イスタンブールの旧市街を舞台に、市場の屋根をつたって繰り広げられる迫真のバイクチェイス――2012年公開の映画『007 スカイフォール』の冒頭シーン。赤レンガの屋根が密集するエキゾチックな街並みを上空から捉えつつ、カメラの視点はしばし、決死の形相で不審者を追跡するジェームズ・ボンドと並走する。
この臨場感あふれるシーンは、映画の撮影としては初めて本格的にドローンを利用したものだ。
「従来、映像作品の空撮シーンではヘリコプターやクレーンが使われてきたが、ドローンの登場をもって、より手軽で、より自在な空撮が可能になった――」。こう話すのは、日本におけるドローン研究の第一人者である東京大学未来ビジョン研究センターの鈴木真二特任教授だ。
その後、ドローンはテレビや映画などの映像業界を中心に爆発的に普及した。最近では、安価な機体が手に入るようになったため、個人でも空撮を楽しむ人が増えてきている。
「技術的には、実際に人を乗せることができるサイズの大型ドローンも実現しており、いわゆる『空飛ぶクルマ』も、今のドローンの延長線上のきわめて近いところにある」(鈴木教授)
東京大学未来ビジョン研究センター 鈴木真二特任教授 (撮影:吉成大輔)
ドローンは、飛行機やヘリコプターでは届かなかった「自ら乗るわけではないが、だれでも鳥のように自由に空を飛びたい」という人類の永遠の願いをかなえてくれるもの。私たちの生活に新たな夢を与えてくれるようなサービスやビジネスの登場が、ドローンが広く一般にも普及するカギになるだろうと、鈴木教授は考えている。
エンターテインメントの分野でブレイクしたドローンを用いた空撮。今では「測量」や「点検」をはじめとする実用目的でも、ドローンによる空撮が活用されている。
各自治体では、土地利用の実態を把握するために定期的に飛行機で空撮を行っていたが、これもドローンに置き換わるだろう。
ビジネスの分野で言えば、米国では不動産業界で盛んに活用されている。物件を空撮することにより、現地の様子がよりリアルに体感できるというメリットが得られるという。
一方で「ドローンとは空を飛ぶもの」という一般的な常識を覆す、驚きの活用法も登場している。
「建物の内部や地下、トンネルと言った場所でも飛ばすことができるドローンの研究が進んでいる」(鈴木教授)
一般的なドローンはGPSから位置情報を得ているが、ステレオカメラやレーザースキャナを搭載すれば、GPSの電波が入らない場所でもドローンが位置情報を把握できるという。言わば、ドローン自ら「目と耳」を持って動くことができるのだ。
こうしたドローンは、地下道や下水道を点検したり、地震で崩壊した建物の内部に怪我人がいないかどうかを捜索したりといった用途での活用に、期待が寄せられている。
日本のドローン市場は、2024年には約3,700億円に達すると推測される(引用:インプレス総合研究所 ドローンビジネス調査報告書2019)。海外ではビジネス利用がメインのドローンだが、日本での成長を引っ張っていくのは公共サービスになると鈴木教授は見ている。
「日本人はやさしい心の持ち主が多い。『困った人たちを助ける』目的があったほうが、新しい技術が普及しやすい」(鈴木教授)。人間を中心とした社会構築を先導するのが、ドローンだという。
とりわけ、山間部や離島を含む自治体では、過疎地で買い物ができない人に宅配したり、災害時に困っている人に物資を届けたりといったドローンの活用法に大きな関心が寄せられている。
長野県伊那市や熊本県天草市のように、市長自らが積極的にドローンの活用を検討している自治体もある。高齢化が進む天草市では、お年寄りが行方不明になるという事故が発生すると、そのたびに捜索隊を組んでいるという。ドローンが活用できれば、もっと捜索が容易になるかもしれない。
アフリカなどですでに実施されている「ドローンによる医薬品の運搬」も、緊急性を要する場合には、人の命を救うことになるだろう。
「移植用の臓器運搬に使いたい」というニーズも実際に存在する。臓器を運ぶには、スピードが何より重要。病院から飛行場まで、救急車で運ぶよりも空を経由したほうがスムーズに運べるというケースは多いはずだ。
現在の技術では、確実に落とさずに運べるのかという問題があるが、こうした活用例も視野に入れつつ、研究が進められているという。
もっとも、多くの人がイメージするであろう「街の上空をドローンが自由に飛び交い、郵便も宅配便もドローンが届けてくれる」というような未来がやってくるのは、もう少し先の話になりそうだ。
「最大の課題は、安全性だ」と話す鈴木教授。
実際に都市部を物流ドローンが自由に飛ぶような状況になるには、「10万から100万時間飛んでも重大事故を起こさない」というくらいの、きわめて高い安全性が機体に保証されている必要がある。さらに、ドローン同士の衝突を防止したり、テロ目的などの悪用を防止したりするための、各種整備も整えなくてはならない。
もう一点、急務と言えるのが「ドローン産業に携わる人材の育成」である。
「ドローンとは、機械であり、コンピュータであり、ソフトウェアであり、ネットワーク機器であり、無線端末でもある」(鈴木教授)。このようにさまざまな技術分野を横断しているうえ、実際に運用することを考えると、都市計画などの学問も関わってくる。既存の学部や学科の枠組には収まりきらないため、今後のドローン産業を担う人材の育成を考えると、ドローン専門のコースを設けることも視野に入れる必要がある。
「やはり、人がいてこその産業。来年度からは小学校の授業でプログラミングが必修化されるが、このような機会にドローンのプログラミングツールに触れてもらい、若い世代にも興味を持ってもらいたいと願っている」(鈴木教授)
「空撮」にはじまり、いまやさまざまな分野での活用が見込まれているドローン。サービスの種類が拡大し、飛行する機体が増えるほど、安全性を見据えてしっかりした航空管制のルールを構築する必要がある。このため、対象空域のすべてのドローンの情報を管理する運航管理システム(UTM=Unmanned aircraft system Traffic Management)の構築が重要となる。
そのUTMに関する標準化などの議論を行うために発足したのが、鈴木教授が代表を務める「日本無人機運行管理コンソーシアム(JUTM)」だ。
「JUTMには、発起人である日立製作所を筆頭に400社を超える会員が集結し、ドローンの運用ルールについて論じあっている」と、同団体の目的を解説する鈴木教授。
さまざまな業種から集まったメンバーが、ドローン管理の理想的な在り方とは何か、どういった環境整備が必要なのかといった問題を論じあい、国としてのルール作りに関わっているのだ。
さらに、JUTMは、国際標準規格を作っているISO(国際標準化機構)においてドローンの運行管理の分野について議論するワーキンググループでも、代表を務めている。
「日本が国際的な標準化の場面で中心的な役割を果たすことは珍しいが、UTMに関しては日本が主導して推進していると言っても過言ではない」(鈴木教授)
さまざまな人が、さまざまな目的でドローンを飛ばせる時代に向けて取り組んでおり、急ピッチで環境は整いつつある。「ドローンが飛び交う未来」はすぐそこまで来ている。
公開日:2019年11月