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新型コロナの新たな抗原検査手法を開発、電子顕微鏡で高速・高精度に検出
新型コロナウイルスのパンデミックが発生して2年以上が経過しました。感染者の増加の波に合わせて医療現場がひっ迫するなか、ウイルスを短時間かつ高精度で検査できる技術が求められています。
そのニーズに応えるべく、日立社会情報サービスは2022年2月、浜松医科大学などと共同で、新たな抗原検査の手法を開発しました。一般に市販されている抗原検査キットと卓上電子顕微鏡を組み合わせることにより、30分程度の短い時間でPCR検査並みの高い検出精度を実現します。この技術は今後、新型コロナウイルス以外の感染症検査にも幅広く応用できるものとして期待されています。
新型コロナウイルスの2つの検査
新型コロナウイルスに感染しているかどうかを調べる検査には、「PCR検査」と「抗原検査」があります。現在主流となっているのは、鼻腔などから検体を採取し、ウイルスの遺伝子を専用の機器で検出する「PCR検査」です。高い検出精度を誇り、多くの医療機関で採用されています。しかし、浜松医科大学の河崎秀陽准教授は、検査時間に課題があると指摘します。
「高い検出精度を誇るPCR検査ですが、ウイルスの遺伝子を増幅させるという手順を踏むため、検査時間に最低2時間から4時間かかります。また、検査で使用する装置は専門機関にしかなく、そこへ検体を搬送する時間も必要となります。そのため、地域によっては検体の採取から判定まで、1日〜数日かかることがあります」
一方の「抗原検査」は、ウイルスを特徴づけるタンパク質(抗原)を調べる検査です。市販の検査キットに鼻腔粘膜を抽出した溶液を垂らし、テストラインを見て、陰性か陽性かを確認することができます。その手軽さと、15分ほどで結果がわかる迅速さから、いま普及し始めています。
しかし、抗原検査キットはPCR検査に比べて精度が低く、本当はウイルスが存在しているのに陰性と結果が出てしまう「偽陰性」が多いという欠点があります。このため、医療機関でのコロナの確定診断では、PCR検査が優先される傾向にありました。
「ナノスーツ」活用した新たな検査手法
こうした中、浜松医科大学と日立社会情報サービスが開発したのが、新しい抗原検査の手法です。PCR検査と抗原検査キットに見られた欠点が改善されているといいます。
「今回私たちが開発した新たな抗原検査の手法は、検出感度をPCR 検査並みに高めつつ、PCR検査よりも簡単・迅速に判定できるのが大きな特長です」(河崎准教授)
開発にあたった日立社会情報サービスの丹藤匠さんは、「検査の方法はとてもシンプルです」と解説します。
「まず、市販の抗原検査キットに鼻腔粘膜などの検体を滴下し、15分ほど経過した後、『ナノスーツ』と呼ばれる特殊な液体を垂らします。その後、テストラインを卓上電子顕微鏡で観察するだけです」
ナノスーツは浜松医科大学が独自に開発した溶液で、真空状態となる電子顕微鏡の中でも、ウイルスなどの試料を観察できるようにするものです。
滴下された検体の中にウイルスが存在していれば、ウイルス特有のタンパク質(抗原)が、金属粒子がつけられた抗体と結合し、テストライン上に集まります。そして、電子顕微鏡でテストラインを観察すると、金属粒子が白い粒として確認できるようになります。その数が一定数以上あれば「陽性」と判定します。
この手法により、ウイルスの検出精度はPCR検査並みに高くなりました。さらに、PCR検査のようにウイルスの遺伝子を増幅させる必要がないため、検査キットの反応時間と卓上電子顕微鏡の観察時間を合わせても30分ほどしかかかりません。PCR検査に比べて、大幅な時間短縮が可能となるのです。
新しい検査手法が生まれたきっかけ
PCR検査並みの精度を誇り、検査時間も30分程度しかかからない新たな抗原検査の手法。今後幅広く活用されていくことに期待が高まっていますが、ここまでの道のりは平坦なものではありませんでした。
開発の始まりは、2016年にさかのぼります。当時、半導体の製造装置を研究していた丹藤さんは、日常的に電子顕微鏡を用いて半導体の構造を観察していました。その頃、あるきっかけが訪れます。
