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「幸せ」を生む秘訣、「人財交流」 ― 交流を深め、
イノベーション創出を後押しする“場”の理想を探る

高度経済成長期の日本がそうであったように、モノを「所有」すること自体に価値を見出す消費傾向のことを「モノ消費」と言います。やがて日本は豊かな国となり、モノがあふれるようになりました。すると消費傾向は、商品やサービスを購入したことで得られる「体験」に価値を見出すようになる「コト消費」へとシフトしました。幸福学の研究の第一人者である慶應義塾大学 前野隆司教授の言葉を借りれば、「ものの豊かさ」と「心の豊かさ」という人が幸福を感じる2つの要素のうち、「心の豊かさ」に満足感や幸せを感じる人が、より多くを占めるようになってきた、と言えます。


慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司教授
(撮影:吉成 大輔)

前野教授の因子分析によると、人の「幸せ」は、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」―というこの四つに分けられるといいます。四つの因子に対して、人々が孤立することなく、互いに関係を維持しながらすべての因子を満たすことができるとき、現代の日本人は、特に強く幸せを感じるのだといいます。

では、どうすれば人々は幸せになれるのか。そのヒントは、心の豊かさを生み出す「幸せな街」にありました。
今回の記事では、その「幸せな街」を生み出すための秘訣を探ります。今、注目されている多様な人財交流を深め、イノベーションを生み出すことにつながる“場”とは…?

(幸せの四つの因子について、詳しくはこちら→「「幸せ」を第一に掲げる 全体調和型社会へ」)

イノベーションを生む"場"をつくる

前述したように、前野教授は「心の豊かさ」に満足感や幸せを感じる人が近年多くなってきたといいます。「心の豊かさ」を満たすためには、自主的に活動でき、自由な発想やアイデアを出し合える“場”を用意することが街の機能の一つとして必要で、そのような“場”ではイノベーションが生まれやすくなると考えられます。

イノベーションとは、既存の技術・知見が組み合わさり、混ざり合うことで新たな社会的価値や経済的価値を創造し、得られる効果を大幅に拡大させること。こうしたイノベーションはビジネスの場だけでなく、より幅広く、社会全体から必要とされています。変化が速く、いくつもの要因が複雑に絡み合い課題となって表れている今の時代。自分の持つ技術だけで解決を図ろうとするのではなく、人と人との関わりの中から解決の糸口や革新的な成果を見出す――今、そんなオープンイノベーションが求められています。

しかし、日本におけるオープンイノベーションは世界に大きく後れを取っているのが現状です。だからこそ、オープンイノベーションのマインドやそれらを実現するための協働を促す“場”が重要とされてきました。

これはビジネスに限った話ではありません。世界中で、さまざまな課題が山積する「街」でも同じことが言えるのです。日本では“超スマート社会”を実現する「Society 5.0」に向けてパラダイムシフトが進む中、各都市が抱える問題をそれぞれの自治体とインフラに関連する企業で個々に対応していくばかりではなく、本質的な課題解決に向けて、より大きなスケールで考え、取り組むことが重要になっています。

街の抱えるさまざまな課題に自治体や企業だけでなく住民自身も巻き込み、皆が“自分ゴト”として取り組んで、将来の社会に対するビジョンを共有しながらさまざまな知見を結集する――こうしたオープンイノベーションに向けた原動力を生み出す“場創り”は、日本でも成果を上げつつあります。

イノベーションの発信基地をつくる

その一例が、武蔵野の豊かな緑に囲まれる研究開発拠点である「協創の森」です。日立が東京都国分寺市に構える中央研究所内に、2019年4月に開設しました。日立がめざす「人間中心でQoL(Quality of Life)の高い、豊かな持続可能社会の実現」に向けた、新たなイノベーション創生を加速するための研究開発拠点です。1対1で行うこれまでの協創手法にとらわれることなく、世界中のお客さまやパートナーと社会課題の解決に向けたビジョンを共有するとともに、日立の研究者やデザイナーとオープンな協創を行い、新たなアイデアを生み出す場として活用され始めています。


写真:「協創の森」がある国分寺市の中央研究所(全景)

この協創の森の重要なポイントは、内部のそこかしこに組み込まれた、人の交流をイノベーションへと昇華させる「しかけ」です。イノベーションを生み出すには、人が集う場を作るだけで十分とはいえません。そこで、協創の森では単に場を提供するだけでなく、社会課題の解決やイノベーションでめざすべき方向性など、共通善の追求という目的をマネジメントし、協創を図るしかけを重要視しています。


