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材料開発のDX マテリアルズ・インフォマティクスへの化学メーカーの挑戦

2023年9月20日 羅 欣
(Photo by Getty Images)

私たちの生活に役立つ新しい性能を持った素材は、何年、何十年にもわたって、繰り返される実験と評価で創り出されてきました。この伝統的な方法を激変させるのが、情報科学によるデジタルトランスフォーメーション(DX)です。その名も「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」。化学メーカーの積水化学の現場で今まさに起きている事例から、材料開発のDXの正体と展望を紹介します。

納期に追い付かない

「材料開発はこれまで10年くらいかかるものもありましたが、最近では半年、長くても1~2年で結果が求められるようになっています」

そう語るのは、積水化学の情報科学推進センターでMI推進グループに所属する増山義和さん。材料開発の現場の切迫感を説明してくれました。

取材を受ける積水化学の増山義和さん

積水化学は1947年に創業した化学メーカーです。パイプや雨といなど住宅や工場に使われる部材、テープ、フィルム、発泡体といった自動車や電子機器に使われる材料などを生産しています。これまで時代に応じた新素材を開発してきましたが、製品のライフサイクルの短縮化により、開発環境が劇的に変化したといいます。

例えば、パソコンやタブレットといった電子機器は、大きくモデルチェンジした新商品が毎年発売されるようになりました。目玉となる機能がどんどん上がり、消費者も新機能を求めて短い期間で買い替えていきます。商品の開発にかけられる時間が短くなるのに伴い、積水化学にも新たな性能を持つ材料の開発依頼が矢継ぎ早に届いています。

また、求められる素材の性能が多様化していることも追い打ちをかけています。環境配慮の観点から、壊れにくくかつリサイクルしやすい材料というような、相反する性能が同時に求められる依頼が予想されています。納期が短くなる一方、難しい開発がますます増えていきます。

材料設計で900倍の速さを実現

(Photo by Getty Images)

このような状況を打開するため、積水化学はMIの活用を試みました。材料の開発は、「目標の設定」「技術調査」「材料設計」「実験計画立案」「実験・評価」と段階を踏んで実施していきます。開発期間の削減のため、まず注目したのが「材料設計」でした。

材料設計では従来、研究者が自身の経験から素材の配合方法や合成する手順などの組み合わせを考案していました。組み合わせは数十万通りと膨大で、最適な組み合わせを絞り込むには長い期間が必要です。

この期間を短くしようと、積水化学は、研究者が独自に所有していた過去の実験方法や結果を集め、データ化していきました。そのデータをAI(人工知能)の予測のために活用します。研究者の代わりに、配合や合成手順などの実験方法のデータからAIが結果を予測し、最適な組み合わせを見つけ出します。これにより、フィルムの開発では、それまで5カ月かかっていた材料設計の時間を、およそ900倍も速い4時間に短縮できました。

研究者に求められる本来の革新を

積水化学の水無瀬イノベーションセンター

自身が研究者でもある増山さんはMIのメリットを二つ挙げます。

「メリットの一つ目は、研究者が開発に打ち込めることです。単純作業の時間が減ることから、研究者はイノベーション(革新)を起こすことに専念できます」

MIによって研究者は、より素材そのものに向き合うことができます。時間に追われて、これまで数字でしか見ていなかった実験の成果ですが、余裕ができると、素材に触れて十分に考えられ、「きっと研究者は本来の能力を発揮し新たな発見ができる」と言います。

「メリットの二つ目は、過去の成果を漏れなく取り出し、掛け合わせることによって相乗効果が出せることです。個人の研究者だけでは、自身の手の届く範囲、自身の経験からしか開発が進みません。そのため、どうしても限界や弊害が出てきます」

実際、ある研究者が材料設計の後、実験をしようと計画していたところ、実はほかの研究者が既に同じ実験を終えており、社内に結果が残されていた事例もありました。また、個人の経験を基に開発をすると、どうしてもこれまでの手法から外れることに及び腰になりがちです。そのため、過去と同じような開発になってしまうのです。MIは個人の経験や知識の範囲、つまり個人の限界を超えられる魅力を持っています。

データ収集の困難さ

材料設計の時間短縮に成功し、イノベーションの可能性を感じた積水化学はMIの拡大を進めようとしました。しかし、データ収集の難しさという壁にぶつかりました。一人の研究者でも個人で何百という実験記録を抱えています。全社の研究者の全データ化ともなると、膨大な量になります。そのデータを網羅的に一元化したデータベースを作成することが課題でした。また、実験の過程で得られる情報を余すことなく集めることも困難だったといいます。

(Photo by Adobe Stock)

「均一にデータ入力を求めるだけでは情報の見落としが出てきます。例えば、実験中の思い付きのメモは抜け漏れてしまうのです」(増山さん)

そこで、積水化学は、最新デジタルソリューションを用いてメーカーのMIを支援していた日立との協創を決めました。日立独自のデジタル技術やAIによって社内のさまざまなデータの整理をまず始め、データベースを整えています。さらに、国やほかの研究機関が公開する材料開発に関する情報を、積水化学のデータベースと組み合わせて活用する取り組みも始めています。

これにより、技術調査の時間を減らしたり、幅広いデータを使った材料設計で新しい性能を持った材料が開発できたりする可能性が高まります。

実験やデータ収集も日立と自動化へ

積水化学と日立は「実験・評価」でも、MIを推進すべく協創を進めています。器具や装置などの現実世界から収集したデータを基に、仮想空間に実験環境を正確に再現するデジタルツイン技術を活用し、仮想空間で現実世界のように実験・評価ができることをめざしています。

実現すれば、コンピューターを使い、どこにいても実験・評価が可能になるだけではありません。デジタルツインという全てデータで構成される世界であれば、これまで物理的な装置から取れなかったようなデータが取得できる可能性もあります。

また、実験を自動化すれば、イノベーションのためのさらなる時間も確保ができるでしょう。材料開発の各段階がMIによって効率化され、新たな性能を秘める材料の発見がより進んでいくことが期待されます。

増山義和さん

増山さんは、これまでの延長ではなく、設計や実験、評価を繰り返していた材料開発が変わらないといけないことを強調します。

「社会は材料という小さな世界が積み上がってできています。どんなモノも材料からできているのです。まずはその小さな世界でイノベーションを起こさないと社会が変わっていきません。だからMIが必要となっていくのです」

より良い社会に変えていくため、日立もデータの活用やデジタルソリューションを駆使したMIを通じ、材料開発のイノベーションを支援していきます。