Hitachi

グッドデザイン金賞!再生プラ意識させずサーキュラーエコノミー実現する掃除機

持続可能な社会に近づくため、ごみの削減から、使用済み商品を再び資源として利用することを繰り返し、資源を循環させる「サーキュラーエコノミー」に関心が高まっています。

日立のスティッククリーナー「PV-BH900SK」も、掃除機として役目を終えた後、「再生できる」をめざしました。要となったのは、消費者に受け入れやすいデザインとブランドを強く主張しないデザイン。2022年度のグッドデザイン金賞に続き、世界三大デザイン賞といわれる「iF Design Award 2023」と「Red Dot Design Award 2023」を受賞し、話題になりました。

デザインを担当した日立製作所の野村皓太郎さんに、デザインに込めた想いや苦労を聞きました。

「再生材を使う」だけに違和感

インタビューに応じるUXデザイン部の野村皓太郎さん(撮影:齋藤 大輔)

──掃除機のデザインに関わった経緯を教えてください。

野村皓太郎(以下、野村): 手に持てる物、自分の仕事を感じられる物をデザインしたいと考え、日立製作所に2004年入社しました。入社後は携帯電話や白物家電など、さまざまな製品を担当してきました。

デザイナーの仕事で重要なことの一つとして、商品の付加価値を上げることがあります。プラスチックの過度な使用による資源の枯渇や、不適切な廃棄が社会課題として浸透し始めているので、掃除機でこの課題を解決することで、商品価値を上げられないかとプロジェクトが立ち上がりました。家電はプラスチックの使用量が多く、家電自体の流通量も多いですからね。私もCMFデザインの責任者として参加しました。

──CMFデザインはどんな仕事ですか?

野村: 色彩(Color)や素材(Material)、仕上げ(Finish)をデザインします。英語の頭文字を取って「CMF」。既に形が決まっているプロダクトも、色彩や素材、質感などの仕上げを変えるとその印象がガラリと変わります。

今回のプロジェクトの場合、まず問題となるのは素材です。このまま、バージン材(新品の素材)のプラスチックを使い続ければ、プラスチックの原料となる石油は枯渇するといわれています。また、プラスチックは自然に返りにくく、思わぬ形で自然環境を変える恐れがあります。海洋で増えるごみ問題です。ごみだからと燃やそうとしても、原料は石油なので、二酸化炭素が多量に排出されてしまいます。

プラスチックが自然環境に影響を与える

そのため、掃除機の部品で使う素材をなるべく再生プラスチック(再生プラ)に置き換えていこうとしました。しかし、それで本当に充分なのか。「再生材を使うだけ」に違和感が生まれ、頭から離れませんでした。

研究者との協創、素材を知ることから

──「再生材を使うこと」は方法であって目的ではないということですね。

野村: その通りです。自然環境のためにもっと何かできないか探しました。デザインというよりプラスチックの勉強ですね。

幸運にも、デザインに明け暮れる私の近くでは、研究者たちも働いています。プラスチックを専門としている研究者に意見を求めました。研究開発と私が働くデザインセンタが同じ組織内にあることが助けとなりました。

研究者の島田遼太郎さん(左)と二人三脚で素材選定に取り組んだ(撮影:齋藤 大輔)

──リサーチが重要になってくるのですね。

野村: CMFの検討には素材の知識も必要になります。研究者との協創で実現したのが、再生材をただ使うだけではない、消費者に受け入れやすいデザインです。

再生材を意識させない「漆黒」を実現

──再生材をただ使うだけではないとはどういうことでしょうか?