写真:馬場記念ホール

国際会議にも対応できる「馬場記念ホール」で提起された将来の社会課題を受けて、アイデアや解決策を創出、さらにデジタル技術を活用してプロトタイピングと実証を迅速に繰り返す。そんな流れを同一拠点内で一気に生み出すべく、新事業コンセプトの創生に向けて確立された方法論を提供する「NEXPERIENCEスペース」や、最先端のデジタル技術を活用した「Lumada IoTプラットフォーム」を利用できる「プロジェクトスペース」などとして、棟内にビルトインしました。社外パートナーとの協創において事業化の確度を高めスピードアップさせるための“場創り”といえるでしょう。


写真:「協創の森」ワークスペース

また、協創の森だけにクローズせず、地元である国分寺市との取り組みも展開しています。地域住民がこの先抱えるであろう課題を先取りし、将来の幸せに向けた取り組みを進める――デザイナーやエンジニア、研究者らも積極的に地域へと出る体制ができあがってきました。

(詳しくはこちら→「協創の森」)

テナント同士を結ぶ次世代オフィス

「幸せな街」に向けた場創りは、「住む街」だけでなく「働く街」でも広がっています。オフィスビル事業などを展開する三井不動産は、コンセプトとして掲げる「その先の、オフィスへ」を具現化したオフィス空間として、2019年9月、大阪市の中之島三井ビルディングに「CUIMOTTE」をオープンしました。

これは、築17年のオフィスビルの大規模リニューアルに伴いオープンしたもの。入居テナントのオフィスワーカー同士の「つながり」を促し、さまざまなアイデアやイノベーションが生まれる場とすることを狙ったダイニング兼ワーキングスペースです。昼食を想定した食堂スペースに、交流を生む終日利用のCafe& Barエリアを設け、さらにライブラリーやWi-Fi環境、コンセント、モニター、会議室といったワークスペースとしての環境を整備しました。


写真:中之島三井ビルディング「CUIMOTTE」

こうしたユニークなオフィステナント向け食堂の誕生を裏で支えたのが、デザインとデジタルを組み合わせた日立独自の協創活動「Exアプローチ」です。Exアプローチとは、新たな事業やサービスを通して得られる“うれしさ・感動・喜び”といった人が感じる経験価値(Experience)に着目し、調査やワークショップなどを通じ、新たな事業やサービスをお客さまとともに「協創」するための手法です。約2年にわたるプロジェクトは「その先の、オフィス」とは何かをデザイン思考で導き出すことからスタートし、ユーザーがどう考え、どんなうれしさを感じるのか、「人間中心」を軸に掘り下げました。

三井不動産の担当者に加えて、日立のデザイナーやエンジニア、時には入居テナント・オフィスワーカーも交えたワークショップを繰り返す協創活動により、担当者や利用者自身が「自分たちで考えた」という主体性を持つことができました。そして三井不動産の「場所を創るだけでなく、変化していくニーズをとらえたい」というアイデアを顕在化させ、日立の持つデジタル技術で具現化しました。そんな、現場(三井不動産)と技術(日立製作所)の知見・情報を組み合わせることで突き抜けたものが生まれることを狙う、挑戦的なプロジェクトとなったのです。

次世代型を標榜するオフィスへの取り組みは、オープン後も続きます。「ニーズの変化を捉え続けるオフィスビル」になるため、日立の映像解析技術などを導入しました。予測に反して利用率の低い設備や機能などはデータから理由を分析し、さらに作り変えることなどを想定しています。人の細かな行動や情報を得ることでニーズを捉え、それを新サービスにつなげるという、オフィスビルにおける新たなデータ活用が始まっているのです。

「住む街」に「働く街」。一つひとつの街が「幸せな街」になり、それが集まって幸せな地域となり、幸せな国や幸せな地球が実現する――それぞれの取り組みは社会の取り組みの中では数あるうちの一事例かもしれません。でも、その一歩があるからこそ、より大きな社会課題の解決に向けた取り組みにつながっていくのです。日立では各顧客企業に留まらず、スタートアップ企業や地域住民、大学などより広範な知と感性を自社の資産に掛け合わせて、大きな価値を創出するグローバルなイノベーションエコシステムを構築し、「幸せな街」実現のスケールアップを図っていきます。