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原子炉格納容器(PCV)内部調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」
の開発を担当した日立GE原子力設計部の岡田聡主任技師。

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2017年3月18日、福島第一原子力発電所1号機の事故現場に日立GEニュークリア・エナジー(日立GE)が開発した原子炉格納容器(PCV)内部調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)※1」が投入された※2。廃炉に向けた「中長期ロードマップ」では、原子炉内で溶け落ちた核燃料である「燃料デブリ」を2021 年から取り出す予定だが、今回の調査は、その方法を検討する土台となるものだ。“現場はどうなっているのか?”──廃炉に向けた一歩を担った調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」の開発者に、調査の手応えと廃炉に向けて必要なロボット開発の課題と現状を聞いた。未経験の過酷環境に向かうロボットの開発に必要だったのは、意外にも、アナログ的な技術と人同士のコミュニケーションだった。

※1:資源エネルギー庁の廃炉・汚染水対策事業費補助金にてIRID(国際廃炉研究開発機構)の業務として開発。
※2:ロボットによる福島第一原子力発電所1号機の原子炉格納容器(PCV) 内部調査の経緯と目的は、「“現場へ行く”──廃炉に向けた一歩のために──」を参照してください。

事例の概要

  • 過酷環境で作業する──ロボットに与えられた新たな役割
    一般的なロボット開発では、精密機器を搭載し俊敏な動きをめざすが、今回の過酷環境ではそれらが「弱点」となる。調査用ロボットの開発では「高性能なロボット」という“当たり前”の考え方を変え、放射線に弱い精密機器をなるべく組み込まず、制御は遠隔操作側で行うことで過酷環境下で作業できるロボットを実現した。
  • 課題を見つけることが、廃炉に向けた次の一歩になる
    入念な操作訓練を経て、カメラとセンサを内蔵した原子炉格納容器(PCV)内部調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」からセンサユニットを、福島第一原子力発電所1号機のPCV下部の水中に下し、予定していた5か所の調査をすべて行うことができた。誰もみたことがない現場に行ったことで、新たな課題が見つかり、廃炉に向けた次の一歩の道筋を生み出した。
  • 日立のロボット開発を支えるチーム力
    次の一歩につなげるためには、調査本番では高い精度の運用が求められ、また、「PMORPH(ピーモルフ)」はロボット自体に、なるべく精密機器を組み込まない構造にしたことで制御する操作者側の緻密な精度が求められた。今回のミッションでは、技術開発、ロボット製作、ロボット操作、全体とりまとめ、そのすべてにおいて“チーム力”が発揮された。

背景

過酷環境で作業する──ロボットに与えられた新たな役割

調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」の開発課題は、「状況に応じた変化」と「過酷環境での強さ」だった。

福島第一原子力発電所では、事故直後から国内外のさまざまなロボットが投入され、事故の収束や除染、廃炉に向けた調査が行われている。実は、原子力発電所で作業するロボットの開発や運用は事故以前から行われており、長い歴史と技術の蓄積があった。今回、原子炉格納容器(PCV)内部調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」の開発を担当した日立GE原子力設計部岡田聡主任技師も、日立製作所研究開発グループでその技術を継承し、事故直前まで原子力発電所の定期検査に使用するロボットの研究開発を続けていた。

「事故前に私が担当していたのは、原子力発電所の定期点検時に水で満たされた設備内を調査するロボットです。人が遠隔で操作し、狭い場所、見えにくい場所まで行って設備の現状を確認する。その技術は、今回の調査用ロボットの土台となるものですが、開発をする上での基本条件がまったく違うという点が大きな課題でした。水は、放射線を遮るので原子炉設備内とは言え、その影響は限定的です。しかし、事故後は高い放射線が予測される過酷環境での作業となるため、どんなロボットを開発するかはゼロから考える必要がありました。」(岡田)

「ロボット」と聞くと、精密機器を搭載し、自分で状況を判断し、人と同様かそれ以上の効率で作業をするイメージを持つのではないだろうか。しかし、一般的なロボット開発においてめざすものは、今回の調査対象となる過酷環境では「弱点」となってしまうのだ。精密機器ほど放射線に弱く、未確認情報が多い状況での俊敏さは思わぬアクシデントの原因となりかねない。調査用ロボットの開発には、「高性能なロボット」という“当たり前”の考え方を変える必要があった。

「“あちらを立てれば、こちらが立たず” というジレンマ。そうした研究の壁にぶつかった時の心得となる思考法があります。相反する課題を分離させるのです。高性能が弱点なら、逆にロボット自体は高性能にしなければいい。精密機器などの放射線に弱い部分を外に出せば、ロボットには強い部分が残る。制御は遠隔操作側で行い、それぞれに技術を分散させて課題を克服することにしました。」(岡田)