野村: 再生材を使った商品だからといって、世間に広まらなければ、意味がありません。

再生材を強調するため、再生材と分かりやすくすることが当時の主流でした。異物だと分かるよう、マーブル模様にするとか、いくつもの小さい斑点が混ざっている色彩です。試作品を作ってみましたが、再生材と分かりやすいことが、デメリットも引き起こします。買う人側から「リサイクルなのだから、もっと価格が安くないとね」と手に取ってもらえません。

再生材らしさを打ち出すデザインの試作品

そのため、買う人が満足して受け入れやすいよう、高級感のあるデザインを意識しました。ユーザー調査を実施し、黒色は高級感があり、購買意欲が高まりやすい色彩と分かりました。ですが、黒一色では、のっぺりとしてチープな印象を与えてしまいます。魅力的にするため、黒色に加え、より深みのある「漆黒」で強弱を付けて、パーツごとに色彩を変えようとしました。しかし、再生プラを漆黒に色付けをするのにも壁があったのです。

──なぜ黒く色付けするのが難しいのですか。

野村: ほかの色が付いている再生プラだと、どんなに黒を混ぜても漆黒にならないんです。色付けされた、さまざまな商品のプラスチックを再利用するので、どうしても、再生プラにはさまざまな色が混ざってしまいます。

そこで、研究者と議論を重ね、無色透明な再生プラへの色付けを思い付きました。照明のカバーや、高速道路の防音パネルなどに使われた素材をリサイクルした「再生ポリカーボネート」です。無色透明なので、漆黒に染め直すことができます。

使用した再生プラ「再生ポリカーボネート」(撮影:齋藤 大輔)

循環する主張しないデザイン

──受け入れやすいデザインは実現できそうですね。

野村: はい。ただ、まだ十分だとは思いませんでした。プラスチックを専門とする研究者と話し合っていくうちに、プラネタリーバウンダリー、地球が安定した環境を保てる限界を考え、地球の限りある資源をどう利用するか、さらに工夫しないといけないとの思いが強くなりました。一度使った素材の循環を繰り返す、サーキュラ―エコノミーの考え方です。

──循環の繰り返すためにどう工夫しましたか。

野村: これまでの家電のデザインでは「HITACHI」ロゴに金属箔を使ったり、インクで印刷したりしていました。ブランドの象徴ですから目立たせないといけません。しかし、プロダクトをもう一度リサイクルするには邪魔になる素材でもあります。リサイクルするために、プラスチックはプラスチックで、金属は金属で仕分けしないといけません。ですので、あえて主張しないロゴを、プラスチックで加工、仕上げをしました。

目立ちはしないので、社内から疑問の声もありました。それでも、素材を循環させやすくする、サーキュラ―エコノミーを実現するための方法と訴えかけ、ベストな選択をしたと思います。

異素材を使わない「HITACHI」ロゴ(撮影:齋藤 大輔)

──最後に、野村さんが今感じていることを教えてください。

野村:「持続的な」を体現するためには、ユーザーにプロダクトを長く使ってもらうことも重要です。

例えば、家電は一般的に消耗品と考えられていて「ビンテージ」という概念がありません。リサイクルショップはあるものの、製品価値より、値段の安さが魅力になっています。

デザインで製品自体の価値を上げる。長く使いたくなる魅力的な製品づくりが、持続可能な社会への一歩になる。そんな思いで、今後もいろいろなプロダクトのデザインに挑戦したいです。

<プラスチック研究者が見る、デザイナーとの協創>

本プロジェクトに欠かせない、プラスチックの研究者である島田遼太郎さん。デザイナーとの協創は、研究者の目にどのように映っているのでしょうか。島田さんはこう振り返ります。

デザイナーの野村さん(左)、研究者の島田遼太郎さん(右)(撮影:齋藤 大輔)

「再生プラの利用を広げるためにも、デザインは重要です。再生材の色の違いを生かすというのは、デザイナーならではのアイデアです。研究者の知識とデザインの知識を掛け合わせて、一緒に難題に取り組むことは刺激になりました」

さまざまな再生プラ(撮影:齋藤 大輔)

「再生プラはそもそも、バージン材に比べて、強度、コストの観点で多くの制約があります。今回の挑戦は社外からも『刺激をもらった』というコメントがあり、業界では再生プラを使った家電を開発する気運が生まれています。サーキュラーエコノミーを実現するため、さらにさまざまなノウハウを掛け合わせることによって、この気運をより勢いづけたいです」