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Urbanization

特集「幸せな街」のつくり方

幸福学から紐解く、
これからの街づくりに必要な2つのヒント

「あなたは今、幸せですか?」

最近、「幸せ」に関する出版物が多い中、産婦人科医である平林大輔氏の著書「しあわせって何だっけ」(クロスメディア・パブリッシング)が話題となりました。本著では、そもそも幸せとは何か?という定義、そして、自分がめざすべき幸せの姿は何なのか?ということについて論じられています。

平林氏は、これまで私たちが「幸せ」と考えていたものの多くは「レディメイド」であると指摘します。これは、例えば「良い大学に入れば」とか「結婚したら」とか、さらには「流行りのものを持っていれば」といったように、これまでそうだった、といったある種の固定観念に支配された幸せを意味するもので、必ずしも多様化したこの時代における個人の幸せとピッタリ合致するとは限りません。

そこで、理想的だと論じているのは「セルフメイド」の幸せ。これは、他人に頼ることなくすべて自分自身の手で創り上げるもの。自主性を持って物事に取り組むことで、自らの想いや感情と向き合うことができ、自分が取った行動や結果にも満足でき、幸せをより強く感じられるといいます。

「心の豊かさ」を
生み出す四つの因子

近年、幸せは「モノ」から与えられるのではなく「コト」から感じられるという人々が多くなった――日本の幸福学研究の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科前野隆司教授もこの変化に注目しています。

前野教授は、人が幸福を感じる要素は、「ものの豊かさ」と「心の豊かさ」の二つに大きく分けられるといいます。

「ものの豊かさ」を重視する傾向が強いのは、主に新興や開発途上の国・地域。このような国・地域では、まず、所得や貯蓄、家やクルマなどの「地位財」に関心が向きます。加えて、上下水道や交通サービス、災害に強い公共インフラの整備も「ものの豊かさ」に関連しています。

それが、ある程度豊かになってくると、ライフスタイルはもちろん、幸せの在り方も多様化します。もちろん「モノ」の価値を重視する人も一定数いますが、「心の豊かさ」に幸せを感じる人が増加する傾向になる、これは前野教授によると世界共通の現象だといいます。

では「心の豊かさ」をもたらすものとは一体何なのでしょうか?

前野教授の因子分析によると、現代日本人の幸せに寄与する因子は四つあり、それは――「やってみよう」因子、「ありがとう」因子、「なんとかなる」因子、そして「ありのままに」因子――だといいます。

その詳細は、以下の記事をご覧いただきたいのですが、人々は、これら四つの因子が、まるで四つ葉のクローバーのようにまとまっているとき、相互に関連し合い欠けることなくすべてを満たしているときに幸福だと感じます。

例えば、自己実現をめざすときに他人と競って蹴落とすようなことは適切でないし、仲間との協調を重視するあまり自分らしさを見失うことも幸福学的には好ましくない。四つの因子の連携メカニズムを理解すると、脳は自ずとそれを意識して行動する。つまり、これら四つの因子を頭に入れて実践することが、自らも周りの人も幸せにしていく好循環を築いていくのだと前野教授は語ります。

(詳しくはこちら→ 日立評論 「幸せ」を第一に掲げる全体調和型社会へ (2019年11月) )。

「幸せな街」で「幸せに暮らしたい」

前述した平林氏の著書に戻りますが、本当の幸せとは、自分自身の手で創り上げる「セルフメイド」の幸せによって感じられるそうです。幸せに生きていくこと、幸せに暮らすこと、それは、自分だけでなく周りも幸せであることを意味します。

別な言い方をするなら、「幸せ」に必要なのは、ただ「街」に住んで「生きること」ではなく、その「街」で生きる一人ひとりが“主体性”を持って「街」に関わっていくこと、なのです。

一方で、現代の人々がなかなか“主体性”を持ちにくい背景もあります。それは日本を含めグローバルに押し寄せている「都市化」の波です。新興の国・地域まで急速に都市化が進み、「街」における人々のつながりが少なくなりつつあります。他人との関わりがない「街」に対して、自分ゴトのように携わるのは難しいのが事実です。

では、私たちが「幸せ」になる「街」となるためには、どのような取り組みがあると良いのでしょうか? そのヒントとなる2つの視点をご紹介します。

“やらされ感”ではなく
一人ひとりの“主体性”を
引き出す

「幸せな街」とは、市民一人ひとりが “主体性”を持って街で起きるさまざまな出来事に関わる。そういわれても、果たしてできるものでしょうか。

100人の市民が抱える100通りの課題や悩みを持ち寄り、一人ひとりが主体性を持って他者へ発信・共有すると同時に、好奇心を持って他人の声にも耳を傾ける。それはすでにソーシャルメディア(SNS)が、その実現のツールとなっているのかもしれませんが、そこでのやりとりや情報をデータとしてとらえ、分析することで、「やりたいこと」や「やるべきこと」が徐々にクリアになっていく。もちろん、バーチャルな世界だけでなく、リアルな世界でも、そういった議論を重ねることが重要です。

