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「歳を重ねるごとに新たな豊かさを発見できる社会」 日立がめざす「エイジング・ソサエティ」

鹿志村香さん。東京・国分寺にある日立の「協創の森別窓で開く」で。

日立製作所は2020年4月、高齢化する社会の問題解決に向けた「エイジング・ソサエティ」のプロジェクトを立ち上げました。それから1年。自治体や研究機関などと複数の実証実験を進め、22年度にはさまざまなサービスの提供開始をめざしています。日立の未来投資本部でプロジェクトのリーダを務める鹿志村香さんに、この事業のめざすところと意義について、聞きました。

「高齢化先進国」だからこそ取り組みに大きな意義

ーー日立がめざす「エイジング・ソサエティ」とは、どういう社会のことでしょうか。

私たちがめざす「エイジング・ソサエティ」は、人生100年時代において、「誰もが歳を重ねるごとに、新たな豊かさを発見できる社会」です。

今の日本は、世界でも高齢化が一番進んだ国です。昨年の総務省の統計では、前年に比べて総人口が29万人減少している一方、65歳以上の高齢者は30万人増加しており、2025年には、高齢者が総人口に占める割合が、30%に達する見込みです。

インタビューにこたえる鹿志村香さん

急激な少子高齢化により経済成長が鈍化し、医療や介護などの社会保障が崩壊することも心配されています。いま欧米や中国でも高齢化が問題となりつつありますが、日本はトップの「高齢化先進国」です。だからこそ世界に先駆けて我が国でこの問題に取り組み、解決の道を探ることに非常に大きな意義があります。昨年「エイジング・ソサエティ」プロジェクトをスタートしたのも、そのような背景があります。

プロジェクトの名称を現在進行形の「エイジング・ソサイエティ」としているのは、高齢者だけの問題ではないと考えているからです。社会に生きる私たちは、誰もが毎年1歳ずつ年齢を重ねていきます。私も10年後には高齢者です。いまの30代、40代も含め、すべての人が歳を重ねていくことにポジティブな感情を抱ける社会にしていくことが大切だと思うのです。

ーー「エイジング・ソサエティ」を実現するために、日立が考える重要なポイントは何でしょうか。

3つあります。1つ目は歳を重ねることを「幸福」と考える社会にすること。2つ目は、日立の強みであるITを活用すること。3つ目が日立単独で取り組むのではなく、複数のパートナーと協力することです。

とりわけ、日立の強みであるITは、高齢化社会を生きやすくする、さまざまな価値を創出できるはずです。例えば、健康や生活に関する個々人のデータを分析することで、その人に合った医療やサービスが受けられるようになるでしょう。

さらに高齢者の生活全般にわたってサービスを提供していくには、我々だけでなく、日立の顧客企業やスタートアップ企業などともアライアンスを組むことが重要になります。日立ではこれまで、さまざまな分野のお客さまと事業を協創してきた知見があり、その経験が活かせると考えています。

高齢者の社会参加が「要介護」を減らす

ーー具体的な事業としてはどんなことを考えていますか?

第一に、高齢者の社会参加をサポートすることを考えています。千葉大学予防医学センターの近藤克則教授の調査によると、日常的に集まって社会活動をするサロンに参加していた高齢者は、参加していない人々に比べて、5年間の要介護認定率が約半分であることがわかりました。

つまり要介護にならないためには、社会参加することが非常に効果的なのです。常日頃から仲間と集まり、イベントや催しなど楽しい未来の計画について話し合う、そんな場をつくる支援をすることで、高齢者の心と身体の健康に大きく貢献できると考えています。

ーーすでに実証実験を実施したそうですね。

スマートフォンを活用して、高齢者の健康と幸せを後押しする取り組みを実施しました。自治体、高齢者コミュニティ、日本老年学的評価研究機構、そして私たち日立が連携して推進しているプロジェクトです。実験ではまず、65歳以上の高齢者のスマホに、歩数、歩行速度、滞在先数などを計測するアプリを入れて普通に生活してもらいました。