調査用ロボット自体には、なるべく精密機器を組み込まず、状況判断は、ケーブルを介した操作者の判断に任せる。たとえば2015年4月に福島第一原子力発電所1号機に投入した第1回目の調査用ロボットには、水平レーザーを搭載したが、そのデータに基づいた位置確認の分析は操作者側が行った。あえてアナログ的な技術を取り入れることで、過酷環境下で作業できるロボットを実現したのだ。そうした「ゼロから考える」方法で生まれたのが、ロボットの形状変化という発想だった。PCV内へのロボットの投入経路は細く長い筒状で、PCV内では格子状の床面を安定して移動する必要がある。異なる状況下で最適な形状を得るため、ロボットの形状を変化させることにしたのだ。

「『PMORPH(ピーモルフ)』とは、PCVの頭文字と昆虫の形態変化を意味する(メタモルフォーゼ:metamorphose)を合わせて命名しました。この名称を広く一般の方々にも認知してもらうことで、廃炉調査の難しさと、それを克服するロボットの機能を合わせて知ってもらえたらという思いを込めています。」(岡田)

現在

課題を見つけることが、廃炉に向けた次の一歩になる

2017年3月18日から22日にかけて実施された福島第一原子力発電所1号機の原子炉格納容器(PCV)内部調査では、「PMORPH(ピーモルフ)」に搭載されたカメラとセンサを内蔵したユニットをPCV下部の水中に下ろした。放射線量の計測と水中の画像により、溶け落ちた燃料デブリがどのような広がりで存在するかを調べるのが目的だ(詳細は「“現場へ行く。”──廃炉に向けた1歩のために──」を参照)。2015年4月の調査をもとにした移動経路の設定、実物大のPCV模型を用いた入念な操作訓練などの準備により、予定していた5か所の調査はすべて行うことができた。調査後の「PMORPH(ピーモルフ)」をPCVから取り出し、回収することにも成功。過酷環境下でのロボットを使った調査技術全体の向上が実証できる結果となった。だが、それは新たな課題の発見でもあったと言う。

「調査目的に即したロボットの開発、運用、実施成果などにおいては、手前味噌ですが100点に近い結果です。しかし、誰も見たことがない現場に行けば、シミュレーションとは異なる状況があります。たとえば、水中には予想以上の堆積物があり、現状では画像 データから燃料デブリそのものの姿は捉えていません。今後、放射線の計測データから実態を割り出す分析を進めていきます。分からないことが多いから行く。行けば、何が分からないかが分かる。それを調べるための新たな課題が廃炉に向けた次の一歩の道筋を生み出します。」(岡田)

今後

日立のロボット開発を支えるチーム力

福島第一原子力発電所の事故現場での調査、廃炉作業に必要なロボットの開発には、前例や見本となるものがほとんどない。しかも現場での試験を重ねて性能の向上を図ることはできない。現場投入が実証実験であり、成果を得て次につなげるためには、調査本番での高い精度の運用が求められる。「PMORPH(ピーモルフ)」では、ロボットの放射線への耐性を高めるためにロボット自体になるべく精密機器を組み込まない構造にしたことで、それを制御する操作者側により緻密な精度が求められた。操作者とロボットが確かな連携を図るため、開発段階で欠かせなかったのが、人同士のコミュニケーションだった。 

「技術を開発する人。その技術でロボットを作る人。そのロボットを操作する人。その全体をとりまとめる人。そうした人々がすべて同じ土俵の上で同じ方向性を共有していないと、未知なる場所にロボットを送り込んで目的を果たすことはできない。それは常に肝に銘じていたことです。そのためには会話が必要で、究極のアナログの積み重ねが欠かせませんでした。その意味で、“チーム力”は日立の伝統的な仕事の文化であり、それが今回のミッションでも発揮されたと実感しています。」(岡田)

今回の調査結果の分析に基づき、燃料デブリがどのような状態で存在しているかの判断が進められる予定だ。燃料デブリの取り出し開始は2021年からと予定されている。日立では、調査用ロボットのほかにも原子炉格納容器(PCV)内において簡単な装置を組み立てたり、切削した燃料デブリの運搬、回収などの作業を想定している柔構造アーム(筋肉ロボット※3)など廃炉に向けた技術開発に取り組んでいる。

※3:資源エネルギー庁の廃炉・汚染水対策事業費補助金にてIRID(国際廃炉研究開発機構)の業務として開発。

燃料デブリ取り出しにおける遠隔作業技術・「柔構造アーム(筋肉ロボット)」の開発状況に関する詳しい情報はこちらをご覧ください。(IRIDのホームページに移動します。)

公開日:2017年6月 

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