「子どもがインフルエンザにかかったんです。そして子どもを看病していたときに、『電子顕微鏡であれだけ半導体を微細に見ることができるのだから、インフルエンザウイルスも見られるのではないか』と思ったことが、アイディアの発端でした」
丹藤さんはさっそく、社内外のさまざまな専門家に「ウイルスを卓上電子顕微鏡で観察できないか」と相談してみました。しかし、「ほとんどが冷ややかな反応だった」と言います。それというのも卓上電子顕微鏡の倍率では、ウイルスが小さすぎて映らないからです。そんな中、電子顕微鏡を使ってウイルスを研究している浜松医大の河崎准教授の存在を知り、会いに行きました。
それ以来、丹藤さんは東京から浜松まで足繁く通い、「体温計で体温を測るように、手軽に体内のウイルスを計測できるようにしたい」という思いを河崎准教授に語り続けました。そんな中、今回の共同研究に弾みをつけたのが、「1つの感動体験だった」と河崎准教授は振り返ります。
「インフルエンザウイルスの抗原検査キットを用いて、試しに卓上電子顕微鏡でナノスーツを垂らした検体のテストラインを見たときに、『こんなにウイルス(金属粒子)が見えるのか』と感動したんです。さらに感度を上げれば新しい検査技術ができるかもしれないと、医師としての探究心が芽生えました」
実証実験で高い検出精度を確認
こうして2019年に、日立と浜松医大は本格的に共同研究を開始しました。当初はインフルエンザ向けの検査手法として研究を続けましたが、間もなくして世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大。そこで開発中だった検査の対象を、新型コロナウイルスに切り替えました。
トライアンドエラーを繰り返すこと1年、ついに新たな抗原検査の手法が完成しました。そして、その効果を確かめるため、2020年12月から2021年10月まで、実証実験を実施。新型コロナウイルスに感染した疑いのある患者45人の唾液や鼻の粘膜から88検体を採取し、PCR検査、従来の抗原検査、そして卓上電子顕微鏡を活用した新たな検査手法による判定の違いを比較しました。
その結果、PCR法で陽性と判定された検体のうち、抗原検査キットによる肉眼の判定では43.3%しか陽性と診断できなかったのに対して、卓上電子顕微鏡を使った抗原検査では、86.7%が陽性と診断されました。この結果は、従来の肉眼判定による検査と比較して、最大で500-1000倍程度の感度向上に相当し、今回開発された検査手法により検出精度の大幅な向上が期待できることが分かったのです。
河崎准教授は「ここが一番大事なところ」として次のように指摘します。
「PCRでは陽性、そして抗原検査キットでは陰性となった検体を対象に、新しい検査手法を実施したところ、73.3%が陽性という結果になりました。この検出感度の差は圧倒的です。この数値からも、PCR診断と同等の検出能力を有していることがわかり、抗原検査として最高レベルの感度を実現したと言えます」
新たな抗原検査手法の展望とは
こうして確立された新型コロナウイルスの新たな抗原検査の手法。丹藤さんは、社会に実装するために、さらなる技術開発を進めています。
「現在、AIを使って自動でウイルスの数をカウントする画像解析技術などの検討を進めており、検査の自動化や高速化に向けた開発を行っているところです」
さらに、河崎准教授は、今後の可能性についてこう期待を寄せます。
「この検査手法が誰でも手軽に利用できるサービスとして導入されれば、コロナのパンデミック以降、全国の医師や保健師、さらに患者自身にかかっていた負担を大幅に削減できるはずです。また卓上電子顕微鏡があれば学校や職場などでも検査が可能になり、生徒や職員の健康チェッカーとしての利用も考えられます」
抗原検査に使われている「イムノクロマト法」という技術は、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの検査、妊娠検査など幅広く用いられています。また家畜などの感染症検査にも活用されるほか、食品アレルゲン検査や残留農薬検査にも用いられています。「今回開発した検査手法は、それらの検査を電子顕微鏡によって高感度化する道を切り拓きます」(丹藤さん)
日立では今後、アフターコロナも見据えたさらなる応用の可能性について探っていくことになります。