細胞を攻撃するので、他の正常な細胞を傷つけるおそれを抑えられることが、デザイン細胞のメリットの一つといわれています。また、デザイン細胞は、点滴で投与するだけで治療効果が期待できるため、患者さんにとっては治療の負担が軽くなります。
――最近ではがん治療にも活用されていると聞きます。
武田: がんの治療法としては、手術療法、放射線療法、抗がん剤による化学療法、免疫療法などがあります。このうち、免疫療法の一つとして高い治療効果が確認されているのが、「CAR-T細胞」と呼ばれる細胞を利用した治療です。
CAR-T細胞とは、患者さんが持っている免疫細胞「T細胞」を採取し、遺伝子改変を行って、がん細胞の目印を見つける機能「CAR(キメラ抗原受容体)」と、がん細胞への攻撃性を高めた細胞です。がん細胞を特異的に狙うようにしてから、患者さんの体に戻して治療を行います。
このCAR-T細胞のように、細胞が薬の代わりとなって特定の病気を治す治療がデザイン細胞療法であり、私たちは、製薬会社などにおける細胞医薬品開発を支援するために、免疫細胞の攻撃性をより高めるための遺伝子改変を施す研究をしています。
日立がデザイン細胞に取り組む理由
――なぜ日立が、デザイン細胞に取り組むことになったのでしょうか。
武田: 日立はこれまでにも、プロテオーム解析やゲノム解析など常に最先端のテーマに取り組み、近年は再生医療分野での研究を続けてきました。2017年には、私がラボ長を務める日立神戸ラボを開設し、iPS細胞の自動培養装置の社会実装も実現しています。
これら再生医療の研究で培ってきたノウハウをベースに、2022年から遺伝子細胞治療分野へと研究テーマを広げ、デザイン細胞に関する取り組みをスタートさせました。
こうした動きを加速させた背景には、日立では「バックキャスト(未来の状況を予想し、そこから立ち戻って現在取り組むべき施策を考える発想法)」の視点から、がん・難治性疾患などを対象として、研究開発に注力することを宣言したことがあります。
その実現のための具体的なマイルストーンとして、2024年度中に「デザイン細胞開発プラットフォーム」を作ることをめざしています。
――「デザイン細胞開発プラットフォーム」とは、どのようなものでしょうか。
武田:デザイン細胞の開発には、時間とコストがかかります。それらを解消し、より効率的にするための仕組みです。デザイン細胞の開発コストや開発期間を削減し、日立神戸ラボで開発してきたiPS細胞自動培養技術などのノウハウを生かすことで、より安価かつスピーディにデザイン細胞を作製できるようになります。
さらに、デジタル技術も活用しています。具体的には、DNA配列とタンパク質などに関する論文や文献の情報と、日立独自の実験で得た大量のデータを組み合わせ、機械学習などを活用して、DNA配列と細胞機能の相関関係を分析しています。その分析結果に基づいて、安全で高機能なデザイン細胞を設計していくのです。
――研究を進める上での課題はありませんか。
武田: 固形がんにもデザイン細胞を適用させていくことです。現状の治療対象は血液がんがメインですが、固形がんに関しても世界で多くの研究者たちが研究に取り組み、臨床試験も始まっています。私たちも固形がんは、当然視野に入れています。
また、人財の確保も課題の一つです。さまざまなバックグラウンドやノウハウを持つ研究者や技術者などで構成されたチームを作る必要があるので、経験者採用に力を入れています。
デザイン細胞が実現する未来
――デザイン細胞が実現する未来像をどのように描いていますか。
武田: 一例をあげれば、街のクリニックでもデザイン細胞を活用したがん治療を簡単に受けられる、そんな未来像をイメージしています。デザイン細胞を自動作製するコンパクトな装置をクリニックに備え付けられるようになれば、誰もが手軽にデザイン細胞による治療を受けられるようになるでしょう。
デザイン細胞による治療は、点滴がメインです。患者さんとしては、日常生活を大きく変えずにがんの治療を受けることができるので、ウェルビーイング(心と体と社会の良い状態)につながるのではないでしょうか。
さらに、デザイン細胞は、がんの予防にも役立つかもしれません。投与したデザイン細胞が体内で生き続けて巡回しながら、新しいがん細胞を見つけたら、直ちに排除する。もう少し時間が必要ですが、将来的には実現できると期待しています。
――病気の治療以外の活用はいかがでしょうか。
武田: 抗老化、つまりアンチエイジングにもデザイン細胞を活用できる可能性があります。近年、老化を引き起こすメカニズムが明らかになってきました。ポイントは老化した細胞がもたらすさまざまなダメージです。
そこで、老化した細胞のみを認識するデザイン細胞を作ることで、アンチエイジングに貢献できるかもしれません。こうした可能性などを視野に入れ、デザイン細胞をさまざまな課題解決に役立てていきたいと考えています。