その活動記録を収集・分析し、効果的にフィードバックすることで、社会参加を増やすための行動変容を促すという取り組みです。単に「歩きましょう」と促すのではなく、「目的」を持った「お出かけ」を提案することで、健康の向上と人との交流の機会をつくります。社会的なつながりを増やしていきながら、参加者の方々のQOL(生活の質)を上げていくことを狙っています。

鹿志村さんは、個人の行動ログを本棚にたとえる。「生活すべてのライフログを記録し、本として収める本棚のような場を作れば、自分と向き合い、新たな物語や、人との接点に気づくきっかけになるのではないでしょうか」

人とのつながりと居場所の発見をAI活用で支援

ーー他にはどのような分野でサービスを検討していますか。

限定しすぎずに、あらゆる分野で考えています。この事業を日立の本社で展開している理由は、私たちの持っているリソースを横断的に活用したいからです。例えば金融サービスを手掛ける部署とともに銀行と連携すれば、資産形成とともに自分のライフプランを考え、それに備えるサービスができるでしょう。不動産事業者と組むことで、年齢とともに変化するニーズに合わせた住環境や、スマートシティに関連するサービスが考えられます。

他にも「プレシニア」といわれる40代後半から50代の方たちに向けて、退職した後のセカンドキャリアを充実させるため、就労を支援するサービスも考えています。定年後も働くことによって、収入を得ながら社会とつながり、充実した日々を過ごすことができるからです。この他にも、エイジング・ソサエティが対象とする領域は無数にあると思っています。

ーーIoTやAIなどのデジタル技術を活用して、デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる日立の「Lumada」を、エイジング・ソサエティ事業ではどう活用しようと考えていますか?

お一人ずつの日々の活動記録(ログ)のデータを活用することで、その人だけの「価値」を享受できるようにします。例えば行動の記録をAIが分析することで、その人が興味や関心を持ちそうな活動や機会、サロンやサービスをリコメンドする仕組みができるでしょう。歳をとって足腰が弱っても、その人の行動範囲のなかで最大限に楽しむことができる。そんな機会を見つけ出すお手伝いを、AIを活用してサポートしたいと考えています。

「人生100年とすると長いですよ、働き終わってからも何十年とあるわけで、その間のかなりの時間を健康でいられるなら、いろんなことができますからね」

ーーエイジング・ソサエティでは高齢者の「新しい居場所づくり」に寄り添う事業も考えていると聞きました。

高齢者にとって、コミュニティづくりはとても重要なテーマです。現在の高齢女性は専業主婦の割合が高く、地域のネットワークをすでに築いているケースが多いのに対し、会社組織で長年働いてきた男性は、退職すると一気に人間関係がなくなる場合が少なくありません。新たな居場所をつくりづらいという悩みは、多くの高齢男性に共通する問題です。ITを活用することで、自分の趣味やライフスタイルに合った居場所や交流関係を、地域の中から自然にマッチングしてもらい、気軽に試せる仕組みを構想しています。

高齢になるということは「長い下り坂を降りていくこと」に例えられます。体力や視力、記憶力が落ちて、できないことが増えていく。でも、だからといって足元を見て、転ばないように気をつけているだけでは楽しくないと思うんですね。人生100年時代を迎えるなか、70代、80代になっても未来を見て、できることを探せば、無限の可能性があるはずなんです。高齢者が「ちょっと上を見ながらゆっくり坂を降りていく」。そんな社会を実現できたら良いなと考えています。

人とつながり、考えを共有し、一緒に何か楽しい活動をすること。それが人生の幸せと喜びであることは、若い人も高齢者も変わりません。何歳になってもその幸福を味わうことができる社会、そんなエイジング・ソサエティを作っていきたいと思います。

鹿志村香(かしむら・かおり)

日立製作所 専門理事 未来投資本部エイジングソサエティプロジェクト プロジェクトリーダ 兼 研究開発グループ 技師長。1990年日立製作所入社、デザイン研究所配属。ユーザーリサーチによる製品・サービスのユーザビリティおよびエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部長、東京社会イノベーション協創センタ長を経て、2018年日立アプライアンス(現日立グローバルライフソリューションズ)取締役を務め、2020年4月より現職。