「課題解決のためにとか、SDGsのためにといった名目からスタートしても、“やらされ感”が先に立ってしまうと、よいアイデアは浮かびません。とにかくさまざまな人に集ってもらい、そして対話をして、『何か楽しいことをやってみよう』くらいの感覚でいるほうが、みんなが主体性を持って、そして幸せを感じながら実になる活動に結びつきます」(前野教授)。心理的安全性のある場でみんなが主体性を持って自由な発想を出し合うことが、課題解決に結び付くとともに、さらにはイノベーションをも生み出す可能性があります。

最新の取り組みですが、主体性を引き出してイノベーションを生み出すことを目的に、日立と東京大学は「日立東大ラボ」を共同で創設し、両者の強みを生かしながらSociety 5.0の実現に向けた取り組み「ハビタット・イノベーション」の研究を行っています。この中のプロジェクトテーマの一つの「まちづくり」では、東京大学の知見と日立の技術力、さらに市民の知を融合させる取り組みが進んでいます。さらに、市民に主体性を持って参加してもらえるよう、さまざまなテクノロジーを駆使した研究が行われています。

いよいよ始まる「住民参加型」のスマートシティづくり 住民の主体性を引き出す秘訣とは

“主体性”を
引き出すための
“場”を創り出す

主体性は、コミュニケーションや異なる文化を持つ人との触れ合いによって引き起こされます。ところが近年では、都市化の影響で小さな町にあったコミュニティが失われ、人間関係が希薄になりがちです。

そこで、そういった主体性を引き出す“場”を新たに創り出した事例の一つが、東京都港区と慶應義塾大学が共同で運営する「芝の家」です。ここは、港区の住宅街にある「縁側のある一軒家」。最初、近所のお年寄りがまずお茶を飲みに集まるようになりました。そして、学校帰りに立ち寄る子どもたちが増え、やがてその家族なども参加するなど、世代を超えたコミュニケーションが生まれ、「週一でお昼ご飯を作る会」など、さまざまなイベントが自然発生的に開催されるようになりました。

もう一つの事例として、宮崎県児湯郡新富町の「こゆ財団」があります。こゆ財団は、ふるさと納税を財源にして設立された地域商社。地域ビジネスのプラットフォームとして、従来の行政ではなし得ないスピード感で、起業家や新産業の育成に取り組んでいます。「世界一チャレンジしやすいまち」というビジョンを掲げ、「失敗したらどうするんだ?」ではなく「応援するよ」と言い合える文化をまち全体で育むことで、移住起業を希望する人々を全国から惹きつけています。

生活の“場”、経済の“場”、いずれの例も、一見それぞれの規模は小さく感じられますが、これらのような“場”が徐々に点在するようになり、それらがバーチャルでもリアルでも互いに繋がっていくことで、これまでと違った「幸せな街」へと発展していくことが期待されています。

「幸せ」を生む秘訣、「人財交流」 ― 交流を深め、イノベーション創出を後押しする“場”の理想を探る

テクノロジーを活用して
「幸福度」を
可視化する

“主体性”を引き出し、そのための“場”も創り出す――このような仕組みを生み出すには、テクノロジーによる後押しも大きな影響力を持ちます。インターネットが、人々に対して手軽につながる場を提供すると共に、主体性を持って情報を出すことを可能としてきたように、例えば、AI(人工知能)などを活用した「幸せのモニタリング」も大きな可能性を秘めています。

「企業経営にハピネスマネジメントを」――この想いを胸に、日立は幸福度を数値化できるサービス「ハピネスプラネット」を開発しました。従来型の組織や働き方では、上司や周りの評価が気になり、発言をしない方が安全という消極的な気持ちになりがちです。このような心理的安全性の低い人間関係では、生産性が低下したり、思わぬ事故を起こしたり、さらには社員のメンタルの問題を生じたりしかねません。組織を活性化させて生産性を高めるには、目に見えない人間関係の質から生じる幸福感を可視化し、分析されたデータをもとに改善策を図る、新たな経営姿勢が今後必要となるでしょう。

このように、「人を幸せにするか」を物差しで見える化することにより、企業経営だけでなく、商品やサービス開発、さらに都市計画や政策決定などのあらゆる社会的な活動が、人々を幸福にする手段としてより有機的に機能するようになるのです。次世代テクノロジーを用いて“幸せ”に関わるデータを測定・分析し、次の改善に活かすサイクルを回す。世界中の個人、企業、団体、政府までが「幸せとは何か」に真剣に取り組むようになってきた今だからこそ、このようなサイクルを生み出すための技術やプラットフォームの開発が大きな意味を持つのです。

テクノロジーを活用して幸せをアップデートする取り組みは、日本中のさまざまな場で起こっています。そしてその取り組みが街全体へ広がり、さらには街同士がつながって地域全体の活性化を加速する。その過程で、もっと多様なイノベーションが生まれる可能性があります。さらに、日立が提供するシステムをご活用いただいている交通や物流などの事業者も巻き込み、相互の連携を促していくことで、このような“場”がつながり、拡大し、主体性を持った人々がバーチャルにもリアルにも連携していくような活性化された地域をさらに拡大することができれば、人々の幸せは最大化され、「幸せな街」となることにもつながっていくことでしょう。

イノベーションで社会課題を解決する、日立の社会イノベーション事業の軌跡と展望について

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