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    • R&D(研究開発)

    ミクロの世界の謎を解き明かす電子顕微鏡は、現在、半導体デバイスから医療に至るまでさまざまな分野で応用されている。より微細な量子の世界を観察するため、日立は2010年、究極の電子顕微鏡の開発に着手した。そして、プロジェクト開始から約5年の開発期間を経て、世界最高*1となる43pm(ピコメートル)*2の分解能を実証することに成功した。

    *1
    2015年2月18日~2016年3月現在
    *2
    1pm=1兆分の1m

    動画「世界最高分解能の電子顕微鏡」

    事例の概要

    • 背景
      日本では1939年に電子顕微鏡の開発および応用研究が始まり、日立は1942年に国産商用第一号機(HU-2型)を当時の名古屋帝国大学に納入するなど、その黎明期を支えてきた。そして、さらに微細な領域を観察可能にすべく、日立の技術者・外村彰はホログラフィーに着目。1978年には実用的なホログラフィー電子顕微鏡の開発に成功し、ミクロの世界の観察・計測を実現してきた。
    • 取り組み
      2000年に東京大学と共同で1MV(メガボルト)ホログラフィー電子顕微鏡を開発。当時の世界最高をはるかに超える40pm台の分解能を目標にさらなる性能アップに取り組んだ。その後、2010年に国の「最先端研究開発支援プログラム」に採択されたことで研究が加速。いくつもの技術課題を克服して、1.2MVホログラフィー顕微鏡を完成させ、2014年11月に40pm台の分解能を確認した。
    • 成果
      分解能を大幅に向上させるため、長時間安定して電子ビームを放出できる電子銃を開発。また、磁気シールド機能を持つ頑強な専用建屋により装置安定化を高め、超高圧電子顕微鏡において世界で初めて球面収差補正器の搭載を可能とした。そして、タングステン試料による検証で、43pmの単結晶構造情報をカメラで確認し、世界最高分解能を達成。さらに、窒素ガリウムの単結晶を用いた実験では、原子の44pmの間隔を捉え、原子レベルの観察・計測が可能なことを示した。

    背景

    黎明期より電子顕微鏡開発をリードしてきた日立

    1942年に国産商用第一号機として開発された電子顕微鏡HU-2型

    半導体デバイス・材料からバイオ・医療に至るまで幅広い分野で利用されており、産業の発展に欠かせない装置と なっている電子顕微鏡。1932年にドイツで発明され、日本では1939年に開発およびその応用研究が始まった。 日立は、早くも1942年に国産商用第一号機HU-2型を名古屋帝国大学(当時)に納入し、以後も世界トップレベルで 電子顕微鏡開発をリードしてきた。

    さらに微細な領域を観察可能にするべく、日立の研究者・外村彰が着目したのはホログラフィーであった。 ホログラフィーといえば、紙幣などの偽造防止に用いられているホログラムがよく知られているが、もともとは電子顕微鏡の 分解能を向上させる方法として発明されたもの。日立は電子線ホログラフィーの研究を推し進めるとともに、 より高性能な電子顕微鏡の開発に取り組んだ。そして1978年、実用的なホログラフィー電子顕微鏡の開発に初めて成功した。

    ホログラフィー電子顕微鏡は、電子の波としての性質を最大限利用してミクロの世界を観察・計測する。 そのため、微弱な電場や磁場を直接観察することが可能で、常識では計れない振る舞いを見せる量子力学の 世界を可視化することにも成功した。

    取り組み

    究極の電子顕微鏡の実現に向けた日立の挑戦

    原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の正面(上)と操作卓(下)

    日立は2000年に国の支援を受け、東京大学と共同で1MV(メガボルト)ホログラフィー電子顕微鏡を開発、高温超伝導のメカニズムの解明に貢献する。この1MVホログラフィー電子顕微鏡の完成後、この頃ようやく実用化された球面収差補正器によって性能を飛躍的に向上できると考えた外村は、究極のホログラフィー電子顕微鏡の構想を抱いた。目標性能は、当時の世界最高であった70pm台をはるかに超える40pm台の分解能のほか、三次元の電磁場を計測可能にすることなどであった。

    しかし、電子顕微鏡のレンズが持つ球面収差を補正する球面収差補正器を、超高圧の電子顕微鏡に搭載することはそう簡単ではなかった。球面収差補正器の性能を十二分に引き出すためには、きわめて高い安定性が求められるため、大型の電子顕微鏡への適用を試みた人はそれまでいなかった。そこで日立は、球面収差補正器の搭載を可能にするため、要素技術の研究開発に着手した。

    そして2010年、国家プロジェクト「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」に採択されたことで究極の電子顕微鏡は実現に向けて一気に動き出した。とはいえ、開発過程では東日本大震災による被害をはじめ、中心的エンジニア、そして中心研究者である外村の逝去など、予期せぬトラブルや不幸に何度も見舞われた。あとを引き継いだメンバーは、それらを克服し、1.2MVホログラフィー電子顕微鏡を完成させ、2014年11月には目標とした40pm台の分解能を確認した。

    成果

    世界最高分解能を達成したホログラフィー電子顕微鏡

    新たに開発した電子顕微鏡では、分解能を大幅に向上させるため、いくつもの技術的な課題を解決した。第一に、エネルギーのばらつきがあっては球面収差補正器があっても焦点ぼけが生じることから、抵抗器や高電圧ケーブルなどを新たに開発し、1.2MeV(ミリオンエレクトロンボルト)で、エネルギーのばらつきを抑えた電子ビームを得ることに成功した。次に、長時間安定して電子ビームを放出できる電子銃を開発。さらには、電子顕微鏡専用の頑強な建屋を建設し、吸音材の貼り付けや精密な室温制御に加え、磁気シールド機能を有する特殊な合金で装置の周囲を覆うなどして、振動・音響・磁気など外部からの乱れ要因を排除した。これらの技術課題を解決して装置安定化を大幅に高めた結果、超高圧電子顕微鏡として世界で初めて球面収差補正器を搭載することが可能になったのである。

    タングステンを試料に性能を検証したところ、球面補正をした状態で世界一の分解能となる43pmの単結晶構造情報をカメラに伝達できることを確認した。また、撮影した窒化ガリウム(GaN)結晶の顕微鏡像において44pm間隔のガリウム原子を分離して観察できることも確認、試料の構造や電磁場を原子レベルで観察・計測できることを示した。

    掲載論文:(T.Akashi et al., Appl. Phys. Lett. 106, 074101 (2015)).

    1.2MV原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の分解能の実力を示すために窒化ガリウム(GaN)の単結晶を用いて実験を行ったところ、2つのガリウム原子の44pmの間隔を電子顕微鏡像で捉えることができた

    展望

    日立がめざす持続可能な社会を支える新材料開発への貢献

    原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡は、世界最高の分解能を持つだけでなく、原子分解能で電磁場を定量的に計測できることに真価がある。材料の特性は材料内部の電磁場に大きく左右されるため、新しい機能やずば抜けた性能を持つ先端機能性材料を開発する場合、原子レベルの電磁場を計測することが成功のカギとなるからである。

    今後、日立は、理化学研究所など世界トップレベルの研究機関と連携し、高性能磁石や大容量二次電池、超低消費電力メモリデバイス材料、高温超伝導材料などの機能を発現させている原子レベルの電磁場の量子現象の解明を通じて、社会にイノベーションをもたらす新材料の開発に貢献していく。

    *
    本研究は、総合科学技術・イノベーション会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、日本学術振興会を通して助成されたものです。

    公開日: 2016年3月
    ソリューション担当: 日立製作所 研究開発グループ